第三章・水没した町 (4-3)
歩くたび、右手にコンクリート製の大きな坂が徐々に姿を見せ、山道を登りきれば、その全体を見渡せるべく、道路の片隅が展望台になっている。トモエと愛稀は展望台の方へ駆け寄り、手すりに乗りかかるようにして、ダムの全景を眺めた。
「うわあ、大きい」
トモエは吐息混じりに云った。前情報でかなり大きなダムだというのは知っていたが、実際目の当たりにすると圧巻であった。後方を見やれば、愛稀やトモエの背の倍近くあろうかという巨大なタイヤが、存在を誇示しているかのように飾られていた。どうやら、ダム建設の際に実際使われたダンプカーのタイヤらしい。これだけ大きな建造物を作るには、使用する機材も相応に大きいものなのだと思わせる。
道路の片隅に、ダムができるまでのいきさつや工事の過程などを紹介したパネルが並べられていた。愛稀とトモエはその横を通り過ぎていった。
「この先に貯水池があるはずだよ」
愛稀の云う通り、しばらく歩くと急に視界が開け、巨大な湖が目の前に広がっていた。ダムによって川の流れがせき止められ、水が溜まってできた人造湖である。
「これが人工的に作られた湖なんて、信じられないや」
と愛稀が呟く。
「この湖の底に、町並みが見えたわけ?」
トモエが訊くと、愛稀はこっくりと頷いた。
「そう。調べたところによると、この湖ができる以前、このあたりは村だったらしくて。でもダム建設が始まって、現地の人たちはみんな、故郷を追われることになったみたいなの」
この白角ダムが建設される以前に存在していた村・白角村の住民は、故郷を失うことを不満として、ダム建設に対しても相当抗議をしたようだ。しかし、その願いは聞き入れられず、住民はすべて立ち退くはめになり、故郷はせき止められた川の水によって水没し、人造湖へと姿を変えてしまった。住民たちの当時の悲しい思いがまだこの地に残っていて、邪塊へと姿を変えている可能性もあるのではないかと、愛稀は考えていた。
「どう? このあたり、ネガティブな情念を感じる?」
愛稀は訊いた。トモエは水面を覗きこみ、全神経を集中させたが、邪塊になりそうな悪しき情念は感じられなかった。
「……今はちょっと分からないや。ひょっとしたら、湖の底に沈んでいるのかもね」
「そう」
確かめられないものをどうにかすることもできず、邪獣退治の件は保留にするほかなかった。
しかし愛稀にはもうひとつ、ここに来た重要な理由が残っていた。実の父親の探索である。




