図書室は旅をする
あやしいと思ったんだよ、大体見た目からしてあやしすぎるじゃないか。
黒の外套、目深にフードをかぶり、まったく正しい悪人だ。行き倒れていた自分を助けてくれたのはありがたいが、やはりシタゴコロがあったからだった。
「おれにお願い? なにかなあ、おにいちゃん?」
絶対に油断すんな。町の外でおまえみてえなガキに親切にするやつぁな、たいていろくでもねえこと考えてるんだからよ。ああ、親父の言う通り。
嘲った笑いとともに、自分のからだを抱きしめてあとじさる(今すぐたくましく成長できればいいのに!)。腰を低く落としたのはもちろん、恥知らずな手が伸びてきたらすぐにでも蹴り飛ばしてやるためだ。渾身の力で、適切な箇所を。オルトはまだ12の子供であるが、その痛みは同性として十分わかる。
つまりそれほどの殺気をみなぎらせたオルトに、男はこくりとうなずいた。
「その本を、私に貸してはもらえないでしょうか」
眉をひそめた。
オルトは親から継いだ荷運びの仕事をしている。魔物盗賊が大街道すら闊歩するご時勢で、彼のような子供にそれでも大事な荷を預けてくれるのは、先々代から築かれてきた信頼と人脈ともうひとつ。秘密のわざのおかげだった。運び屋オルトの荷物は決して盗まれない。たとえ彼が殺されたとしても、届け印を押されない限り、荷物は必ず差出人の元に戻るのだ。
そのわざに「呪い」だなんて恐ろしい名前をつけてくれる輩もいるが、ともあれキャプサロー家三代目運び屋は、安全確実迅速に、大事なお荷物運びますと元気に謳う(ただし手に持てる分だけ)。
「だめだよ、大切な預かりものなんだから。それに届け日はあさってに指定されているんだ。急がないと間に合わない」
こんなところでぶっ倒れたせいだ。日付けがわかる日計りを確かめながら、自分の不甲斐なさに歯噛みする。なるほど荷物は盗られまい、しかし運び屋には時間も商品。どれだけ時間がかかろうが届けばいいというのなら、金など払わず当人が持っていけばいい。
「では、今夜一晩だけ、読ませてはもらえませんか? もうじき夜です、旅人は足を止める時間のはず」
男はなおも食い下がる。そう年寄りにも見えないのにずいぶんとしわがれた声。
言う通り、急ぎたいオルトの気持ちに反し、太陽はすでに今日の役目を終えたとそそくさと沈んでいく。ややもせず闇があたりを支配するだろう。夜は動いてはいけない。旅人はささやかな結界を張り、声をひそめてやりすごさなければならない。夜の住人たちに見つからないように。
しかしオルトはもう一度首を振った。
「無駄だよ。一晩でなんて読み終えるわけがないし、たとえ読み終わったところで意味もない。これは辞書なんだぞ」
「そんなことはありません。一度読めば十分です。一度読めば、私は覚えてしまうから」
ああ、頭のおかしいやつだったのか。少年オルトは微妙な笑みを作った。
オルトは男に本を渡してやった。理由のひとつは男の背が低く、外套を羽織っているのにも関わらず華奢と言えるほどの細身であったこと。ふたつには、一応の、助けてくれたことへの感謝の気持ち。みっつめには、『頭のおかしいやつには逆らうな』『預かり物は命より大切だが、命と預かり物だったら命をとるように』という父のありがたい教えからだった。おとなの事情がわかってこその運び屋さ、オルトは自分の狡さに少しばかり酔ってみる。彼は商売人の子供だった。
本を受け取るなり、男はその場に座り込み、読み始めてしまった。すでに休み袋――街道から枝わかれして用意された、旅人達が休むための小さな広場――にいたとはいえ、まだ結界も張っていない。あとにしろよとオルトが呆れても、本は傷つけませんと、わかっているのかわかっていないのかな返事が返ってくる。しかたなくオルトは男のまわりに結界を作ってやった。自分もその中に入る。危険と判断した相手と仮の密室に入る行為は迂闊と言えたが、彼の子供らしい直感が、この人物は自分に危害を加えないと告げていた。大丈夫だろ、なんかばかそうだし。
「辞書なんかおもしろい?」
適当に寝床を作る。おだやかな気候と季節、今の野宿は心地よさすらある。男が辞書から顔を上げた。
「おれ、字読めるけどさ、遅いんだ。仕事に必要だから読むし書くけど、すごく時間かかるし、不安だから」
「本が、嫌いですか」
「文字が嫌い」
吐き捨てた口調は日々蓄えた不満。もう12のくせにだとか赤ん坊の頃から教えてきたのにだとか(赤ん坊に教えてどうすんだよ、親父はすぐ話を大きくする)。早くに運び屋稼業を開始したのも、仕事として文字に触れれば、まじめに文字に取り組むだろうという腹立たしい目論見からだった。ふざけていると思われているのだ。自分は努力をしている。本当に、がんばっているのに。
思い出し沸き立った怒りから冷めると、男は悲しそうに見えた。なぜか罪悪感を覚える。
「でも、化け物を退治する本と、世界のことを書いた本は結構おもしろかったぜ。知ってるか、北の地ってすげえ寒いんだって。すげえ寒いのに、そのうえ氷の家に住んでるんだってよ。信じられるか?」
読み終えることのできた2冊の本。文字の少ない、子供向けのものだったが、それでもオルトにはずいぶんとかかった。
男が、少しだけ首をかしげた。腕を枕に寝転がったオルトが見上げたおかげで、フードをかぶっていた男の顔がよく目に入り、正直なところ、ぎょっとした。細面の顔は火傷なのか、変色しただれていた。片目は開いてもいないように見える。自然、喉が鳴る。
「信じてはいません」
「……ああ、そうだよな、やっぱり嘘っぱちだよな、いやおれだって別に信じてなんかいなかったし」
「嘘かどうかは、わかりません」
「どっちだよ!」
「それが事実だと主張する本は読みました。21の書物でそう言った記述がなされています。2の書物が、それは嘘だと記述しています」
オルトはもう一度、眉をひそめた。
「私は、人間ではありません。魔法人形です。世界中の書物を記憶することを、目的と定められています」
「にんぎょう?」
頓狂な声が出る。
「普通にしゃべってるし、普通に動いてるじゃん」
「制作者に影をつけて頂いたので、人に似た行動ができます」
どうやら説明をしてくれたようだが、オルトにとっては説明になっていない。影ってなんだ、影はできるものでつけるものじゃないだろう。
「あんた、頭おかしいんだよ」
再度下した結論を率直に口にする。
「北の地が寒いかどうか、真実は知りません。ですが、私が生身の人間でないことは証明ができますよ」
男はおもむろに外套を脱ぐと、胸を大きく肌蹴た。オルトは、顔を青ざめさせたものか赤らめたものか、哀れに迷う。心臓の位置に埋め込まれた大人のこぶしほどのガラス玉と、初めて見る母親以外の乳房。
「お、男じゃなかったのかよ。いいよ、もうしまってよ」
「女性体として作られました。私の影も女性のものだったはずです」
こちらの反応に何も言わず、すぐに服を戻してくれたことに安堵し、オルトは背けていた目をまた男……ではなく、女に向けた。
「あんた、名前は?」
「忘れてしまいました」
「なにそれ? あ、教えるとなんかまずいとか? おれそういうのわかるよ!」
つい最近、明らかに偽名の差出人と、明らかに偽名の受取人がいた。もちろん届ける先さえわかれば、オルトの仕事としては何の問題もない。そこで初めて、名前とは親から与えられた名前である必要はないのだと知り、彼にしてみれば目から鱗の落ちる思いだった。
「いいえ。あったと思うのですが、忘れてしまいました」
一瞬はしゃいだ気分になったのに、取り合わない言葉がオルトに冷たく水をかけた。自分など、相手にしたくないのだろうか。
「……じゃ、さっきのこと教えてよ。おれ、どうなったの? 自分がどうして倒れてたのか覚えてないんだ」
仕事柄、日付を調べられる日計りを持っているし、空を見ればだいたいの時間もわかる。今朝から夕方、先ほど目覚めるまでの記憶がなかった。時折鈍い痛みを訴えてくる後頭部が、自分でわかりうる唯一の異常なのだけれども。
「あんたが助けてくれたんだろ。おれ、どうして倒れてたの」
「……すみません。覚えていません」
「あのなあ」
しかし、女は今度こそはすまなさそうに、うつむいている。
「私は、書物に関する記憶しかできません。そのほかのことは、半日ほどの時間を置くとすべて忘れてしまうのです」
だから、自分の名前も教えられないし、あなたの名前も聞かずにおくつもりです。不愉快だったら、ごめんなさい――
結界外、濡れたような夜の闇を見つめながら、そう頭を下げた女の言葉が頭の中を回る。あのまま自然と終わりを告げた会話のあと、気まずさを放り投げ、もう眠ろうと女に背を向けた。向けたものの、冴えた目を閉じたままにすることができない。結局、思い切って寝返りを打ち、オルトは女を見た。
昼の明かりを閉じ込めた明かし灯篭を頼りに、女はまだ辞書を読み耽っていた。
「あんた、眠らなくていいの?」
女がこちらを向く。白い乳房を見た今ですら、まるでおどろおどろしい闇の住人のような姿。こえーっつの。
「活動するためには、睡眠か食事が必要です。それは普通の人間と同じですが、ただ食事は一切とらなくても、眠り続ければ少しずつ体力を蓄え直すことができます」
「ふうん」
食事をしなくても動き続けるのなら、確かに人間とは思えない。そこでまた会話が終わる。女は辞書に目を落とし、ページを繰る。紙の擦れる小さな音が聞こえた。
「本読んだら覚えるんだっけ。覚えてどうすんの?」
「わかりません」
女は今度はこちらを向かず、そのまま答えた。
「あんたを作ったやつが、あんたにそう命令したんだろ?」
「そうです。それははっきりと覚えています。すべての書物を記憶しろと。ですから、私は書物を求めています」
「だから。覚えてどうすんの。命令した奴のところに持っていくの?」
「わかりません」
「それもかよ!」
女はうなずく。
「それじゃ、覚える意味ないじゃん」
「確かに、この記憶をなにかに役立てる機会はないかもしれません」
認めながら、更にページを繰る。言ってることとやってることがちがうだろ、とオルトはまた、呆れる。
「なあ、意味のないことやって、楽しい?」
「感情は持っていないのです。なぜやるのかと問われれば、そう目的づけられているからだと答えます。ページ8、魔法人形の行動原理。本来、魔法人形は己の意志を持たない。己の意志を持つ魔法人形の作成は、この分野に携わる人間にとって最悪の外法であり、至高の悲願である。さてこの項目では、かのイースシープ博士の教えをもとに、魔法人形の行動原理について説いていくこととする――」
「待った待った待った」
突然よどみなく語り出した女にオルトは身を起こして腕を振る。女は素直にやめ、オルトを見る。
「なにいまの? 本?」
「『魔法人形探求』362年、ターヴィ博士によって書かれた本です。制作者が入力した私自身の情報には、魔法人形と分類されています」
「いやそうじゃなくて。中身、全部覚えてんの?」
「私はそういう装置です」
オルトは自身に生じた混乱を、考えることで整理しようとした。しかし考えるためには、理解することが必要らしい。
「……行動の原理、って、あんたがどうやって自分の行動を決めているか、って意味でいい?」
「はい。ただし、私自身の意志はありません」
「じゃあ、今の続き、読んでよ」
女はまた、するすると語り出す。その速度はオルトの理解よりも早かったので、もう少しゆっくり話すよう頼み、また時折同じところを繰り返してもらいながら、オルトは学んだ。
「ごめん。疲れた?」
「いいえ」
「でも、喉痛くない?」
女の声は、性別のわからぬほどに潰れ、しわがれている。今更の心配だとオルトは後悔する。
「いいえ。大丈夫、問題ありません。また今の声は、本来の私の声ではありません」
「どういうこと?」
「私は再生するからです」
ここまででオルトは、これが果たして返事として的を射ているのか、女に問い詰める前に自分で考えることを覚えていた。再生する、とは。確かに魔法人形は自動再生の能力を持っているらしい。ということは、今この声は再生されていない声であり、つまり怪我を負ったか病気に罹ったか、そんなような結果であり、けれどこの女は半日で記憶を失うので、半日以上前になにかがあったのだ。
「……そっか」
答えた声が沈んでしまった。
喉を潰すような真似をされたのだろうか。
顔の怪我も同じ原因か、それとも別の。けれどこの女は覚えていない。たとえばもう一度、その喉を潰した人間に会ったとしても、気づきもしない。
「どうしましたか。体調が悪いのですか? 症状を教えて下されば、回復するようお手伝いできるかと思います」
「ううん、大丈夫。あんたって、医者みたいなことができるの?」
「医者ではありません。記憶の中から該当する症状を抜き出し、有効とされる対策があればそれを施します」
オルトはここで、自分が介抱された次第が想像できた。彼女は行き倒れたオルトの持つ本を見かけ、求めたが、けれどそのまま持っていくには『盗みをしてはならない』という禁止項目に触れる。だから許可を得られる状態にするため、オルトの回復を試みたのだ。頭に巻かれた包帯に触れる。
「ただし、相手の了承を得られない状況では、できる限りやらないことにしています。記憶には事実とは違ったことが多くあります。それ自体は問題ではありませんが、私自身に違いを見つけ出す能力がないので、不適切な行為で対象を傷つけてしまう可能性があります」
「じゃ、頭の怪我には熱湯をかけましょう、って書いた本しかあんたが読んでなかったら、あんたはそれをおれにやったわけだ? 大真面目に」
「そうなります」
笑ってみたがあまり笑えない。悪意はないのだから恐ろしい。
オルトの腹が鳴った。
オルトは、自分の食事を女にも分けた。食事をとっていないのではないかと思い当たり、不憫に思ったからだった。この女に食料を調達する能力はあるんだろうか。いや、あるわけがない。
彼女を作った主に腹が立つ。どうして手放したか知らないが、自分で身を守る術のない人形を作っておきながら、こんな風に野に放っておく理由がオルトにはわからない。
「あんたはこれからどうすんの?」
乾いたパンを食べながら、本を探しますとまたこちらも見ずに答えてくる。そう、そうするしかないのだ。そういう行動原理だから。オルトは決めた。
「おれがあんたの主になるよ」
女がこちらを見る。
「おれは運び屋なんだ。色んなところに行くんだよ。だから、あんたも連れていってやる。本があったら読ませてやるよ。だからおれと一緒に行こう」
驚いた顔。彼女は自分には感情がないと言ったけれども、オルトにはそう見えない。パンを食べたときに、おいしいとつぶやき、口元がほころんだのを見た。
「でも私は、あなたのことを記憶しません」
目を伏せ、首を振る。たとえばこれが入力された反応だとして、それでもやはりオルトには悲しそうに見えるのだ。彼女から感情のかけらがのぞくたび、オルトは義憤に駆られた。
「そうだ。待ってて」
思いつき、オルトは大急ぎで、紙束を取り出した。仕事の記録をとるために、筆記具とともに持ち歩いている。正真正銘ただの紙だが、『秘密のわざ』にも使う。
文字を書くのは苦手だが、ペンを握りこみながら、オルトは無地に言葉を書きつける。
「408年、スクルの月、21日……」
そこまで書いたところで、オルトは女を見た。
「魔法人形に命令する方法、もっぺん読んで。一時的じゃないやつ」
「ページ121、魔法人形に指示を埋め込む。吹き込みの刻印に触れ、口頭にて指示をする。他者の利用を禁じたい場合は、別項参照。吹き込みの刻印は魔力の構造上、背中下部、腰付近が推奨される。刻印は製造年月日を用いるのが一般的である」
他者の利用を禁じたい場合、という言葉に引っかかりながらも、オルトは女に腰を見せてくれるよう頼んだ。女はなにか考えたようにも見えたけれども、はいと答えすぐに応じてくれた。
本の通り、腰に10桁ほどの数字や記号があった。オルトはそれに触れる。
「あんたの名前は、コントゥールオ」
「……了解しました」
女――今後はコントゥールオ――が、戸惑いながら答えた。問題なく『設定』できたことに満足し、オルトは機嫌よくうなずく。
「じゃあ、えっと」
再びペンを握り、紙に向かう。コントゥールオは、困ったようにオルトを見つめているので、時間かかるから辞書でも読んでいなよと言うと、それじゃあと従った。
「できた!」
オルトは、コントゥールオに紙を差し出す。
「……408年、スクルの月、21日、コントゥールオとオルトは会った。オルトは道で倒れていた。コントゥールオがそれを助けた……」
紙から顔をあげると、オルトがどうだ、と鼻を鳴らす。
「コントゥールオは本を覚えるんだろ。じゃあこれでもう、忘れないだろ?」
コントゥールオは、まばたきをした。
「はい」
「コントゥールオは、字を書けるの?」
「書いたことはありません。文字は知っています」
「それじゃ書けるよね。この紙とペンをあげるよ。忘れたくないことを書いて、自分で読めばいいよ」
紙束から数枚の紙をちぎり、予備のペンとともに押しつける。オルトはあくびをした。
「寝なきゃ。怪我で半日寝てたのに、まだ眠くなるんだなあ。コントゥールオ、その辞書の届け先はプリースの町なんだ。行ったことある?」
「いいえ、オルト」
「本屋があるんだ。貸本屋。連れて行ってあげる」
「はい、オルト」
うなずき、コントゥールオは微笑んだ。
こうして、オルトとコントゥールオの旅は始まりました。オルトは自分の体が育つとともに届ける先をどんどんと広げ、さまざまな町へ荷物を運びました。もちろんコントゥールオも一緒です。
たくさんの本を覚えたコントゥールオは、有名になりました。彼女は、歩く図書室、と呼ばれるようになりました。彼女を利用しようと、オルトの元から無理矢理さらおうとする輩も現れだし、考えたオルトは貯めたお金で本屋を作りました。そこに行けば誰でも無料で本を読めて、欲しければ買っていける、そんな本屋でした。本が売れてここからなくなっても、コントゥールオがいれば大丈夫です。文字の読めない人だって大丈夫、淡々とした調子ではありますが、一度読んだことのある本なら、彼女が諳んじてくれるからです。
世界中の本が、キャプサローの本屋に集まりはじめました。オルトの目論見どおり、図書室コントゥールオの名はどんどんと広まり、おいそれと悪さのできないようになっていきました。
オルトのはじめた小さな本屋が、キャプサロー大図書館と名前を変えても、オルトとコントゥールオは旅をすることをやめませんでした。ふたりは春のよい季節になると、いつも本を探しに旅に出ました。
晩年オルトは、若い青年に「運び屋」を譲りました。オルトが老いても、墓場の土で作られたコントゥールオは年をとりません。これからは彼が、本を求め続けるコントゥールオを守り、さまざまな場所へと運ぶのです。
またオルトは、コントゥールオに秘密のわざを施しました。差出人は、キャプサロー大図書館。宛先は、コントゥールオ。コントゥールオが自分に未届け印……届け先不明と書けば、いつでも大図書館に帰ることができるようになりました。コントゥールオに『指示』を出来る人間も『運び屋』だけに限定したところで、オルトは満足しました。これでもう迷子にならねえし、ひどい目にも遭わないだろう。彼は次の世界へ旅立っていきました。
運び屋には、オルトの記した「運び屋の手引き」があります。以下は、その最後の一節です。
――――――
図書室の運び屋となった者へ。これだけは言っておく。
相手は図書室だ。恋なんかしたってろくなことにならねえぞ。まったく、おかげで、散々な人生だった。下手な約束なんかするなよ、守らないといつまでもぐちぐち言ってくるからな。他の女とたいして変わりゃしねえ。最初はもっとしおらしかったのに。
それじゃあな、コントゥールオ。
おまえが墓場の土くれだろうが、恩知らずの鳥頭だろうが、本馬鹿だろうが、愛しているよ。
――――――
図書室コントゥールオに「好きな言葉」を検索してもらうと、この言葉をつぶやくのだそうです。