【短編】「君の妹のことが好きになってしまったんだ」と婚約者から婚約破棄されました。────ところで、妹って誰のことですか?Episode②
「俺は君の妹のことが好きになってしまったんだ!もうこれ以上この気持ちに嘘はつけない……!どうか婚約破棄してくれ!」
「は?今なんて言いました?」
それは婚約者との二度目のお茶会での出来事だった。
彼は伯爵家の嫡男だが王宮騎士になる夢が諦めきれずに弟に爵位継承権を明け渡して騎士団に入団した下っ端騎士だった。しかし伯爵家の後継ぎでもなくなっていまだ出世も見込めない彼に縁談がくるはずもなく、いまや適齢期もギリギリの崖っぷち。騎士団はとにかく厳しくて実力が無いと判断されたら容赦なく破門されてしまうのだとか。
確か、次の昇級試験に受からなければ彼は破門への道まっしぐらなはずだ。そしてそうなった場合、彼は平民になってしまう。
そこで我が家に白羽の矢が立ち、伯爵夫妻から「どうか頼む」と頭を下げられて結ばれたのがこの婚約だった。父が友人同士だったこともあるが、私と結婚すれば最低でも男爵位がもらえる。なぜかって?《《そういう契約》》だからだ。
まぁ、お互いに恋愛感情がないのは仕方がないと思っている。我が家には兄がいるし跡取りは問題ない。それに、私には早く婚約なり結婚なりしたい“事情”があったので受けた訳ありの婚約だ。これからも嫌われないようにご機嫌取りはするつもりではいた。
色々と覚悟を決めていたのに……たった2回しか会っていないのに婚約破棄されてしまったのだ。
あまりに意味のわからないその発言に頭が真っ白になりそうになる。というか、確かに私も訳ありだけど、元々はそっちから頼んできた婚約でしたよね?
「……え、婚約破棄?本気ですか?というか私たち、婚約したばっかりなんですけど??」
「そんなことは関係ない!」
きっぱりとそう言われ、思わず「はぁ?」と言いたくなった。意味がわからなくて私が呆然としていると、彼は聞いてもいないのに頬を染めて「運命の出会い」とやらを語り出す始末だ。誰か止めてくれ。
「前回の君との顔合せのあの日、視線を感じてふと上を見上げると、窓の近くに小さな人影を見つけたんだ。ふわふわのピンクブロンドの髪とサファイアのような美しい瞳をしたその人が俺をじっと見つめていた。あの儚げで可憐な見た目はまるで妖精のようだった!俺と視線が合ってもそらそうともせず、あんなに思い詰めた顔で……きっと俺に一目惚れしたに違いない!
それに俺も、あの子を一目見て体中に稲妻が走ったような衝撃を受けたんだ。それから俺は寝ても覚めても彼女のことばかり考えてしまう……!────しかし、問題があった!」
終わったかと思った悦に入った語りはまだ続くようで、今度は私を鋭い視線で貫くように睨みだしたのである。
「顔合せのあと、紹介された家族の中に“あの子”の姿が無かったんだ!それとなく君に聞いたが君は“家族はこれで全員だ”とハッキリ言ったよな?だから確信したんだ、あの子はきっと君に虐げられているのだと!」
「!」
“ピンクブロンドの髪とサファイヤのような瞳”。その言葉に私は思わずヒュッ!と息を呑んだ。それにさすがは下っ端とはいえど腐っても騎士といえばいいのか、そのプレッシャーはただの令嬢である私に耐えられるものではなく咄嗟に身がすくんでしまったのだ。
まさか彼に《《我が家の秘密》》が見られていたなんて。だからあれほどあの日はジッとしててと言ったのに!
でもこれ以上はダメだ。これ以上の発言を許してはいけない。この秘密が《《家族》》以外に知られたら“私”が大変なことになるのだ。
私は慌てていた。なにせ、その危機は確実に《《もうひとつの圧》》として近づいてきていたからである。
「俺だって自分の立場は理解している。だから《《我慢して》》君と結婚してからあの子を支えてやるべきかと悩んだんだ。しかし考えれば考えるほどにあの子に対する理不尽な対応に俺は君たちが許せなくなったんだ!だから、君とは婚約破棄して俺はあの子と結婚する!真実の愛さえあれば、爵位なんてクソくらえだ!
例え平民になったって君のような悪女と妥協して結婚するよりずっと幸せになるはずだ!それに────」
「ちょ、ちょっと待ってください!とにかく落ち着いて話し合いましょう?!いえ、それよりもその妹?っていうのは実は────」
「黙れ!まだ誤魔化す気か?!この悪女めぇぇぇ!!」
たぶん何か大きな誤解をしているだろう彼を落ち着かせようとまだまだ続きそうなその言葉を遮った。この邸内で、しかも大声でそんなことを叫ぶなんて命知らずもいいところである。だから私は《《彼のために》》遮ったのだ。しかしそのわずかな情は彼には届かなかった。
ブン!と、彼の拳が大きく振り上げられる。自分に向かってくるそれが私にはスローモーションのように見えていた。
どうやら彼は頭に血が昇ると衝動を抑えられないようだ。怒りと興奮で顔を真っ赤にして人の話を聞くつもりはないらしい。思い込みも激しそうだし、冷静な判断力が求められる《《この世界》》の王宮騎士には向いてないだろうなと思った。そして、使用人たちの叫び声が聞こえる中、私はきつく目をつむったのだった。
ガシッ!と、拳のぶつかる鈍い音が聞こえた。しかし私の体にその衝撃はなく、そっと目を開けると目の前にはピンクブロンドの髪が広がっていたのだ。
彼は使用人たちに取り押さえられていて何かギャーギャーと叫んでいるが、こっちはそれどころではない。
「け、怪我は?!まさか殴られたんじゃないわよね?!なんでこんな無茶を……!」
私は自分より小柄な目の前の人物を抱きしめた。するとその人物は私に振り向き、サファイアのような瞳を優しく細めたのである。
「それは僕のセリフだよ。もしも君が傷つけられたりしたら、この国を破壊してしまうところだったよ。────だって君は、僕の大切な番なんだから」
そう言って私の目尻に浮かぶ涙をすくい取ると、ちゅっと頬に唇を落としてくる。そして私を見つめるサファイアのような瞳の瞳孔が、爬虫類のように縦長の形をしていることを知っているのは……この国では王族と私の家族だけに許された秘密なのだった。
この子の秘密────それは、この子が獣人の国の王子だということだ。しかも最強の力を持つ王族、竜人である。竜人は適齢期になると生涯の伴侶……番を探しに旅に出るのだが、必ず見つかるわけでもないのでもしも見つかったらまさに“奇跡の出会い”だと言われているのだ。
つまり番だと認識されたら最後、執着系ヤンデレの出来上がりである。
しかしその番が他種族であった場合は制約もあった。竜人が成人する前にその番が他の者と結婚した場合はきっぱり諦めて“番断ち”の秘薬を飲むのだ。昔それで一悶着あって竜人が国を滅ぼそうとしたとかなんとかで出来た唯一無二の法律だった。
そして数年前、この王子の番だと見初められてしまったのが運の尽き。私はなんとかその運命を覆したくて結婚を急いでいたのである。と言うか、お父様たちがこの子に遠慮していたせいでこれまで婚約者がいなかったんだけどね!実は、友人の頼みだし人助けなんだからとお父様を必死に説得して受けてもらった婚約でもあった。
この子が成人するまであと半年。これが番になるのから逃げる最後のチャンスだったのだ。
しかし婚約破棄されてこの子のことも露見した今、もう逃げられないのかもしれない。そう思って肩を落とした時、床に押さえつけられたままの彼が私にツバを飛ばして罵声を浴びせてきた。
「やっぱりこの子は存在していたじゃないか!しかもお前のような悪女を庇うなんて洗脳でもしたのか?!さぁ、愛しの君よ!あの時、俺のことをずっと見ていただろう?!俺と真実の愛を……「僕は男だ!僕の番を侮辱した罪、その命で償わせてやる!!」はへぇっ?!」
サファイア色の瞳が真っ赤な怒りの色に染まったのを見て、さすがにこの子が普通の人間ではないと気づいたようだった。というか、確かに可愛い顔をしてはいるけど、まさか女の子に見られていたなんて……出会った頃に私がつい「ふわふわで可愛い髪の毛」だと褒めたらそれからずっと伸ばしてるのよね、この子。
しかしさすがにこの子に人殺しをさせるわけにはいかない。私は「大丈夫よ」と囁き、いまだ状況が理解出来ていない彼に向かってこう言った。
「婚約破棄は了承いたしました。────ところで、妹って誰のことですか?」と。
そうして彼は放心状態のまま帰っていった。使用人たちが大勢目撃していたため、騎士団の一員でありながら女性に罵声を浴びせたことや暴力を振るおうとしたことはすぐに露見して彼は試験を実施するまでもなく破門。伯爵家からも愛想を尽かされて平民になったそうだ。どうやら「俺は騙されたんだ」とそこいらで騒いでいるようだが、まともに相手にされていないようだ。
そしてすぐに私が竜人の王子の番であると公表されて新たな婚約が成立した。
一応竜人の王子がここにいることや私が番であることがバレるとややこしいことになるのでこの数年間ひた隠しにしていたのだが、もはや隠す必要もなくなったので竜人の王子は堂々と私の隣に立って出歩くようになった。成人するまでに私を口説き落としてみせると居候していたが、無事に婚約したからと家族の前でもイチャイチャしてくるので困ったものである。
王子が居候する代わりに獣人の国の王様が番にならなくても最低限のお礼をしてくれるっていうから、男爵位を用意してもらってひっそり暮らすはずだったのにそれもおじゃんだ。
まぁ、その……私も別に嫌というわけではないのでいいんだけど。
竜人の番に対する溺愛は有名で、私の前の婚約についてアレコレいう人はもはや存在しない。言ったが最後どうなるかなんて周知の事実だからである。
え?最初から番になっていればよかったのにって?
えーと、それが……。
実はこの世界が乙女ゲームの世界で、私が悪役令嬢ポジションの転生者だって言ったらあなたは信じてくれる?
王子と出会ってから思い出したんだけど、獣人の国へ行ったらヒロインが現れて自分こそが本当の番だって言ってくるのよね。それが真実になるかどうかは好感度次第なんだけど、なにせ課金アイテムの存在が怖くってさぁ。“最強アイテム・好感度MAX”って、なにそれチートじゃん!もしヒロインがそれ使ってきたら私の方が番だと偽った罪で断罪されて死刑確定!なんなら家族も同罪だって一族みんな牢獄行き!
そんなのムリぃっ!って思っちゃったのよね。
でもお父様たちに前世の記憶だなんだと言うわけにもいかないじゃない?だから、なんとか逃げようとしたけど、それこそ無理だったわけよ。
いくら竜人で強くってもまだ成人前の子供なのに、殴ってこようとしている自分より体格のいい相手の前に飛び出してその拳を自分の腕で受け止めるなんてことされたら……さすがに撃ち落とされたわ。
いやまぁ、元婚約者にも悪いことをしたとは思ってるのよ。私が悪足掻きしたせいで巻き込んじゃったみたいなものだし。だからせめて慰謝料代わりに仕事の斡旋とかしたんだけど、私からの紹介だとわかった途端に「俺はあの悪女の施しなど受けない!」とか言って騒いでるようなのよね。これ、王子の耳に入ったらそれこそ大変だわ。
それから私はどうしたかというと……実はまだこの国にいる。王子に「獣人の国へ行くのはちょっと不安」だと正直に言ったら、あっさりと「じゃあ僕が婿入りする!」と言ってくれたのだ。
「竜人は子だくさんだから僕の他にも王子はいるし、なにより番が望むことは全部叶えてあげたいから」
しかも獣人の国の王子が婿入りするならってこの国の王様から侯爵位をもらってしまい、ついでに獣人の国とこの国の橋渡しまで頼まれてしまった。
そう言えば、しばらくしてから人間が獣人の国で一騒動起こしたらしいけれど……それが私たちの耳に届くのはもう少し先の話である。
終




