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第35話

今回はいつもよりページが多目でございます。

「いやはや、心配を掛けて本当に申し訳なかったね」



不比等が倒れた翌日。布団の中から上体を起こしている不比等は、軽く笑いながら皆に謝罪の言葉を述べる。見た目はとても元気そうで、昨夜倒れたとは思えない。



「全くだぜ。おかげで屋敷中が大騒ぎになるわ、妹紅は気ぃ失ってるおっさんにすがり付いてわんわん泣き出すわで大変だったぞ」


「流零さん、言わないでください!恥ずかしいです!」



流零が不比等に気を失っている間の出来事を話すと、妹紅が羞恥心から顔をし真っ赤にして流零の口を止めようとする。余程恥ずかしかったのだろう。



「一時はどうなることかと思ったが、不比等殿が無事に意識を取り戻してなによりだな」


「姉さんの言う通り。あんまり妹紅ちゃんを心配させたら駄目ですよ、不比等さん」



流零と妹紅のやり取りを微笑みながら見ていた藍は、改めて事態が収まったことに安堵する。一輪は藍の言葉に頷いて肯定すると、今度は不比等に注意するのだった。



「本当にすまない。これからは気を付けるよ」



−−−−−−−−−−−−


「ごほっ、ごほっ」


「しっかりしろ!おっさん!」



明かりが灯った部屋の中、布団に入ったままの状態で苦しそうに咳をする不比等に流零が声を掛ける。


不比等が倒れてから数日。言葉とは裏腹に不比等の容態は悪化していき、布団から出られない程になっていた。



「ふふ、私の命が尽きるのも思ったより早そうだ……」


「何縁起でもないこと言ってやがる!そんなこと言う暇があったら最後まで力の限り生きろってんだ!」



自身の死期を悟ったのか弱気な発言をする不比等。流零はそんな彼の様子が気に入らなかったらしく、掴みかかりそうな勢いで叱咤する。



「っ!?……そうだな、その通りだ。手間を掛けさせてすまないな流零君」


「分かりゃいいんだ。じゃあ俺はこの辺で部屋に戻らせてもらうぜ」



流零の言葉を受けて不比等の表情に幾分か活力が戻り、どちらからともなく二人は互いに微笑み合っていた。そして流零は不比等の部屋を後にして自分の部屋へと戻っていく。


ふと空に目を向ければ夜の暗闇の中で大きな満月が一際輝いていた。



(輝夜、また会えるよな?)



流零の脳裏に輝夜の姿が浮かぶ。そう、とうとう月の使者が輝夜を連れ戻しに来る日がやって来たのである。


長い年月を生きられる流零にとっては二度と会えないことはない。しかし、ただの人間である妹紅からすれば永遠の別れとなるだろう。それによる精神的なショックが流零には気がかりだった。


思考を続けていると、不意に廊下の奥からこちらに早足で向かってくる音が聞こえる。



「な、流零殿!妹紅様を見ませんでしたか?」


「妹紅を?いや見てねえが、何かあったのか?」



足音の主は屋敷の使用人の男であった。ところが彼はとても慌てており、どう見ても悪いことが起こったとしか思えない。



「用事があったので妹紅様の部屋へ行ったのですが、姿が見当たらないのです。他の者にも頼んで敷地内を探していましたが、流零殿も見ていないとなると一体何処に……?」



その言葉を聞いて流零の頭に一つの場所が思い浮かんだ。妹紅が最も行きそうな場所が。



「妹紅……まさかあそこに!」



「流零殿、どこへ行くのですか!?」



行き先の見当がついた流零は間髪入れずに行動に移り、使用人の言葉を振りきりながら屋敷を飛び出していった。



ここで時間は流零と不比等が話すよりも前に戻る。


妹紅は誰にも見つからないように屋敷を抜け出し、輝夜の屋敷に来ていた。そこには月の使者を追い払うべく、帝や貴族によって派遣された大勢の兵士の姿が見える。


だが兵士の位置はとても偏っており、おそらく数が多い方に輝夜が居るのだろう。そして兵士がほとんど居ない方にはいつも使っていた裏口がある。



「ここまで来たのはいいけど、見つからずに入るにはどうすれば……」



静かに呟くと、妹紅は冷静に状況を打開する方法を考える。見張りの数は少ないものの、ここで塀をよじ登ったりしようものなら即座に見つかるのが関の山だ。


なかなか良い案が浮かばず困っていると、兵士達の方に何やら動きがある。どうやら会話をしているようなので、耳を研ぎ澄ませて聞いてみる妹紅。



「そろそろ俺達もかぐや姫の護衛に行かないとな」


「ああ、この扉に鍵をかけて……と。よし行くぞ」



なんと見張りをしていた兵士達は扉を閉めると皆居なくなってしまった。一部始終を見ていた妹紅は、思わぬ幸運に少し驚きながらも早速屋敷に忍び込む。


塀の高さに少し苦戦しつつ、なんとか屋敷内に入ることが出来た妹紅。彼女はそのまま、ある部屋に向かう。それは、以前老夫婦が蓬莱の薬を隠した部屋であった。



「確かここだったはずだけど……あった」



部屋に入った妹紅は、敷いてある畳を一枚外してみる。するとそこには蓬莱の薬が二つ入っていた。



「おじいさん、おばあさん……ごめんなさい」



妹紅はそう言うと、蓬莱の薬を一つ手に取って懐へしまう。そして畳を元に戻して部屋を出ようと戸に手をかけた時、突然兵士達が居る方が騒がしくなった。



「まさか月の使者が……きゃっ!?」



状況の変化を感じた次の瞬間、大きな炸裂音が鳴り響く。



「い、今の凄い音は一体?輝夜は本当に大丈夫なのかしら?」



不安にかられた妹紅は部屋を出て、恐る恐る輝夜や兵士達が居る方に向かった。幸いにも兵士達は皆同じ場所に集まっているようで、妹紅は誰とも出会すことなく進むことに成功する。そして廊下の影から少しだけ顔を出して、現場である広い中庭を見ると驚くべき光景が広がっていた。



「っ!?」



なんとそこでは、地面や屋敷の床に倒れ伏した大勢の兵士達の姿が見えるではないか。目立った外傷は見当たらず、耳をすますと何やら寝息やいびきが聞こえる。そう、彼らは眠っているのだ。



(何かの術?……いえ、それよりも輝夜は?)



兵士達を眠らせた方法も気になるが、今最も大事なのは輝夜が無事かどうかだ。そう考えていると、中庭の中央から人の会話が聞こえてくる。


そちらを見た妹紅はまたしても驚いてしまった。輝夜と月の使者と思われる人々も居たが、それではなくその後ろにある月の使者が乗ってきた宇宙船に驚いたのだ。地上人の妹紅からすれば宇宙船は未知の存在。驚くのも無理はない。


ここでハッと本来の目的を思い出した妹紅は、輝夜達の会話や動きに集中する。



「永琳、久しぶりね。」


「姫様、お迎えに上がりました。さあ、月に帰りましょう」



輝夜が話しているのは、左右が赤色と青色で分かれている変わった服装をした銀髪の女性だ。永琳と呼ばれたその女性は、輝夜に優しく微笑むと彼女の傍に近付く。妹紅が息を呑んで見守る中、輝夜が口を開く。



「嫌よ。私は帰りたくないわ」


「そうですか……」



輝夜の意志を聞くと、先程とは違う真剣な表情になる永琳。そして自分の手に霊力で形成した弓矢を構え、他の使者達に向ける。



「それでは彼らを……うっ!?」


「永琳!?」



複数の発砲音が鳴り響き、直後に永琳の体が地面に崩れ落ちる。他の使者達の手には拳銃が握られ、銃口からは硝煙が出ていた。先手を取ったはずの永琳が逆に撃たれてしまったのだ。



「村…雲……あな…た」


「警戒しといて正解でしたよぉ。蓬莱山輝夜と親しいあなたは十分に裏切る可能性がありましたからねぇ。八意様ぁ」



動揺を隠しきれない永琳に、血のように真っ赤な髪をした使者の男『村雲』が説明する。相手を見下すような口調に怒りがわき上がる永琳だったが、体が思うように動かない。



「か、体が!?」


「神経を麻痺させる特殊な弾を使ったんでぇ、しばらくはまともに動けませんよぉ。それじゃ、さっさと退いてくださぁい」



村雲はそう言うと、永琳を蹴って無理矢理退かして輝夜の前に立つ。輝夜は呻き声を上げて地面に転がされた永琳を見て、逃走が失敗したことを完全に理解した。そして糸が切れた人形のように力無く両膝をついて俯いてしまう。



「あんまり手間を掛けさせないでくださ「待って!」……ん?」


「妹紅!?何でここに!?」



村雲の言葉を遮って現れた妹紅に視線が集まる。恐怖で震えながらも一歩一歩確実に輝夜に近付いていく妹紅。直後、その足元近くに銃弾が撃ち込まれて妹紅は止まった。



「邪魔しないでくれるぅ?それとも死にたいのかなぁ?」


「お願いします!輝夜を連れていかないでください!」



村雲の銃口が自分に向けられている中、妹紅は精一杯叫ぶ。自分の意志を。



「やめなさい妹紅!もういいのよ!」


「良くないわ!こんな形でお別れだなんて私は認めない!輝夜は大事な友達だもの!」



輝夜が必死に叫んで止めようとするも、妹紅の意志は変わらない。こんなにも自分を思ってくれる妹紅の心を感じ取った輝夜の目には自然と涙が溢れていた。



「ん〜、盛り上がってるとこ悪いんだけどさぁ。つまりぃ、そこのお嬢さんは俺らの邪魔をするってんでしょう?……だったら死んでもらいますよぉ」



面倒臭そうに二人のやり取りを見ていた村雲が、妹紅に狙いを定めた状態で引き金に指を掛ける。



「ま、待ちなさ……」


「え?」



永琳は村雲を止めようとするも声しか出せず、輝夜は妹紅に気を取られて反応が遅れてしまった。そして無情にも銃声が数回連続で鳴り響く。



「あ……かぐ…や……」



口から血を流しながら妹紅は輝夜に手を伸ばすが、その距離は遠すぎた。手は届くことなく、力尽きて仰向けに倒れる妹紅。



「妹紅ぉぉぉぉぉぉ!!」


「なんてことを……」



輝夜は目の前で親友を殺され、永琳の言葉がかき消される程の絶叫に近い悲鳴を上げる。



「さぁて邪魔者は消えたし、さっさと行きましょうかお姫様」


「離してよ!妹紅っ!妹紅ぉぉぉぉ!!」



半狂乱となっている輝夜を平然とした様子で連れて行こうとする村雲。その表情には後悔などの感情は微塵も見られない。



「本当に手間を掛けさせてくれるなぁ」


「う!?」



輝夜を素早く当て身で気絶させると、村雲は輝夜を担いで宇宙船に入っていく。



「村雲様、八意様の処分はどうしましょうか?」


「放っておけばぁ。これ以上時間を取られるのはイライラするからさぁ」



村雲は使者の一人に永琳をどうするか問われるが、まるで興味が無いようだ。いまだに体が麻痺している永琳を置いて、全ての使者が宇宙船に乗り込もうとしていたその時である。



「妹紅!何処だ!」



妹紅を探して流零がやって来たのだ。そして現場を目の当たりにした流零は一瞬言葉を失った。地面に倒れる妹紅、今まさに連れていかれようとしている輝夜。状況を把握した流零が怒りを爆発させるのに時間は掛からなかった。


「てめえら……よくも!!」


「ふぅん、あれはちょっと厄介かもねぇ。催眠弾じゃなくてプラズマ閃光弾をばらまいて緊急離脱するよ」


「了解です」



村雲から指示が出るやいなや、宇宙船から流零に向かって小さな金属の塊が複数発射される。それを剛火で斬り払った次の瞬間流零の視界が光で満ち、体に電流が走った。號鬼の雷程ではないものの、流零の動きを鈍らせるには十分な威力を持っていたのだ。



「くっ…そお!」



光が消え、体の痺れが無くなった頃には宇宙船の姿は跡形もなかった。完全に輝夜を連れ去られてしまったのである。



「……ちくしょう……輝夜ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



流零の叫びはどこか冷たい月明かりの下で虚しく響くのみだった。

最近まともな戦闘シーンが無いな(しみじみ)。

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