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太平洋にポツンと取り残されたような島がある。国際連盟より独立した行政法人『世界樹』によって秘匿された、絶海の孤島。科学技術の粋を尽くして開発されたその島は、『特区』と呼ばれている。この施設に課された目的は、ここ十数年で存在が発覚した異能を司る人間───俗に『保持者』と呼ばれる者達を、隔離・教育すること。世界樹は体面上、学校法人を名乗っており、その外面に従って、教育施設としての役割も担っている。外面といっても、教育機関はかなり充実しており、小学校から大学院まで備わっている。特区は当初、面積が東京都の四分の一程しかなく、人口も統治・技術スタッフ合わせても千二百人程度しかいなかったが、保持者の増加に合わせて島も手狭になり、埋め立てや開発によって面積も拡大し、今や埼玉県と同程度にまで広くなってしまった。埋め立て材料の殆どが、震災瓦礫や家電ごみというから、コストは思った以上に安く済んだようである。
「結構細かく書いてあったなぁ」
パタン。
とやや分厚いパンフレットを畳んだ俺は、空港の待ち合い椅子を立ち上がり、う~んっ、と背を伸ばした。身体に血が巡る妙に心地好い感覚を楽しんだ後、手提げ鞄を背負い直す。既にここは特区の中。この空港は、特区への玄関口となっている。周囲に人は殆どいない。何しろ、俺は入学式に訳あって間に合わなかったのだ。俺の同期(高校一年にあたる)となる少年少女達は、とっくに特区に居を構えている。
……くだらねっ。
自分のギャグに寒気を感じながら、自動ドアに足を向けた。
海風が頬を撫で、長めの前髪をぱらぱらとはためかせる。
「……無機質の一言だな」
空港からまろび出た俺は、視界一杯に広がる景色に早速悪態を吐いた。
───真新しい路上電車が行き交い、馬鹿みたいに高い高層ビルが林立している。疎らに人々が行き交い、申し訳程度に植えられた街路樹が、かえって不自然さを演出している。風情の欠片も無い所だが、今日から俺はここで世話になるのだから、文句ばかり言ってられない。前のように疎まれ、怖がられることは無いだろうから、幾分かは居心地が良いだろうと思うが……。
「(こう、造られた感が剥き出しってのもどうかねぇ)」
最新技術が競うように盛り込まれたこの島は、生活水準が変に高い。事前に配られたパンフレットを見ただけだから、何処までが本当かはわからないが。
───まぁそんなことはどうでもいい。
迎えの人間を寄越すと連絡があったのだが……見当たらないな。支給されたスマートフォンを操作するも、新着の連絡は来ていない。もしや何かトラブルでもあったのかと、少々心配になってきた頃。
「───もしかして、貴方が鬼頭夕雨?」
横合いから名前を呼ばれた。会話するにはやや遠くから聞こえる。俺は振り向かず、その鈴の音の様な声に応えた。
「あぁ。その口振りからすると、俺のことを女だとでも思ってたか?」
字面だけなら、女だと思われても不思議じゃないし。
「っ……えぇ。悪かったわね」
いきなり指摘されて不機嫌そうだ。だがそんなことは知ったこっちゃない。
「案内係ってのはあんたなのか」
未だその鈴声の持ち主のご尊顔を拝もうとはせず、ぶっきらぼうに問いかける。しかし、返ってきたのは問いへの返答ではなかった。
「───長尾美沙都」
「ぁあ?」
「長尾美沙都よ。私は『あんた』じゃない」
「ぇっ……」
お門違いの非難と突然の自己紹介に思わず振り向き、そして───見惚れた。
彼女もとい長尾美沙都は、つかつかと足音を立てて近付いてくる。その度に揺れる漆黒の髪は、「和」という日本独自の表現を想起させた。
「全く。同じ日本人だからという理由で私を使いっ走りにするなんて。万死に値すると思わない?」
問いかけの筈なのに、同意しか許さないといったプレッシャーを放ちながら、彼女は俺の目の前に立った。何も答えられない俺は、半ば脊椎反射のように、長尾美沙都の容姿を観察する。
───白磁のような肌は触れ難く。すっと通った鼻筋は美しく。紅色の花弁のような唇は艶やかで。黒曜石のような瞳には、知的な光が浮かんでいる。華奢な肢体を包むは、パンフレットに描かれていたセーラー服。膝下五センチ前後のスカートは、彼女の厳格な印象を裏付けている。ちなみに男なら誰でも目がいく胸は、まぁ……無くはない程度に、適度に自己主張している。
残念な胸のお陰で我を取り戻した俺は、先程からの美沙都の態度に、今更ながら言及した。
「その、長尾とやら。さっきから態度でか過ぎねぇか?」
そう言うと、彼女はまるで呆れたと言うようにあからさまな溜め息を吐いてみせた。こいつ絶対友達いねぇだろ。俺もいないけど。
「たかだかレベル1の分際で、随分な物言いね」
………………………………。
は?
「何その、レベル……って」
そんなの聞いてないんだけど。いや確かに、ここに来る前にテストっぽいことはやったよ?やったけど……。何か適当に流された感があったんだけど。
「あぁ、まだ知らないんだったっけ?」
彼女は髪をかき上げ、何でもないことのように言った。
「レベルは『神威』の強さを現すの。貴方は最低ランクのレベル1。───あぁ、ちなみに私はレベル6」
嘲るように俺に微笑みかけてくる。ちなみに神威とは、保持者の持つ能力そのものを示す。へぇ~、俺のでレベル1ねぇ……。
「何よ。随分と不満そうじゃない」
「いや……ね?……まぁいいや」
俺は言おうとしていたことが負け惜しみみたいに聞こえることに気付き、台詞を途中で切り上げた。
「あら、そう。───じゃあ、無駄話はもういいわね。ついてきて」
幸い、追及されずに(単に興味が無かったからだろうが)その話は流された。踵を返しつかつかと遠ざかっていく美沙都を、俺は早足で追いかけた。
俺達一行は、路上電車には乗らず、日本とは違い遥かに道幅の広い歩道をてくてく歩いていた。正直、俺はとっとと割り当てられるという寮で長旅の疲れを癒したいのだが。
「なぁ~。路電があるのに何でわざわざ歩かないかんのですかぃ?」
どうせ無視されるだろうとかれこれ十分何も言わずにただ揺れる艶髪を眺めていたわけだが。彼女が頻りに首をふりふりしているのを見て、遂に訊いてしまった。
「これは私の都合よ」
意外にも答えが返ってきた。が、それは無視以上に気を削がれるものだったが。
「え?何それ。お前さん、自分の都合に俺を振り回してんの?」
「私も貴方の都合に振り回されてるわ」
「そりゃお前の仕事だろうが」
そもそも俺は呼ばれた側だし。
……体面上は。
彼女は嘆息すると、歩調を緩めて俺との距離を縮めてきた。俺に手で合図し、横に並べと伝えてくる。それに素直に従うと、彼女は右肩の袖をつまみ上げて何かを示した。彼女の肩に、ワッペン……だろうか。が縫いつけられている。盾のような五角形に、公安局という躍り文字の刺繍。
「島内巡回は、私のれっきとした仕事よ」
その声色には、自負と誇りが垣間見えた。
「ふぅ~ん……。まぁ、それなら仕方無ぇか」
「あら?随分と素直ね」
「うっせぇ」
俺は彼女の茶々を払い除け、歩調をずらして再び彼女の後ろを取った。ちゃんとした理由があっての徒歩行軍というのなら、これ以上こいつに絡む必要は無いだろう。つーか疲れた。ふわぁ~っ、と欠伸を一つ吐き出してから、何とはなしに街を見回す。つい先程降り立った空港は、こちらからは見上げる形となる。かの建造物は小高い丘の上に聳えているのだ。路電は歩道に挟まれる形で通っていて、歩道脇には、喫茶店やファーストフード店といった飲食店の他に、ブティックやランジェリーショップ、質屋なんかもあったりする。ここは渋谷か?道行く人々の数では圧倒的に敵わないものの、出店数でならいい勝負かもしれない。
美沙都とは違う視点できょろきょろしながら歩いていると───
「待って」
いつの間にか足を止めていた美沙都に、真横に広げた右腕で行く手を遮られた。急に歩を止められた不機嫌さから、何だよと悪態を吐こうとした。が、彼女はそんなヒマさえ与えず、唐突に走り出した。
「あっ、ちょ!?お前が待てって!」
何の合図も説明も無しにスタートダッシュを切った美沙都を追いかけようとしたが、すぐに諦めた。彼女の袖口から二条の鎖が飛び出す。鎖は路面に突き立ち、走る勢いそのままに、抜群の安定感で彼女の身体を持ち上げた。何の理屈?
鎖はたわまずにカーブを描き、美沙都自身は通過途中の路電車輌を飛び越えて(!?)、反対側の歩道に軽やかに着地した。
「…………………………」
いやこれ追いかけなきゃ駄目なの?とりあえず車輌が通り過ぎるのを待って、俺も線路を渡る。すると、鎖を纏った美沙都の他に、二人の少年が血走った眼を向け合っていた。どうやら喧嘩らしい。周囲の人々は、日本の野次馬とは違い聡明らしく、そそくさと遠ざかっていった。日常茶飯事なのかねぇ~と頭をかしかし掻きながら、改めて少年達を見る。推察するに、二人が何でかは知らないが取っ組み合ってて、それを発見した美沙都が鎖で跳んできて割り込んだ。付け加えると、二人を引き剥がして拘束しているのはこれまた鎖である。多分あれも美沙都のだろう。はぁ……。これも公安局の仕事の一つということかい。
「離せ!こいつをぶっ殺す!!」
「ンだとてめぇゴルァ!!たかだかレベル3の分際で舐めてんのか!?」
両者とても興奮した様子で、怒鳴り声を上げ合って鎖をがちゃがちゃ鳴らしている。あーうっせぇ。たかが喧嘩ぐらいで……とうんざりしつつ、俺が耳を塞いであ~ぁあ~と歌っていると───
「うるさい」
「「う゛っ!?」」
少年達は首を絞められ(鎖でだぜ?)、強制的に黙らされた。加減されてることを祈るが、まぁ死んでないし大丈夫だろう。あとさりげなく俺にも鎖飛ばしてくんのは酷くないっすか?引っ掴んで投げ返してやったけど。
「チッ……」
おいてめごら。
「さっきから全く要領を得ないのだけれど。つまりどういうこと?」
舌打ちは無かったことにして、美沙都が少年達に問いかけた。つーか絵面は拷問だよね。恐怖で頭が冷えたのか、俺から見て右側の、茶髪に優しげなイケメン(ちょっと意外)が、興奮の醒めた目で美沙都を見た。よし、こいつを少年Aとしよう。もうひとりはB君でいいな。さっきぎゃーつく騒いでたわりにはこっちはやけに静かだな。
「俺は、こいつと神威が発現した日のことを話してたんだよ」
「ふむふむ。それで?」
その相槌多分うざい。
「俺は中学生の頃───」
「それはどうでもいいわ」
さらっと自分語りをぶった斬られた少年Aは、露骨に嫌そうな顔をした。対面の少年Bは苦笑いを浮かべている。まぁ俺でも想像ついたんだし、決着を急ぐならわからないでもないけど……。美沙都さん。ちょっとは手加減してあげて。
「つまり彼に、神威のことで侮辱を受けた、と。そうよね?」
彼女は冷めた口調で言った。内容については俺も同意見だ。だが感想としては、くだらないと態度で示す美沙都と違い、仕方無いかなぁ~と思う。
「あぁ……そうだ」
すっかり興奮は醒めたようで、美沙都の問いにも素直に答えた。それを聞いて、彼女はようやく鎖の拘束を解いた。二人とも安心したように首をさすっている。
「今回は器物の損壊、人的被害も出ていないので厳重注意とします。局長には報告しますので、ID認証をお願いします」
事務的な口調でそう言った。冷たい無表情も相まって、無機質なロボットを連想させる。ところでIDって何すか?
そんな疑問を挟めようもなく、美沙都が少年達と何やらピッピッとやってるのをただ眺めていた。手続きを終わらせた美沙都が彼らを解放し、こちらに歩み寄ってきた。
「随分とつまらなそうだな」
声をかけたが無視され、すたすたと歩いていってしまう。あんの鎖女……。
正直そのままオサラバしたかったが、今は自分の住処さえ知らないのだ。仕方無いので美沙都を早足で追いかけた。
何処へ行くのかも問えずに歩き続けること三十分。ようやくそれらしき建物を見つけた。かなり大きい。大学のキャンパスみたいだな。ということは……これが学校か。近寄ってみると、成る程。校門もある。
「ここが貴方が通う学校。東校───英語ではEastern Schoolと呼ばれてるわ」
初めて美沙都が案内らしいことを言った。
「あ、言い忘れてたけど。ここでは日本語と英語が共通語よ」
「知ってるよ」
理由も想像つくし。どうせ特区の開発がアメリカと日本主導だったとか、そんなんだろ。
「予想外だわ。パンフレットをちゃんと読んでるなんて」
「それ馬鹿にしてるよね」
だって表情がわざとらしい。
「いいえ、褒めてるわ。それじゃ、職員室には一人で行ってね」
「いや、それパンフと関係無いし。地図も何も無いのにどうしろと?」
迷えというのかこいつは。というかこっち向け。颯爽と立ち去ろうとすんな。袖口を捕まえて引き止める。
「何?私のこと好きなの?」
こいつさっきから散々言ってるけど何なの?
「……俺は罵倒に愛を感じない」
掴んだ袖口を放しつつ、呆れを込めて言う。確かにこいつ可愛いけど……俺そんな節操無しじゃないし。むしろ恋愛感情が無い。美沙都は驚いたように目を見開いた。またわざとらしく……。
「あら、珍しいわね。じゃあさようなら」
また馬鹿にされるのかと身構えていたら、急に別れを告げられた。
「ん?あ……え?」
鎖で飛び上がった美沙都は、瞬く間に何処へか消え去った。いやどんだけ俺のこと嫌なの?
「はぁ……。仕方無いねぇ」
一人ぼやきながら、やけに大きく見える校門をくぐった。




