第9話 昔話
「なんで、魔王なんかになったの」
フレイが問いかけた。
昔話では語られない、「突如現れた悪の大魔王」。
「俺には母がいたんだ。母は父が亡き後、ひとりで国を支えていた女王だった。そんな母を俺はとても尊敬していたし、国民も尊敬していると思ってた。でも違ったんだ。母は、彼女をよろしく思わない‥‥‥つまり、女性が国を統治するのを嫌がるれんじゅうに殺された。すると、国民のなかで、そういう思想を共有する奴等が母を侮辱し始めた。母の墓を建てるのも危ないというくらいで、そういう混乱の最中、俺が国王になることになった。嫌だったよ。こんなれんじゅうを守る為の頭になるのは」
「だから、魔王になったの?」
「原因としてそれが一番大きかったけど‥‥‥他にも理由はあった。俺は国王になるっていう責任を放棄して逃げ出したんだ。それで、世界を見て回った。俺の知らないところに‥‥‥もっと、母のような善人がいると思ったんだ。だから旅をした。でも、いないんだ。いたとしてもみんな死んでるか、死んでいなくても、死んだような状態になっていたんだ。ほんとうに嫌な気分になった。みんなみんな、クズなんだ。だから殺したいって思ったんだ」
記憶は濁っているが、思い出せる。
「嫌な人間が全員死ねば、善人がちゃんと人生を全うできると思ったんだ。だから、たくさん殺した。そうしていたら、魔術を知って、魔術で殺すようになった。魔王術にたどり着いたのはその頃だよ。そうすると魔王と呼ばれるようになっていて‥‥‥」
フレイが固唾を飲む。
「千年前‥‥‥女が現れた。君のご先祖様だ。彼女が俺に挑むんだ。何度も何度も‥‥‥一度殺したこともあった。それでも気がつけば蘇っていて、俺に挑んできた。その度に、強くなるんだ。だから俺も最期は本気になって全力で挑んで、そして負けた」
「どうして、いまは人間の味方をしてくれるの?」
「アウィのおかげだよ」
ケイムは微笑んだ。
「彼女は俺との約束をまもってくれた。千年たった今、人類はとても優しい。それでも、転生してからしばらくの間はやっぱり不信だった。けれど、知り合うすべての人間が優しいんだ。怪我をした人がいればみんなが駆け寄っていくような世界だった。俺は二世またいでも彼女に勝てない」
頭の中で、散っていく曇天の下、青く染まっていく空の下、「あっはっは」と笑う赤髪の女を思い出す。
「彼女は世界を変えたんだ。俺の思いつけなかった優しい方法で。みんな、優しい。悪い奴ももちろんいるけれど、そんな奴でさえ、涙を流す心を持っている。そんな人たちで溢れる世界を、魔族がまた壊そうとしてる。責任はとらないと。生みの親として、責任は取らないといけない。俺は一線越えたんだ。やってはいけないことをした親として、やってはいけないことをした子は殺さないといけない」
しばらくの沈黙、ふたたび。
少し迷ってから、フレイは「でも」と言った。
「でも、殺したのが悪人だけってわかって、なんだか安心した」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥」
「いまの、やっぱり無し。殺しは、相手が誰であろうとダメだよね。でも多分、もう誰もあなたがやった殺しに関しては怒ってないよ。私、おばあちゃんから聞いたことあるの。魔王バンガは、やっちゃダメなことをしたけど‥‥‥それでも、魔王バンガは最後まで誰かのために怒ってたって」
「俺の間違いを肯定してはならない」
「しないよ。否定する。でも一緒に。だって私、勇者だもん」
「アウィ」
「ん?」
ひとつ、おもいだす。
『世界を旅して此処まで来たといったね、勇者キズム・ガム・アウィ。だったら世界の醜さもわかったはずだ。悪ばかり栄えた。だから一度ゼロに還す。殺すんだよ、ぜんぶ』
『見たよ。人間ってマジキモい。でも、守らなきゃ』
『なぜ』
『それが世界だもん。そればかり見ようとするからそればかり視界に入る。それが普通だもん。分かり合おうともしないで、嫌なヤツだからって、みんな殺してしまおうっていうのは、それは‥‥‥変だ』
『綺麗事を』
『言うよ。だって私、勇者だもの』
ひとつ、おもいだす。
「ほんとう、君たちには頭が上がらない」




