右手の炎
太陽
「な…なんだよこれ…」
am8:05
高校二年生の赤井太陽は、自分の手の平を見た途端、眠気が吹き飛んだ。
正確には手の平から出続ける炎を見た途端…だ。
炎と言っても「それ」はそこら辺にあるライターと大差ない小さなモノだった。が、それでもその現象は、太陽を驚愕させるには充分だった。
夢…か?いや
こんなリアリティのある夢なんて見たことない…それにこの炎の熱は、紛れも無く現実だ…熱い。
…炎の大きさは大体直径7~8cm、赤色と黄色が入り混じりあった色をして、手の平から出ていること以外は本当に普通の炎。
手の平から「出ている」と言うのは正しくて、その炎は俺の右手の平に万遍なく行き渡っている。
つまり、親指の付け根から小指の先端まで、右手の表面すべて燃え盛っているということだ。
しかし右手からの熱気は伝わるものの、実際に燃えている右手は熱さなど微塵も感じない。
強いて言うなら、「100g程度の重りを持っている感覚」だ。
「何でこんなことに…?」
さっきから心の中でずっと思ってたものの中々口に出せずにいた言葉を俺は口にした。
言ったらこの事態を受け入れてしまうような気がして、口に出せずにいた言葉を。
その言葉を口にした途端、急に不安感が出てきて、様々な危惧や質問が浮かび上がった。
まずこの炎…消すことはできるのか?
もし消すことができないなら、俺は燃える物や熱を伝えるものにこれから右手で触れることができなくなってしまう。
その時、新しい疑問が生まれた。
そもそもこの炎…燃えるのか?
熱気こそ感じるものの
いつまで経っても燃え広がらない俺の右手を見て思ったことだったが、この時、太陽はなかなか良いところを突いていた。
燃え広がらないし、肝心な右手は熱くない。
これらのことから、この炎は太陽一人が感じている幻覚という可能性も出て来る。
しかし…
「…違ったか。」
左手で持ったA4サイズのノートを炎に近付けた途端一瞬で燃え尽きたところから、その要素は除外されてしまった。
そしてその時太陽は見た。
あれほどのサイズの紙の束が燃えたと言うのに、火花一つ起こさない上に、燃えたノートは灰すら出さずに燃え尽きた。
つまり、完全に消滅してしまったのだ。
…謎は深まる一方だった。
とは言っても、まずは何より先にこの炎をどうにかして消さなくてはならない。学校にも行けない。
「…まてよ」
そして俺は考えた。
いくら手から出てたり火花を出さないと言っても所詮は炎
「水をかけたら消えるんじゃないか?」
その考えに至った途端俺は立ち上がり風呂場に向かった。
そして一晩経って水風呂となっている風呂の中に右手を突っ込んだ。
「…どうだ?」
俺は風呂から目を離したまま手を入れていた。
だってそうだろ?もしこれで消えてなかったらもう消す手立ては無い。
あったとしても俺には思い付かない。
なのにすぐに確認できるってそんなわけ「って熱っ」
そう考えてるうちに風呂の中に入れてる右手が徐々に熱を帯びていたのに気付き、俺は手を引っ込めた。
浴槽を見ると、何と湯気が立っているではないか。
驚きながらも居間から温度計を持ってきて計ってみると、50度あった。
「な…なんなんじゃこりゃ…」
あ、やっぱり炎は消えてなかった。
「…………ハァッハァッ………しまった…」
am8:30
学校のチャイムが鳴りはじめる時間
俺はまだ家で炎と戦っていた。
しかも、さっきよりも困ったことになっていた。
「炎が…両手に…」
そう。わざとじゃないということだけわかってほしい。
強いて言うなら好奇心だった。
あの後色んなものを右手の炎で燃やしてみた。
中学の頃の卒業証書、使わなくなったノート、教科書
そして俺は思った。思ってしまった。
「紙以外の物も燃やせんじゃね?」
と。
内心ドキドキしながらも近付けた性感スプレー…面白いくらい簡単に燃えた。というより消えた?
消しゴムもシャーペンも即消滅。ペットボトルとかの普通の炎じゃ消せないやつも煙も出さずに一発だった。
思えばあの時俺はどんなテンションだったんだろう?
いや、わかっている。
コーラの瓶があっさり燃えた辺りで、俺は何かに憑かれたように右手を駆使してた。
そしてめぼしい物を全て燃やした後で思ってしまったんだ。
「この炎、何でも燃やせるのに何で俺の右手は燃えないんだろ」
「もしかして左手も燃えないのかな」
「…」
「やってみね?(笑)」
左手の人差し指を、ほんの少し炎に近付けたんだ。
そしたら人差し指から手の平まで炎が上ってきて、そっから導火線みたいに親指から小指まで右手と同じ有様になっちまった。
強いて違いをあげるとするなら、炎の重さだ。
さっきまで右に100gだったのが、右70g、左30gくらいに分かれたことだ。
炎の量も重さに比例するように、右手はさっきより大人しく、左手は薄い膜が張ってるような微量な炎が出ている。
まぁ要するに何が言いたいかと言うと…
「家でれねえ」
ドアノブを溶かしてしまった。
いや…大体わかってたよ。
左手に炎が上って行くとき、「これもしかしてやばいんじゃ」と思ったよ。
それまでが嘘だったかのように、血の気が引いてくのもわかったよ。
「………」
俺は立ち尽くした。
今まで立ち尽くすってどういう状況かいまいちわからなかったが、正にこういう時なのだろう。
「…いっそのことドアごと燃やそうか…。」
真顔でそんなことを考える程、俺はピンチに陥っていた。