第三章・水没した町 (2)
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愛稀は見知らぬ場所を歩いていた。
なだらかなカーブを描きながら、細い道路が延々と伸び、左側には木々が鬱蒼と茂る森、右側はガードレールが置かれ、その先は崖になっている。
彼女はこれが自分の夢の中の世界であると自覚していた。幼い頃から妙な夢を見ることが多かったのだが、それが自分のもつ特殊な能力によるものだと知ったのは、ほんの1年少し前のことであった。彼女が実の父、もしくは母から受け継いだ染色体DNAには、SDR配列と呼ばれる特殊なDNA配列が含まれていた。その配列をもつことにより、彼女はスピリチュアル・ワールドと呼ばれる別世界に、自身の精神をダイブさせることができる。
そしてその世界とは、鶴洲トモエのいう“ユメのセカイ”と同義であった。トモエと愛稀はスピリチュアル・ワールドで出逢い、それから互いを助け合う仲間になった。即ち、彼女たちをつないだのは、この世界だということである。
長い道のりをしばらく歩くと、右手にコンクリート製の大きな坂が見え、その向こうには大きな湖がある。愛稀はその方まで歩いていった。手すりから乗りだすようにして、水面を覗きこむ。すると、彼女の意識は急激に水の中へと吸い込まれていった。
広く深い湖の中、さまざまな人の声が聞こえてきた。
叫び声であったり、呟く声であったり、声の部類はさまざまだが、いずれも悲痛な思いのこもっているということは共通していえることだった。愛稀自身の胸も痛くなってしまうほど、深く大きな悲しみが束になって伝わってくる。
湖の底を見下ろすと、数々の民家や田畑が小さく見えた。だが人はひとりもいない。人々はどこかに行ってしまったのか、人気のないがらんとした風景であった。
(水没した町……)
愛稀はそのように感じた。
ふいに、意識が地上へと返った。依然として伸びる道の向こうに、手をつないで立っている男性と少女の後ろ姿が見えた。愛稀にはなぜか、そこにいる男性が自分の実の父親であるように思えた。
「お父さん!!」
愛稀は大声で呼んだが、男はこちらを振り返らない。
ふいに、森の方から気配を感じた。見ると、木々の間から、けものの顔が見えた。それは噛み殺したような唸り声をあげながら、男性と少女の方を睨みつけている。
「お父さん危ない!」
彼女が叫んだのと、けものが全身を道路の方へとその身を投げ出したのはほぼ同時だった。戸惑いもなくふたりに襲いかかるけものに、愛稀は悲痛な叫び声をあげた。
「やめてえええええ……!!」
ふいに目を覚ますと、そこは見慣れた空間。彼女の下宿先のアパートの一室であった。




