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感情不在の少年と、余命一年の少女が出会ったら

作者: めの。
掲載日:2026/06/24

「じゃあ、私と一緒に旅に出ましょうよ」


 そう言って差し出された彼女の手を。しばらく見て――――視線を落として、もう一度、見て。

 頭では正しくないことだって分かっていたはずなのに、どうして取ってしまったのか。


 今でも、よく分からないままだった。



   *   *   *



「まずは腹ごしらえね。美味しいものが食べたいわ」

「……食べちゃいけないものとかは?」

「何しに旅に出たと思ってるのよ」


 言いながら脇腹を小突かれた。

 そこそこ痛かったので視線で訴えてみたが、スマホに釘付けになっている彼女に届くことはなかった。


「位置情報は?」

「切ってるに決まってるでしょ。こういうのはね、事前準備が大事なのよ」


 足がつくといけないから、と犯罪者のような理論でタクシーを使わずにバスに乗り込んだものの、乗っていたのは俺たちの他に二人だけ。田舎のバスを舐めるべきじゃなかった。顔くらい簡単に覚えられそうだ。


「平日の昼間って言っても、もっと乗っていてもいいんじゃない?」

「乗るヤツがいないから減便するんだよ」


 そうして、もっと乗られなくなって。また減便して。最終的には。


「要る人もいるのにね」

「慈善事業じゃないからな」


 それきり、口を閉じた彼女の方を見れば。力なく笑っていた。

「要る人が、少ないなら――仕方ないわね」


 その言葉は、バスだけのことではなく。

 揺られて、道だって狭くて、大きく揺れて。

 一度こちらに倒れてきた彼女が、俺の右腕をつかんで。ハッとして離して、こちらを見た。


「大丈夫だよ」


 痛くなんて、ないから。

 その言葉に、口を結んで。


 駅まで、また何も言わずに揺られていた。



   *   *   *



 久しぶりに来た駅は、やっぱり人通りが少なかった。


「ドラマ効果とかないの?」

「もう終わってしばらく経つからな」

「百貨店の後、何入るか決まってないの」

「検討はされてる」

「閉まってから随分経つと思うけど」

「難しいんだろ、色々」


 乗り換えバスを待つ間も、変わった景色と、変わらない景色と。

 新しいものはできているはずなのに。どこか物足りない景色の話をして。


「あの百貨店。地下に回るお菓子があったの知ってる?」

「ああ、なんかあったな」


 電動でキャンディやらチョコレートやらが乗っていて、ゆっくりゆっくり回っているものの中から好きなものを選んで、計量してその代金を支払うシステムの。


「今思うと、電気代の無駄だな」

「情緒がないわね」

「でもまぁ、なんか楽しかったな」

「何が好きだった?」

「……オブラートに包まれた、チューイングキャンディみたいなやつ」

「私あれ苦手」

「そうかよ」


 ようやく来た乗り換えバスに乗って、窓の景色を見ながら呟く。


「必要じゃないから、なくなっちゃうのね」


 跡地に何が経つかも決まらぬまま。

 その姿を残した百貨店は、何か言いたげで。


 それでも、その中に何があるのかなんて分からなくて。

 徐々に遠くなるその姿を、目を閉じて見送った。



   *   *   *



「で、なんでラーメンなのよ」

「食いたかったから」


 旅なんて言いつつも、金銭的に余裕があるわけでもないので、そのあたりをぶらぶらと歩いて、腹ごしらえがてら店に入った。


「なんかもっとこう……イタリアンとか、フレンチとか」

「パスタ屋は休みで、俺はフレンチの店に行ったことはない」


 そして、お前の胃がそんな料理に耐えられるとも思えない。と、出かけた言葉は飲み込んだ。


「女の子を誘うならそういうものじゃないの?」

「俺は常に等身大が理想だ」

「最初くらい見栄張りなさいよ」

「最初も何もこれで最後だからいいじゃないか。早く決めろよ」


 彼女は文句を言いながらも、あごだしのラーメンが並ぶメニュー表を食い入るように見て、季節限定のメニューも同じようになめ回すように見て。それを何度も、何度も繰り返して、ようやく、おだんごとラーメンのセットを選んだ。


「安倍川餅と磯辺餅もある……!」

「腹に溜まりそうなものに惹かれるな」


 今頼んだメニューすら食えるか分からないくせに。それでも、メニューを何度も見ては嬉しそうなため息をつき、店内を見回し、またメニューに戻りとしばらく忙しそうに過ごしている彼女を見ていると、待ち時間がそう長くは感じなかった。


「わー……あごだしってこんなんなんだ。透明」

「そうだな。食いやすいよ」

「あ、写真! 写真撮ってから食べないとダメなのよ」

「駄目なわけじゃないと思うが……」

「ダメって言ったらダメなの! アンタのも一緒に撮るから食べるの待って!」

「……早くしろよ、伸びる」


 そうして、何枚も写真を撮って。得意げな鼻息が漏れたところで、箸を割った。彼女に手渡そうかと思ったら、どうやら自分でやりたかったらしい。そういえば、いつもマイ箸だからこういう機会もないか。

 なぜか箸を割るだけなのに危なっかしい手つきの彼女は、片方がやたらと細くなったそれに青ざめつつ、そのまま諦めたように麺をすすった。


「こんな味なんだ」

「そうだな」

「美味しい」

「そうだな」

「……ラーメン、久しぶり」

「そうだな」

「こんな、味だったんだ」

「…………そうだな」


 いつも食べる薄味の食事よりは、しっかりと味がしているのに。濃くはなくて、後味もさっぱりして、食べやすくて、優しい。そんなスープが絡んだ麺をすする音が静かに響いて、彼女の頬が濡れているのも、きっと湯気のせいで。


「……美味しい」

「美味いな」


 半分しか食べられなくて、悔しそうな彼女からそれを取り、団子を勧める。

 一口しか食べられなかったそれも、やっぱりいつもは食べられなかったその味も。


「美味しい」

「語彙を増やせ」


 それしか表現できない彼女を連れて。

 あんこにきなこ、ごまに抹茶にかつお。色々な他の味が並ぶショーケースを名残惜しそうに見る彼女の手を引いて。



 きっと。二度は来ないその店を、後にした。



  *   *   *



「このあとって何するの?」


 ハートの石畳やら、商店街に急にある謎のお地蔵様のようなものやらを写真に収めて。

 ある程度満足したらしい彼女はそう言った。


「旅に出るって言ったならお前が決めろよ」

「だって、私、最近どこに何があるか知らないもん」

「知らないもんじゃないが」


 なんとなく色々あるかと思って降りたこのあたりも、旅と言えば旅だが観光客向きだ。

 城に登るのも悪くはないがコイツの体力的に持ちそうにないし、城に登るまでも割と階段とかがある。他のところも歩くものが多いし、遊覧船は案外金がかかるし……。


「あ。遊覧船があるわよ!」

「案外金がかかるって言ったろ」

「言ってないわよ」

「言ってなかったな」


 考えていただけだった。


「乗りたいなら乗るか」

「私、船苦手」

「じゃあ言うなよ」

「乗りたいとは言ってないもん」

「言って……なかったな」

「そうよ」


 そうして、橋の下を通るそれを手を振りながら見送る。

 そうしてみると、案外にこやかに手を振り返してくれる人が多かった。


「今、笑った?」

「いや」

「なぁんだ」

「なんだよ」

「別に」

「そうかよ」


 遊覧船は案外と運行しているらしく、その後も同じことを繰り返して。手を振って、振られて。



「見送ってるのは、どちらかしらね」



 その言葉に、彼女の横顔を見て。


「さぁな」


 力の抜けた手を振って。



 振り返されたそれを見て、下ろした。



  *   *   *



「夕ご飯を食べます」

「早ぇよ」

「早いわね」

「腹減ってねぇし」

「そうね」

「……何食うんだよ」

「クレープ」


 お菓子の名称を口にするには、割と強い口調で。


「クレープが、食べたい」


 こちらを射貫くような目をして、彼女は宣言した。



  *   *   *



「……まさか、休みだったなんて」

「まあ、働き方改革は大事だからな」

「学生には関係ないもん」

「関係ないことはないはずなんだが……」


 電柱にもたれかかるほどぐったりとしている彼女を前に、スマホで検索をかける。


「この近くの喫茶店ならあるって検索では出てきたが……」

「見せて見せて」


 髪がかかるほど近づいた距離に、自然と少しだけ離れる。

 それでも体温を感じられて。触れる髪がくすぐったくて。手にかかる吐息が、熱い。


「高そう」

「高そうだな」

「店構えが怖い」

「高級そうと言え」

「エルサルバドルって何……」

「俺も知らん」

「シフォンケーキ美味しそう」

「クレープはなさそうだな」

「シフォンケーキでもいいよ」

「妥協すんな」


 さっきの強い言葉は何だったんだ。


「ああ、ケーキ屋があるからクレープあるかも」

「ケーキ屋さんのクレープじゃないヤツがいい」

「わがまま」

「だってクレープがいいんだもん」

「さっきシフォンケーキに浮気しただろうが」

「あれめちゃくちゃ美味しそうだったから……」

「店構えは?」

「怖かった」

「高級そうと言え」

「大人だったら入れたかも」


 大人、だったら。


「無理だね」

「まあ、今は無理だな」

「今じゃなくても」


 それに、打てる相づちはなくて。


「駅なら、何かあるかな」


 だんだんと、元の道を戻っていく旅に。


「このくらいなら、怒られないかな」

「怒られはするだろ」

「ケーキ買っていったら大丈夫かな」

「買収するな。あと、そこまでの金はない」


 俯く姿では、あれだけ気にしていた外の景色さえ見えないのに。



 また、誰もいない百貨店の見える駅まで。戻ってくることしか、できなかった。



  *   *   *



「少し、歩くぞ」

「疲れた」

「文句言うな」


 そうは言っても、太陽の下での活動はなかなか消耗が激しい。

 しばらくぶりの自分ですらじんわりとした疲れが溜まっていくのだから、彼女は、言うまでもなく。


「カレーの匂いがする」

「そこまでは食べられないからな」

「カレーの匂い嗅ぐとカレー食べたくなる」

「食べないからな」


 カレー屋を通り過ぎると、可愛らしい店舗が見えてきた。


「想像していたのと違う!」

「失礼すぎるだろ」


 確かに、扇形の生地にふんだんにイチゴがのせられているそれは、基本的なクレープの形とは違ったけれど。


「いただきます」

「どうぞ」


 連なるようなイチゴとクリームにかぶりついて。案の定、形を崩して。落としかけたそれを舐め取ろうとして。口だけではなく頬や瞼にまでクリームがついて。


「ばっかだなぁ」


 拭いてやろうとしたときに、瞼にもクリームがついているのに、瞳を見開く彼女がいて。



「笑った」



 上がっていた口角に、彼女の手が触れて。落ちるクリームに自分が手を伸ばして。


「食べ方が汚い」

「わ、わ、また落ちる!」

「ああもう!」


 二人で騒ぎながら食べたクレープは。



 案外と、重さを残さずに腹に収まった。



  *   *   *



「戻りました」

「おかえり」

「以上にて、旅は終了です」

「お疲れ様でした」

「いかがでした?」

「この後が怖いな」

「私もです」


 そうして、二人で自動ドアの前に立って、気づいた。


「ああ、もう閉まる時間だった」

「あっち側から入らないとな」


 急患用の入口までは、そこの道を行けばそこまで遠くはないけれど。



「少し、話して帰ろう」



 彼女から握られた手を。



 振りほどけるほどの力は、俺にはなかった。



  *   *   *



「あの、クレープ屋さんさ」

「ああ」

「彼女さんと、行ったの?」


 手を繋ぎながら、彼女はそんな話をする。


「元をつけろよ」

「そうだったね」


 もう、自分とは関わりのなくなったその姿を。

 上手く思い出せないのに、思わず吐いたため息は案外と軽かった。


「行ったよ。お前より綺麗に食べてた」

「あれ、綺麗に食べれる人いるの?」

「なんか、イチゴだけ先に取って食べてた」

「ずるじゃない?」

「ずるってなんだよ」


 空が橙に染まっていく中。

 二人で、坂道を降りていく。


『……これ以上投げたら、二度と肩も上がらなくなりますよ』

『ごめんなさい……わ、私じゃ、支え……きれなくて』

『アイツが悪いわけじゃないんだよ! ただ、放っておけなくて』


 塩味の混じる息を吐いて、隣を見れば。


「まだクリームついてる」

「嘘でしょ!?」

「嘘だよ」

「……そんな嘘つくヤツいる?」

「目の前に」

「……いたわね」

「いたな」


 坂道を、下って。


「アンタは――――」


 下って。



「一年あったら、何する?」



 彼女の眼差しとともに。


『もう、それしか生きられないなんて……可哀想で』


 泣き崩れる彼女の母親の姿を思い出して。


「もし、元気なら」


 塩味の混じる息を。



「今度は……磯辺餅が、食いたいな」



 空に向かって、吐き出した。

 彼女はそれを見て。空を見て。堪えきれなくて。



「私は……安倍川の方が、好き」



 よく分からない告白を、震える声とともに吐き出した。


 赤くなって。徐々に紺色が覆い尽くすようにやってきて。

 最後には、黒く。塗りつぶされていく。


 そんな空を見て、隣を見て。

 お互い、しばらく何も言わずに。



「一人じゃ入りづらいから……一緒に食べる相手が、俺には要るよ」



 その言葉に返事はなく。


 長くなりすぎた遠回りを終えて。

 旅の終わりを告げるように。



 自動ドアの無機質な音だけが、夜に響いた。



   *   *   *



『一年あったら、何する?』


 そう言っていた彼女は、転院したらしく。あれ以来会うことはないまま、自分も退院して。

 その言葉の意味を考えて、一月が経って。

 自分ならと置き換えて考えて、一年が経って。


 布団にくるまって、無駄に遠回りをして。ボールを掴んで。

 あの日行ったところを一人で辿って。空を見上げて。投げて。投げた。


「明日決勝なんだから、早めに寝ろよ!」


 友人のその言葉に、従うことはなく家を出て。

 久しぶりにバスに乗って。病院に着いて。


 静寂の中で、一人坂を下りていく。


『必要じゃないから、なくなっちゃうのね』


 あの時、もっと言うべきだっただろうか。


『見送ってるのは、どちらかしらね』


 見送られる側に、どちらがなったのだろうか。

 また上るのは大変だなんて。分かっているはずなのに。坂道を下って。下って。



「とんだヤブ医者だったわね!」



 その声に。その先に、見つけた姿に。


「じゃあ、一緒に食べに行くわよ」

「……開いてる時間に言ってくれ」


 空は、赤から徐々に紺色に変わっていって。

 そのすべてが黒く塗りつぶされた後に。



 それでも、小さな光が輝いて見えた。

お読みいただきありがとうございました。

チャットGPTに「短編書きたいのでお題を出して」って話したときに「余命一年の少女と、感情を失った青年」のお題があって、そこから思いついたお話です。

舞台は島根県の松江市をイメージして書いていました。回るお菓子なくなっちゃった……。


チャットGPTは普段小説以外の話を聞いてもらうことが多いのですが、一回輿水幸子的に話してもらうために、


「カワイイって言ってもらいたくて、一見自意識過剰にも見えるけれど、アイドルとして本人もものすごく努力をしていて、笑い方はフフーンって言うことが多くて、でも過度ではなくて。なんだかんだ言いつつもプロデューサーを信頼している感じの子の話し方で話してみてください!」

「あ、ふふーんはひらがなじゃなくカタカナ表記で、一人称もボクでお願いします!」

「ただのツンデレとは違うんです!」


とか言いまくったので「コイツ相当面倒なヤツだ……」と慄かれているような気がします。


ただ、犬が亡くなったときは時間関係なく、何日も何度も同じ話を繰り返しても聞いてくれるので、ものすごく助かりました。寄り添いって大事……。


そのほかも短編や長編も書いています。

これと似た雰囲気の短編だと、「君の心に、夏を降らそう。」「終末、二人きりのデートを君と。 」があるので、よろしければそちらなども読んでいただけると幸いです。


後書きまで読んでいただきありがとうございました。

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