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だだっ広い敷地に所狭しと建てられた講堂。授業中なのか、彷徨いてるのは大学生と思しき青年層だ。とりあえず一人だらだらと歩き回ってみたが、案内板の一つも見つけられていない。どうなってんだここ。苛立ち紛れに石でも蹴ろうと地面に目を向けるも、無機質に舗装された通には砂利さえ転がってない。

「ちっ……」

肉体的・精神的な疲れが溜まっているようだ。丁度二人掛けのベンチが空いたので、そこに滑り込む。

「あの鎖女……」

やけに俺を毛嫌いしてやがった。初対面だってのに。そういやレベル1如きがなんたらとか言ってたな。あれは俺を見下してたってことか?

「……わっかんね」

何か全てが面倒になってきた。あぁ~あ、ここら一帯沈めたら気が晴れるかな。……流石にそんなこと、俺の生活が無くなるからやんないけど。でもちょっとなら使おっかな、神威。誰かがびっくりして飛び退くのを見たら気が晴れるかも。

俺は目の前を通る道をひたと見据え、ゆっくりと手を翳した。視界にすっ、と半円を描く。

───その円は、立ち話に興じる青年達を捕らえていた。さて。驚くかな?

俺は薄笑いを浮かべつつ、指を鳴らした。

パチンッ。

響いた音に、通りがかった女性がこちらをちらっと見た。会釈すると、相手はよくわからないまま会釈を返し、その拍子に俺の足元に目を向け───

「ひゃっ!?」

可愛らしい悲鳴を上げた。その女性の慌てる様子にほくそ笑みながら、自分の足元を見やる。赤黒くぬらぬらと光る、どろっとした液体。それが俺を中心に、じわじわと無機質な道を侵食していく。

「うわぁっ!」

「なんだぁ!?」

「これ……血みたいだぞ」

周囲の人々も気づいたようだ。毒々しい液体に悲鳴を漏らし、正体がわかった途端にまた悲鳴を上げ、俺の嗜虐心をたぷたぷと満たしていく。見ると、血も指定領域を覆い尽くし、少しずつかさが上がり始めている。

「ん?あらら」

残念。学生達は領域から逃げ出したか。血で汚れた靴や服を嘆きながら、血溜まりの中に未だ佇む俺に怪訝な目線を送ってきている。聡い奴ならもう俺が発生源だと気づくだろうが……。

周囲には妙な静けさが漂っている。奴等が未だ動かない俺に、疑問や心配から声をかけてこないのは、俺が堂々と椅子に背を預け、ふんぞり返っているからだろう。ところでいつ消そうこの血溜まり。

ジャララララッ。

だなんて生意気にも引き際について考えていると、横手から飛来した鎖に身体を縛り上げられた。痛ってぇなぁ。これかなり硬いから肋とかに食い込むと真面目にキツいな。しかしこの辛さを顔に出しちゃあ男が廃る。

俺は精一杯の皮肉面で、領域外からの拘束者に声を張り上げた。

「何だ一度捨てた男のもとに戻ってきたのか?───長尾さんよぉ」

拘束者───もとい長尾美沙都は、俺の言葉に眉をひそめて、鎖で身体を持ち上げて近づいてきた。

「貴方……っ。職員室に行けと言ったでしょう?」

「お前さんに見捨てられてからは迷子になっちまったよ」

詰問に軽口で返す。俺の悪い癖だ。言ってしまったあとでいつも後悔するのだが、今は不思議とそういうのは無い。

鎖女の襲来で、いつの間にか周囲からは人が消えていた。街での喧嘩のときと同じである。

美沙都は俺の軽口を叩き落とすように手を振り下ろした。鎖が血溜まり(既に血の池レベルまで溜まっている)に突き刺さる。威嚇か?

「公安局に戻ったら、局長に貴方を一人にするなと叱られたわ。そのとき何でかはわからなかったし、教えてももらえなかったけれど……」

どろどろと光る血面を見下ろし、美沙都はあの事務的な無表情を浮かべた。

「───鬼頭夕雨。即刻神威を解除しなさい」

冷たい声色。治安を守る警察というより、裁判官の様な対応だ。ちょっとビビりながらも、俺はポーカーフェイスを貫く。まぁ指示には従うんだけどね。

「言われなくても解くよ。ただの憂さ晴らしだったしな」

言って、再び指を打ち鳴らす。途端に血の池は姿を消し、汚れひとつ無い地面が顔を現した。

「ほら消したぞ。とっとと鎖を解け」

美沙都は神威の解除を見届けると、彼女自身を浮かべていたものも含めて全ての鎖を引き戻した。

「(ほっ……)」

身体が自由を取り戻す。彼女が着地した瞬間、幾十条の鎖は華奢な肢体へと殺到し、身体に吸い込まれるようにして姿を消した。つくづくナゾノクサ……違った謎の鎖だ。

「……お前は鎖でできてんのか?」

見たまんまの感想だった。神威についての知識なんて自分のことしかわからないし、何かしらの法則があるのかもしれないが俺は自分以外にはこいつの鎖しか見たことない。

「ついてきて。今度はちゃんと案内するわ」

色々と詰まった質問は、あっさりスルーされた。ちょっと泣きそうになりながらも、俺は彼女を追いかけた。健気だなぁ~俺。


没個性な講堂の合間をつらつらと歩き続け、職員棟と札の貼られた講堂に足を踏み入れた。

「ここは……」

呟きは白壁に吸い込まれて消失した。外観に似合わず、内装は研究室のような不気味な白色で、廊下には静謐な空気が漂っている。美沙都は慣れた足取りで進んでいく。きょろきょろしてたら置いてかれるな。入り口→応接室→トイレ、と扉を通り過ぎ、ようやく、長らく(約二時間)探し求めた職員室のプレートを見つけた。

「ここよ」

言って、彼女はカードキー(これが噂のID?)を扉に押し当てた。

電子音のあと、扉がプシュッ、と音を立てて開かれる。お~ハイテク~と感嘆の息を漏らしていたら、美沙都が手首を掴んで強引に引っ張り込んだ。

「イタタタタ痛い痛い」

悲鳴を上げると放してくれたが、ギロッと睨まれた。そうでした。ここ職員室でした。しかし見渡してみても、俺達に奇異の目線を向けてくる人間はいないぞ?というかこちらのことを見ていない。それにしても、ここ特区の職員室だけあってかなり近代的な作りだ。基本構造のオフィススタイルはそのままに、一人一人の作業机が距離を保ち、教室のように整然と並んでいる。机上に紙束などが積み上げられている日本の職員室と違い、よく片付けられている。あっても数枚の書類で、それも何やら作業中のものだったりと隙がない。極めつけは机の前面、座り手から見て正面に、パソコンにしてはでっかいディスプレイが埋め込まれていることだ。みんなそのディスプレイに目を凝らし、頭にヘッドセットしてキーボード……らしきものを叩いてる。余程集中している様子だ。こちらに気づいてるのは誰一人としていないんじゃない?

「担任の先生が来るわ。背筋伸ばして」

と思っていたのは俺だけだったらしく、すぐにその担任とやらは現れた。どういうシステムなのだろう。美沙都が担任に向けて頭を下げた。こいつ頭下げれるんだ……とか思いながら俺もそれに倣う。ちなみに担任は女性だ。ゆるふわとかぽわぽわといった擬音が似合いそうな先生だ。白ブラウスに桃色のカーディガン、段フリルのスカートが幼さを演出している。しかし胸は大きい。何だこれ。見た目で人を判断しないようにたまに気をつけてる俺でも、こんな人が担任で大丈夫なのか?と心配に思えてくる。

「こんにちは。随分と遅かったねぇ~。もしかして早速デートでもしてた?」

見た目に反して口調ははっきりとしたものだ。あ、内容は無視で。

「知ってて言ってるなら時間の無駄です」

俺がスルーを選択しても、美沙都がばっさり斬っちゃあ……別にいいのか。

「公安局長から話は聞いてるはずです」

「うん聞いてる。───さて、悪戯好きなレベル1の転校生?」

「ぇ?あ、はい」

いきなり指を突きつけられ、しかも美沙都とちゃんと会話が終わった感じでもなかったのに話を振られるとは、正直思わなかった。

「駄目だよ~?君は受刑者なんだから」

さらっと怖いこと言わないでくださいよ。

「はぁ」

とか気の抜けた返事しか出来ないから。まぁ確かにこの待遇は受刑者ですね。鎖で縛られたし。

「待って先生。どういうこと?」

意味がわからなかったのか、美沙都が訊き返した。あんまそこ掘り下げられると嫌なんだけど。

俺の憮然とした表情をどう受け取ったのか、担任はまぁまぁと美沙都を制しながら、豊満な胸に押し上げられたポケットから、一枚のカードを取り出した。

「立ち話もなんだし、続きは奥の休憩室で。あっ、その前にこれ、渡しとくね」

胸の前にカードを差し出される。反射的に受け取る。クレジットカードみたいな、何の変哲もないカードだ。色は黒を基調としていて、赤い文字で俺の名前が記されている。これが例のIDか。かなり硬い作りで、安全のためか当然、ちゃんと角が取ってある。

「先生。これ何ですか?」

訊いたのは、勿論俺───と言いたいところだったが、何故か美沙都に先取りされた。え?美沙都さんよ。お前さんが知らないものを俺は渡されてるの?ちょっとおかしくないか?

「これはIDよ」

「でも、この色───」

「だって受刑者だもの」

「っ!?」

あの~……俺抜きで俺についての話するのやめてもらえません?しかも目の前で。

「詳しい話は座ってからよ。───さっ、こっちよ」

混乱している(あくまで静かに、だが)美沙都をほっぽって、担任は踵を返した。そういえばまだ名前聞いてないな。と、今更になって思ったのだった。


「さぁさぁ何でも訊いて?答えられる範囲でなら答えるから」

つくづく見た目に反した人である。わざとじゃねぇだろうな。

「じゃあ───」

「あっ、その前に」

担任は美沙都の質問を序盤から打ち砕いて見せた。ねぇこれ天然なの?それとも腰を折るのが趣味なの?多分自分勝手なだけだろう。何で教師やってんだよ。俺の脳内では一人コント並にツッコミ(卑猥じゃない方)が飛び交っているが、何故だろう。美沙都の無表情度が上がり、担任も居住まいを正した。

「公安局長として命じます。鬼頭夕雨と色を合わせなさい」

「───っ!?」

「…………ぇ?ナニそれ」

いやいや美沙都さん。驚いてるだけじゃ俺何にもわかりませんけど?担任が困惑する俺に目を向けた。あっ、お久しぶりでぇ~っす。

「色を合わせる、っていうのはね。私達公安局員が行動する際のパートナーを組むことなの。ちなみに色っていうのは、彼女の肩にあるワッペン───局章っていうんだけど。その色のことよ」

つまり色を合わせるとは、その局章の色を共有してペアであることを見える形で示す───ってことかい。

「大体理解できたが、何で俺が……その、色を合わせなきゃいかんのだ?」

「受刑者にそんな自由は無いってことよ」

あぁ~……確かにそうですね。

「ちょっと先生。さっきから受刑者って何よ」

美沙都はやはり気になるのか、担任の台詞に食いついてきた。

「教えてもいいけど、彼と色を合わせてからね」

「~~~っ!…………嫌です」

そんなに嫌ですか?まぁ別にいいですけど。

「そう。じゃあ教えない」 担任もあっさりしたものだ。命令だったんじゃないの?

「彼の監視は他の子に頼むわ。勿論、強制的に」

……なんだろう。笑ってるのに凄まれてるみたいだ。

ビビりつつも、それを悟られないようわざとらしく溜め息を吐いておいた。

「やっぱ監視はつくのか……」

なるべく何でもないことのように言うと、美沙都がこちらをチラッと見てきた。それにしてもチラッていう効果音は何で妙に心をくすぐるのか。俺がそんな馬鹿なことを考えてる間にも、二人の会話は続いている。

「私だけ知らないのね」

「長尾さんだけじゃない。彼のことはここに勤務する人でも滅多に知らないの。知ってるのは世界樹の連中だけ」

「この男がそんなに特別なんですか?」

「特別という程じゃないよ。他にも何人かいるよ?この東校には……もう……二人ぐらいいたかな」

「その人達にも監視が?」

「当然」

へぇ~、そうか。俺以外にも何人かいるんだな。まぁ保持者の集まる所なんだし、当たり前か。……いや、そんなことはどうでもいいんだよ。さっきから何の話してんだよ。俺の今後について、というか今日の寝床について教えてほしい。

「あの~……先生?ちなみに俺の寮は……」

このままだと何も知らないまま放り出されそうだったので(杞憂だろうが)、自分から訊いてみた。

「あっ、うん。そうだったね。じゃあこれ」

担任が胸の谷間辺りから取り出したものを、俺に差し出してきた。ちょっと待て、何だ今のアクション。と、受け取ってから思った。何故かは推察しきれないが、美沙都が眉を顰めるのが横目に見えた。

「何すか、これ」

とりあえず先程の行動は無視して、受け取った物を観察する。見た目は普通の、薄型の携帯端末だ。

「それは特区用のナビゲーター兼通信端末」

通信端末とはいわゆる、携帯電話やパソコンみたいな───簡単に言うと現代のスマートフォンか。

「特区用?」

「えぇ。ここには最先端の技術が集中してるから、普通の端末は使い物にならないのよ」

「電波とか磁場とかの関係ですか。成る程……」

俺は納得の溜め息を吐きつつ、通信端末を眺め回す。

「これってもらっていいんですか?」

「勿論。ここに来た人はみんな持ってるよ」

へぇ~、こんなのが支給されるのか。日本では終始ガラケーだったから、ちゃんと使えるかどうか……。

「さて。そろそろ私も仕事に戻らないといけないし、話を纏めるわね」

担任が総括に入ったので、俺も端末をポケットに捩じ込みながら姿勢を正す。

「レベル1、鬼頭夕雨君の監視は保留。レベル6、長尾美沙都さんの色合わせも保留。───保留だらけだけど、とにかく新しい生徒を歓迎するわ。ようこそ、東校へ」


携帯端末を頼りにたどり着いた寮は、東校から二キロほど離れた高層マンションの十三階だった。何か不吉だ。

IDをかざして鍵を開け、中へ入る。一人暮らし用の狭い玄関。フローリングの廊下は、日本の一般的な住居と変わらない。靴を脱いで上がり込む。左側に現れる扉を、開けては閉めて、中を確認。……ふむ。トイレもバスルームも、普通の日本式だ。それも当たり前だ。使われているのが最先端技術と云えども、ここは未来ではないのだから。まぁ、保持者の住む部屋として造られているのなら、かなり頑丈だろうことは想像に難くない。

廊下の突き当たりに嵌め込まれた扉を開けて、リビングへ。左手にキッチンがあり、正面には中途半端な背丈のテーブルと、数箱の段ボールが置かれている。クッションも絨毯も無く、見たところ寝室も無い。まぁ引っ越しの際に、絨毯以外はちゃんと送っておいたが。

「どうせなら荷ほどきもやっといてくれりゃいいのに」

疲れからそんな文句も口をついて出る。せめて寝られる状態にはしておこうと、段ボールの蓋に手をかけた。

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