陰気でつまらないと婚約破棄されました。……では、もう喋らなくていいんですね?
学院を卒業した若者たちを招いた、小さな晩餐会だった。
会場は伯爵家の屋敷。
招かれたのも、親しい家の子女が三十人ほど。
その壁際で、ミリア・クロウ公爵令嬢は婚約者から声をかけられた。
「ミリア。婚約を解消したい」
レイン公爵家次男、エドガー。
クロウ公爵家の一人娘であり、次期当主であるミリアへ婿入りする予定の男だった。
「……はい」
黒髪はきっちり結い上げられ、ドレスも首元まで詰まっている。
視線は伏せがち。笑顔も少ない。
「君は悪い女性じゃない。だが、一緒にいても会話が続かないんだ。何を聞いても二言三言で終わるし、こういう席でもずっと隅にいるだろう?」
「……そうですね」
「僕はもっと明るくて、よく笑って、話していて楽しい女性と暮らしたい」
少し離れたところには、先ほどまでエドガーと楽しそうに話していた令嬢がいる。
「……わかりました」
「怒らないのか?」
「……怒ると、たくさん喋らないといけないので」
エドガーは黙った。
「では、婚約はこれで終わりということで?」
「ああ」
ミリアは少し考え、それから、ほっと息を吐いた。
「……では、もうエドガー様と喋らなくていいんですね?」
「…………」
その顔が、その晩いちばん明るかった。
ミリアは一礼して会場を出た。
扉が閉まり、人の視線がなくなった途端、肩から力が抜ける。
「……つかれた」
低く、少し掠れた気怠い声。
ミリアは首元へ指をかけた。
ひとつ、ふたつと留め具を外す。
詰められていた襟が緩み、白い喉から鎖骨までが柔らかな灯りの下へ現れた。
「……苦しかった」
今度は髪へ手を伸ばす。
一本、もう一本。
ピンを抜くたび、固くまとめられていた黒髪がほどけていく。
最後の一本を抜くと、艶のある髪が肩を滑り、背中へ一気に落ちた。
頭を軽く振れば、黒髪がふわりと揺れる。
さらに長手袋へ指をかけ、ゆっくり引き抜いた。
指先から手首、細い腕へと白い肌が現れる。
「……やっと帰れる」
伏せていた目を上げた。
「馬車まで送ろうか」
横から声がした。
ミリアの肩が跳ねる。
ヴァイス侯爵家三男、レオン。
彼もまた、晩餐会ではだいたい壁際にいる男だった。
「……いつからいました?」
「苦しかった、のあたりから」
「……忘れてください」
「努力する」
そう言いながら、レオンは一度だけ視線を逸らした。
「馬車まで送ろうか」
「……会話、しなくてもいいなら」
「構わない」
「では、お願いします」
二人は黙って歩いた。
それが驚くほど心地よかった。
馬車の前でレオンが手を差し出す。
ミリアはその手を取った。
そして、離さなかった。
「……ミリア嬢」
「はい」
「手」
ミリアは彼を見上げる。
近い。
人前ではろくに目も合わせられない女が、二人きりになると妙に真っ直ぐ見つめてくる。
「嫌ですか」
「……いや」
「では問題ありません」
半年後。
ヴァイス侯爵家三男レオンは、クロウ公爵家へ婿入りした。
新婚家庭は、とても静かだった。
夫も無口。
妻はもっと無口。
「会話のない夫婦で大丈夫なのか」
そんな心配をする親族もいたという。
そして一年後。
クロウ公爵家に、元気な女児が生まれた。
夫婦仲を心配する声は、それきり消えた。
どうやら次期クロウ公爵ミリア。
会話は陰キャだったが。
肉体言語は、かなり陽キャだったらしい。
例によって、夜勤明けです。
首が痛い。
腰も痛い。
眠い。
なのに、なぜかこんな話を書きました。
……何らかの欲求不満でしょうか。
自分でもよく分かりません。
とりあえず、会話は陰キャでも肉体言語は陽キャらしいです。
では、昼のビールを飲みます。




