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一葉をどうにか宥めすかそうと四苦八苦していると、
ピンポーン
と、来客を告げるチャイムが鳴らされた。
「ったく、誰だよ……」
ぼやきながらも、ひとまず一葉は置いて、対応に向かう。誰が来たかを確認するのも億劫だったので、そのまま扉を開けた。
「はいはいどちら様で───って……」
来客の姿を認めた瞬間、俺は色んな意味で脱力した。
「やはは~っ、つい三秒ぶり?」
「さんびょうぶり~っ?」
来客は二人いた。その内の一人は、先程介抱していた一葉と瓜二つの姿をしていて、もう一人は一葉を二まわりぐらい幼くした様な容姿をしていた。
二人は招き入れられた途端に走り出し(靴を脱ぎ散らかして)、居間に突入した。お願いだからちょっと待ってほしい。
「まだ頭ん中整理出来てねぇってのに……」
愚痴りながらも二人を追いかけてリビングへ。 とりあえず、今の状況を整理しよう。
・帰ったら様子の違う一葉が家にいた。
・一葉と話していたら一葉(仮)がもう二人登場。
・一人はすごくテンションが高い。
・もう一人は明らかに子供。
「………………カオスだ」
俺は思考を放棄した。どっちにしろ訊きゃわかる。リビングには、テーブルに突っ伏した一葉と床に寝転んだ一葉とその上に跨がっているちっこい一葉がいた。誰が誰だかはご想像にお任せする。
「あっ、ゆーゆ、やっと来た」
そう言って俺を指差したのは、一葉に跨がっていたちっこい一葉だ。正直どう接したらいいかわからない。
俺がどう対応しようかと首を傾げていると、チビ一葉の声に反応したのか、寝転がっていた一葉がガバリと起き上がった。
「あでっ」
可愛らしい悲鳴が聞こえたが無視。そしてそのまま立ち上がった一葉(便宜上二葉と呼ぼう)は、たはは、と苦笑いを浮かべた。
「いや~、ちょっと疲れてて……」
「あ、別にそれはいいんだが……」
説明を……。と、想いを籠めて苦笑いを返すと、あっ、ごめんとか言いながら居住まいを正してくれた。
「私らのこと、ちゃんと説明しなあかんね」
「あ、そうだったわ」
突っ伏していた一葉が顔を上げる。先程よりは、幾分かは表情が和らいでいた。二葉が正座して、こちらに人差し指を立てる。
「まず、あたしらが分身だってことはわかるでしょ?」
「まぁ、見りゃな」
そりゃ偶然でこんな似た顔が、三つも揃うわけがない。
「そう。見りゃわかるね。じゃあ、あたしらの神威が単に分身をつくる───自分のコピーをつくるだけじゃないってのも、薄々わかってんのやろ?」
「まぁ……な」
性格はもちろん、容姿も少しずつ差異があるし。二葉は何故か関西弁だし。
「じゃあ、話は早いなぁ。あたしらの神威の本当の能力は───人格に実体を持たせることや」
「人格に、実体を……」
確かに、それなら辻褄が合うな。
───三人の異なる一葉。
「こっちは人懐っこい人格の一葉」
テーブルに手をついた一葉が、二葉に手を伸ばす。
「こっちは見ての通り、子供っぽい人格の一葉」
二葉がチビ一葉の肩に手を置く。
「そ~して───」
チビ一葉が一葉を指差す。するとその姿が、二葉の身体に溶けるように沈み込んだ。
「っ!?」
驚く俺を置いて、変化はまだ続く。チビ一葉を取り込んだ二葉が、今度は一葉に取り込まれたのだ。───変化は数秒でおさまった。閉じていた目を開いた一葉は、苦笑いと共に口を開いた。
「私が、本当の上原一葉」
「………………あぁ」
俺は納得の溜め息を吐いた。
つまりはそういうことか。全ての人格が合わさって元に戻った一葉。俺はその光景を目の当たりにして、彼女の神威『分身』の本質を理解した。
───人間は多かれ少なかれ、多面性を持っている。それらは言うなれば、人格を形作るパーツだ。たった一つのパーツしか持たない人間はいない。人間の七つの大罪と呼ばれる感情は、その代表的なものだろう。一葉の神威は、そういったバラバラにした人格のパーツ達を、それぞれ一つの人格として定義し、肉体を与える。バラバラにした分だけ分身が生み出せる。いや、俺的には分身というよりも分裂というイメージを強く感じた。
「それで?俺の部屋に勝手に上がり込んでたのは何でかな?」
一通り互い(の神威)について理解を深めた俺達は、落ち着くために急須で煎れた緑茶に舌鼓を打っていた。そのまったりした空気を引き裂いたのは、誰であろう俺である。訊ねた瞬間、うっ、と息を詰まらせた一葉だったが、深呼吸ひとつで言葉を捻り出した。
「あっ、それは……ね?」
「うんうん」
「…………受刑者だから?」
「わかった。とりあえずお前の胸を揉む」
「何で!?」
指をごきごきと鳴らして、何かを掴むようなジェスチャーを披露すると、一葉の顔に恐怖が覗いた。
「いや、冗談だ。揉んでいいなら揉みたいが」
「………………」
首を左右に振られる。やはは、拒否された。
「まぁ冗談はいいとして」
「冗談じゃなくてセクハラ」
「うっせ。…………とにかく、俺の監視はどうなったんだよ」
そう言うと、まるで用意してたかのように───というか用意してたんだろう。ポケットから携帯端末を取り出した。
「これ見て」
渡されるがままに受け取る。表示されてるのはメール画面だ。差出人は───公安局、か。
俺はやや身構えつつ、文面に目を通した。
『一葉ちゃんには、朝から晩まで二十四時間三百六十五日、優雨君の監視を続けてほしいのでぇ~こちらが手配した相部屋に引っ越してもらうことになりました~っ☆彡もちろん優雨君と一緒にね♪』
「……ふざけてるな」
ナニか?つまり俺に、こいつと同居しろと言っとるのか?たかだか監視ごときのために?(←今まで何人殺したのかは棚上げ)
ややずれた怒りに晒され、ミシミシと悲鳴をあげる携帯端末。
「あわわちょっと!」
慌てて俺の手から取り上げ、動作確認している。どうやら無事らしい。
「壊れるかと思った……もぅ」
何やら言っているが、そんなことはどうでもいい。
「おい夕香」
「へ?」
「へ?って……。お前何とも思わないのか?」
首を傾げる夕香。
「何が?」
「───同居の件だァァァァァァ!!」
むにっ。
俺は叫びの勢いのままに詰め寄り、彼女の胸を鷲掴みにした。
「ひにゃあぁぁ!?」
驚愕と羞恥に飛び退く夕香。それにしても意外とちゃんとあるものだ。
「なっ、ナニするん!?」
「いや、馬鹿につける薬はこれしかないと思って」
「どう考えたらそうなるの!?」
馬鹿だというのは否定しないのか。まぁ、いいじゃないか。柔らかくて幸せだったし(俺が)。
「で、とにかくだ。もし同居することになるんなら、お前は俺に揉まれ続けることになる」
「………………(胸を隠す夕香)」
「にも拘らず、お前は同居を命じられて抵抗を見せない」
「それは……」
俺の呆れたような物言いに、仕方無いから───と、弱々しい呟きが返された。
俯いた顔をこっそり覗き込む。一葉は、何かを諦めたような表情を浮かべていた。何かとは決まっている。公安局に逆らうことだ。
ここ特区で過ごした時間は一ヶ月にも満たないはずなのに、彼女は公安局に従順な態度をとっている。
仕方無いと。そういうものだからと。
「一葉は、公安局を恐れてるわけじゃあなさそうだな」
「えっ……」
ゆっくりと顔が上がる。どういうこと?とこちらを見上げる一葉。だが俺は、そこで答えを教えてやるほど甘くもない。首を振って拒否の意を示すと、困ったように眉尻を下げた。
「───さて。引っ越し、するんだろ?」
「あっ……」
立ち上がり、無言のやり取りに終わりを告げる。
「手伝ってくれ」
「………………うん」
苦笑いで表情を隠す一葉を、俺は無情にも気にする気が起きなかった。