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静かな猛犬注意報



ハッハッハ、ハハハのハ!




未だ理解の及ばぬ転生から目覚めること十数分。

俺ははやくも危機的状況で決断を迫られていた。


(やばい、やばいやばいやばい!!そ、そそそんな……、ここ、こんなんアリか!?異世界最初のイベントが、王様との謁見でも伝説の剣の入手でもスライム退治でもなくっ――――ゆ、誘拐殺人凶悪犯とのデスマッチだとぉっ!!?)


ハードル、高ッッ!!


“悩んでる暇はないよ!!早くしないと牛車が行っちまう!”


うるせえェェェーーーァッッ!!?


毛の間を流れる雫がもはや雨なのか冷や汗なのかわからなくなっている俺を、誰が得するというのか、牛車の中に放り込まれているらしい自称名刀さんは更に急かしやがる。体中の毛穴という毛穴が開き(こんだけ毛むくじゃらの毛穴が全部開いたらもはやそれは人というか穴ではないだろうか。…………はは、混乱し過ぎてボケまでわけわからんなってやがる……。)、心臓がひっきりなしにバクバクいっていた。

頭が真っ白とはこういうことか、今にも思考が停止しそうになる。


(落ち着け、落ち着け、俺……!)

顔面が情けなく崩壊しそうな感覚に苛まれつつも、それでもなんとか頭を整理する。


ええと……、つまり今俺の前に居る牛車に乗っているのは一本の喋る剣と、こちらが何より重要だが“誘拐されたお嬢様”で、俺が護衛だと思っていた、とうとう目線も合わせずに丁度今俺の真横を通り過ぎようとしている三バカは、実は本物の護衛をぶち殺して人知れずこの車をどっかの暗がりに引きずりこもうとしてる極悪人で、俺があの世で閻魔様に舌を引っこ抜かれて地獄風呂の燃料にされない為には、その殺人凶悪犯から少なくとも女の子だけでもかっぱらって逃げるぐらいの偉業は成し遂げないといけないと――。



…………オイオイオイ、命がけの癖にえら~く情けないんじゃねえの畜生!?

大体いくら体が獣でも、抱えて逃げるのが女の子でも、人一人抱えてこの遮蔽物の無い、むしろ田んぼしかない道を逃げ続けるのは無茶じゃありませんこと?!!

そもそも俺はこの体で運動したことすらねえんだよ?!


いや……逃げる理由ならいくらでもあるさ。


……でもさ。目の前で女の子を見捨てて、今後安らかにこの世界に暮らせる理由なんて、そこには一個も落ちてないみたいなんだ――。


(くそ……、携帯、携帯はねえのか……あるわけねえよな……警察だ、警察に、連絡を、どうにか…………日本みたいな電話一本で飛んでくるような警察もどうせいねえんだろがよああ畜生!!)


自分がやらなくてすむ口実が、まとまっては散っていく。


そ、そうだ!あ、あの三人がそんなヤバい奴らだなんて保証がどこにもないじゃ~ん……?


“……じれったいな……っ!!……あんな薄汚い連中が、これほどの典雅な車を連れていることを、アンタ疑問に思わなかったのか!?あんた、雨の中でもこいつらから漂う血の匂いを嗅ぎ取ったんだろう!?……頼むよ!!私だって……ッッ!己一人で身動きの取れぬ我が身を、こんなに呪ったことは無いんだ!!あなたが助けてくれなければ、きっとこの子は無事には帰れないんだよ……!!”


そうかいそうかいそうですかい!?


ああ疑問に思ったさド畜生――っ!!


確かにこォんな豪華な成金貴族カーなのにあんなアホどもが前についてるのはどう考えても不思議だったし!!今となってはあのサイアクな臭いの疑問も解けたよ!!十中八九真っ黒だろーよッ!!



ああそうさッッ!――女の子見捨てて逃げられる理由なんて、今となっちゃどこひっくり返そうが一つも無いんだよ!!


それでも自分がどうなるかが怖い、生まれ変わろうが考えることは変わらないこのクサレ脳みそ以外にはなァ!!


…………―――――糞っタレェッッ!!

あああああああああやっっりゃあいいんだろうがやりゃあよォ!!!?


……それは覚悟でもなんでもなくて、止まりそうだった脳みそが本当に止まっちまっただけだった。これ以上脳にプレッシャーをかけられながら回転させようとしたら、俺はおかしくなる。



だから………――やるッッ!!



(てめェ嘘だったらへし折って牛のウンコと一緒に田んぼに捨ててやっからなクソポン刀ォがぁッ!!?)


“すまん――、っ恩に着るッ……!!”


自分の不甲斐なさを噛み殺すような鬼翔丸とやらの声に、腹も定まった。……つもりにはなった。


逃げても助からん……し……こ、ここ、ここは……そう……!ここはそう!三タテを狙うしかないのだ!!

―――ギンッ!!と殺気を飛ばしまくりの、それはもう言ってみれば殺人鬼になったような心になって、遠ざかろうとする男達の背中を睨む。

しかし無防備に背中を曝す連中の後ろ姿を見ていると、アレ?これいけるんじゃね?とか思ったりするが、……それでドラマみたいに冷静さを取り戻せたりはしなかった。


体が熱い。


肺のガソリンに火を点けられたみたいな燃える吐息を吐き出すと、自分に当たる雨の粒が全て水蒸気になっているような錯覚すら覚える。

震えながら燃えている――。俺の体は今、そんな奇妙な感覚だった!!



さあどうする?

選択肢は仲良く三人。大中小それぞれの背中が、今や誘っているように何の警戒もなく、後ろから見ると憎たらしいほど隙だらけで歩いている。……つうかやっぱこいつらアホだわ。もうちょっと後ろに来た俺に気を配れよ、完全に酔っ払いか何かだと思ってやがる。


さて――――強そうな奴から不意討ちで倒すか?

……いや。……ここは、手堅くまず弱そうなあのハゲ一人をきっちり潰しとこう。


そう考えたのはまあ……、多分、頭を使ったというより不安で不安でしょうがなくて弱虫が騒ぎ立てた結果だったのだろう。とりあえず前向いててもやれそうな奴からやろうぜと。

後で考えたら、それじゃ意味ないんじゃないの?とも思うが。

とりあえず俺はまず始めに手頃な石を探した。ヤクザ映画の兄貴分が下っ端の頭をぶっ叩くのに使うような灰皿より、ちょっと大きめの殺傷力ありそうなヤツだ。


しかし、――無いッ!!


コンクリートでもなんでもないただ踏み慣らしただけのの土の道が延々続いていやがるくせに、石なんてほとんどない。せいぜいがスプーンに乗りそうな小石ぐらいだ。


くそ、きっと学校の運動場と同じなんだ。なんでもない土に見えて、きっと誰かが定期的に整えているのだろう。

いらんことを。

棒きれ一つ落ちてないんじゃあ武器なんて望むべくもない。せいぜい案山子を引っこ抜いて戦うぐらいだろう。

じゃ、そうしろよと?一人で引っこ抜けるようにぶっ刺してるわけないだろがあんなもん!!農民舐めんな!!

じゃあ言うなよと。何かわけのわからない所にまで苛立っている。まともな精神状態じゃないと言えばまあ間違いなくそうですよ。武器すらなしのスッポンポン(お上品にry)でカンダタさん達と戦うことが決定しましたから。

こんなにアウェイ感の漂う異世界転生そうないと思うよ。この世界最初から俺に来て欲しくなんてなかったんじゃないの?ああもうやだ。お家帰りたい……。

のしかかるプレッシャーにげっそりする。


勝てる要素がどんどん減っていく。げっそりとか冗談じゃなく本当に吐きそうだ。この体の胃の中に何が入ってんだか知らないが。

いっそやっぱりやめようかとも思った。

しかしこの体は本当に侍のだったのかも知れない。もしくはやっぱ侍の霊に取り憑かれているのかも。

腹の中から湧き上がる熱が、ここから逃げるなと、逃がさないと―――そう言っている。こんな感覚は初めてだ。

もしかするとそれは、俺の自分の人生に対する反抗心だったのかもしれない。

異世界に生まれ変わって、夢が無いなりに夢見たファンタジーの世界にやって来て、それでも俺は命を賭けるという言葉から目を逸らして、これまでと同じように生きて行くのかと。

……まあ、そんな風に、変なスイッチが入っちゃってたわけだ。

でもこの感覚だけは確かで、間違ってないと思う。


――――ここで女の子見捨てて逃げるような人生の再スタートを切るぐらいなら、ハナッから生まれ変わる意味なんてない、それならいっそ一遍死んだほうがましだよなァッ!!!?



鼻息も荒く俺は息巻く。そのぐらいでないと、今は心が萎えちまったら終いだと思うから。


雨が今は俺の味方だった。

ただでさえうるさい牛車の立てる音に、雨音と車輪が水をかき分ける音が加わって、忍び寄る俺の足音なんかなーんちゃ聞こえやしない。


すれちがった俺のことなんか下手すりゃもう頭にないんじゃないかと思うほど、完っ璧に油断してる様子のあのチビの喉首に、俺の腕がするりと潜りこみ、次の瞬間にはそのまま圧し折らんばかりに締め上げる。


俺の死闘の幕は、静かに動き始めた――――。

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