白い男
「「…はい」」
「御昼時にすいません。私、水野青葉と申します」
「「…はぁ?」」
「自分は柏木と申します」
「「はぁ…」」
「大変申し訳ありませんが、扉を開けていただけますか?」
「「あの…新聞なら間に合ってますので」」
「自分は新聞屋ではありません」
「「セールスもお断りですので…」」
「…岡田大地君についてのお話しです」
「「…」」
「お話し、聞いていただけますか?」
「「…あなた達、あいつの知り合いですか」」
「(あいつ…?)
いえ知り合いというわけでは…お母様でしょうか?」
「「違います」」
「えっと…お姉さんでしょうか?」
「「あいつは、家族じゃありません」」
「…え?」
「「あんな毎日学校もろくに行かずに遊びに行って朝になるまで帰ってこない。
せっかく作ったご飯だって食べてくれない。
家族3人を養う為の資金が入った私の財布から平気でお金を抜き取る…」」
「お、お母様?」
「「一つ下の弟は私立高校にも行って真面目に育ったのに…あいつがいるせいで私の家の評判はどんどん悪くなる!このままだと弟のあの子まであいつみたいに害虫を見るような目でご近所に見られるようになる…!!
いっそあんなやついなくなればいい!!死ねばいい!!
死ねば…死ねばい…」」
「死にましたよ」
「か…柏木さん!?」
「「死…んだ?」」
「ええ、殺されました」
「「……」」
「おや?どうしました?あなたも望んでいたでしょう…はっきりと聞きましたよ。「あんなやつ死ねばいい」…と」
「柏木さん」
「すみません青さん…実は既に自分、あの陰惨とした場面をこの目で見ていたのです」
「!?」
「なんならお母さん、息子の大地君がどのようにして殺されたか教えてあげましょうか」
「無事だったのは殆ど頭部のみ。他の部分の説明もしましょうか?
右腕は関節的に不可能な方向に曲げられていましたし、足は両方とも切り傷裂け傷で白い骨が綺麗に見えていましたね」
「「……ブツッ」」
「では次に…なんだ、切れてしまいましたね
…どうしました?青さん?」
「……いえ別に」
「そうですか?
…おや?これはお母さん。どうなさいましたか?」
「!!」
急遽柏木さんが上を見上げたので俺もそこを見てみると、岡田大地の母らしき人物が一軒家の二階の窓から片方の顔だけ出してこちらを見ていた。
「お母様…?」
岡田大地の母親は、客観的に見ても綺麗な顔立ちをしていた。
しかし窓から顔半分だけを出して見下ろされていると、そんな顔でも少し恐ろしく見えてしまう。
更にこちらをじっと見据えたまま何も話さないときたら尚更だ。
「あいつは…
大地が、死んだ…?」
やっと口を開いたと思ったら、岡田大地の母親はそう聞いてきた。
そしてそれに対して笑顔を崩さずに対応する柏木さん。
「ええ。死にました」
その軽い口調に、俺はまた妙な苛つきを覚えた。
俺も柏木さんも多くの死に触れてきたけど、だからって命を軽く扱っていい筈がない。
柏木さんは誰よりそれをわかってる筈なのに…
なぜこんな挑発するような言い方を…?
そして当然それに対して岡田大地の母親も怒りを露にする。
「帰ってください!馬鹿馬鹿しい…
大体人が1人死んだとしたら、普通そんな口調で話しません!」
「…『普通』じゃ無いんですよ
…私は」
「大体あなた、息子さんの死を願っていたのに、何故喜ばないんですか?何故…
嘘だと『思いたい』んですか?」
……?
なんだ?
柏木さんは何を言っているんだ?
「っ!そんなこと…私は本当にいなくなってほしいと…」
「本当に?」
「…っ!」
…!
そうか!
柏木さんは見破ったんだ…
母親がついてるなんらかの嘘を!
それならここは、俺が余計な口出しをしない方がいいかも知れない。
…頼みますよ、柏木さん。
「違う!!私は本当に大地が嫌いで…」
「大地…ね」
「うるさい!
私は…私は…」
「涙を流すくらいなら、自分の気持ちに嘘をつくな」
「!?」
「親子の縁なんて、どうやっても切ることはできません。
それは例え、どちらかが死んでも現世と黄泉で繋がってます…」
「…?」
「柏木さん…
それは…」
「……
お母さん…あなたが死んでほしいと言った人は、あなたがお腹を痛めてまで欲しがり、時間を失ってまで育てたあなたの子供です」
「…」
「例えその息子が人を殺しても…盗みをしても、薬に溺れても女に騙されて高い借金を背負わされて自殺をしたとしても!
親は子供を愛さないといけないんだ!!」
「柏木さん…?」
「…自分の都合で生んだ子供が思い通りに育たなかったからって、切ったり繋いだりできるものじゃないんですよ…親子の縁は」
どんなことにも全く動揺しない柏木さんが、何でこんなに声を張り上げて…
もしかしてさっきの『例え』って…
……
本当に『もしも』の話だったんですか…?