左の炎
PM17:00
未だに俺は立ち尽くしていた。
立ち尽くしながらも、頭の中ではどうしようどうしようとしきりに考えていた。
「妹が帰ってくる」
俺には一つ年下の妹がいる。
名前を赤井花
読み方は訓読みでそのままハナ。
あれ、音読みだっけ。
そんなことはどうでもいい。
俺の家は古いマンションだ。
3階だ。
そして3階という微妙に地上に近い階だから、俺も妹も階段を使う。
そして古いマンションだから、階段を上る音が簡単に部屋の中に入ってくる。
そしてそのせいで、俺は妹が階段を上る音を他の住人と見分けることができる。
まぁ簡潔に言うと
妹が帰ってきた。
「マズイ」
いやマジで。
好奇心旺盛な妹のことだ。俺の手から出る炎なんて見たら
「何それマジックー?ちょっと触らせてー」
…妹が消滅する。
「いやマジデマズイ」
妹が階段を上り終えた。
あと10秒程で部屋の前にたどり着くだろう。
俺はお構い無しとばかりに燃える両手を見た。
…
「消えろ」
消えない。
「消えてよ」
消えない。
「……………
消えてください!!」
「ただいまー」
「………」
「どした?」
「消えた…。」
「?」
水につけても消えなかったのに消えた。
心から消えて欲しいと願うこと
…か?消す条件は…。
…いや
それとも、もしかしたら全部夢だったのか?
一人だったから気づかなかっただけで…。
妹が帰ってきたから覚めたのか?
「…そうだよ。」
「何が?」
うん!きっとそうだ!大体手から炎が出るなんておかしいしな!
なんだ!全部夢だったのか!
安心した!
小刻みに踊り出した俺を妹は不思議そうに見ていたが、そんなことどうでもよかった。
むしろこの喜びを誰かと分かち合いたいと思っていたんだ。好都合だ。
さぁ!妹もそんなところで立ち止まってないでこっちにおいでよ!
一緒に舞おうじゃないか!
しかし妹はむしろ後ずさりしてしまい、一緒に舞ってはくれなかった。
替わりにフラミンゴさながらのステップを刻む俺に、
「きもちわるっ」
という声援をくれた。
「兄貴が元気なのはいいんだけどさ、学校とドアノブはどーした?」
「…夢で」
「?」
「夢であってほしかった!!」
そういいながらくずれ落ちる俺を妹はどんな思いで見ていたのかなんて知るよしもない。
むしろ知りたくない。
今日この数分の間に妹の中での俺の評価が急激に落ちている気がする。
まぁ仕方ない。妹から見たら
「学校をサボって一人で勝手に踊ったり落ち込んだりしている情けない兄貴」
だからな。
まぁそんなことはどうでもいい。
ドアノブが消えていた。
これが表す意味がわからないほど俺も馬鹿じゃない。
「現実か…。」
「だからドアノブどうしたんだよ」
そう…この日この時この瞬間から
俺は今までの普通な高校生ではなく
発火能力を身につけた「超能力者」になってしまったのを認めざるを得なくなった。
そしてこの能力のせいで俺の人生が劇的に変わることも
この能力があんな大惨事を招くことも
超能力の俺にはわからなかった。