第18話 喪失
ケイムは死んだままである。
その意識は遠い遥か彼方の楽園へ。
そこはどうやら王国のストリート。
馬車が通り、空では荷物をぶら下げた竜がとんでいる。
「わっ、ははは‥‥‥荷物運び竜じゃん‥‥‥ひっさしぶりに見たな‥‥‥もう絶滅したんだっけな‥‥‥千年前だもんな‥‥‥」
王城が遠くのほうでそびえ立っている。
どうやらそこは父が生きていた時代。
その方に歩いてみる。‥‥‥歩いていた。気がつけば脚は速まっており、気がつけば走っていた。
額に汗が浮かんだ頃、王城二階バルコニーに母がいるのが見え、ケイムはあわてて「おおい! おおい! 母上!」と叫んでいた。両手を振っていた。
周囲の彼らは「なんだなんだ」と戸惑いながらケイムを見る。王子バンガとはまるで別人の彼が母上というので、不倫疑惑が浮上か。
王城の出入り口に向かうと、門番に止められるが、彼らを見るのも何年ぶりだったか。身長は二メートルを優に超え筋骨隆々の女性門番はいずれ女王の死後西部に帰り故郷で幼馴染と結婚し、子孫がザップルになる。レイン・ザップルの先祖。
そこに母が現れる。顔にシワもシミもなく、髪の毛もいたんでいなくてサラサラと風に揺れている。
「バンガ」
「えっ、この方が‥‥‥バンガ様ですか」
「変身魔術ですよ。ほら、バンガ、お入んなさい」
「なるほど変身魔術‥‥‥バンガ様、さすがです」
「バンガ様、さすがです」というのも久しぶりに聞いた。少し鼻の奥をツーンとさせながらケイムは記憶より小さな背中について歩く。
「転生したんですね、バンガ」
「えっ」
人目のつかない中庭にくると、そこには父もいた。
「あっ‥‥‥」
ケイムは足を止めた。
違和感つよいな、と思ったのだ。たしかに年齢的には十六歳はまだ子どもだけれど、たぶん今目の前にいる二人はまだ若く、となれば、「バンガ」がいたとして、一歳か二歳のほどだろう。
「‥‥‥‥‥‥」
「どうしたんだ、バンガ」
「‥‥‥おれ、ケイムです。ケイム・アガルシーです」
すると、ふたりは顔を見合わせて笑った。
「じゃあ、来い。ケイム」
「行ってはならないんです。ほんとうは‥‥‥俺は‥‥‥」
違和感。このふたりに、こんなにでかいガキはいない。
「ズルしてしまえ」
父が言った。
「いまの私は、アガルシーの息子です。私をうんでくださった両親は貧しいながらも私を愛情かけて育ててくれた良い人たちです。私は、あなた方の息子である証拠は出せずとも、二人の息子である証拠は出せます。これが、答えなんだと思います」
ケイムはうなだれてから、自分の言葉を押しつけるようにした。ここはあの世だ。自分の後悔の具現化に死者がつきあわされている。
「私は多くの罪を犯しました。罪人悪人をこの手で殺しました。この星の総人口の半分以上を殺して、魔術の衰退を引き起こしたくせに、千年後に生まれ変わった際には『魔術が衰退している』と厚い面の皮でほざきました」
ふたりは肩をすくめてから、噴水の縁に腰をおろす。
「私は考えを誤りました。憎いから‥‥‥悔しいから‥‥‥そういう事で、相手を知り共に行くのではなく、破壊することを選んでしまいました。私は、自分の手を血がつくのがいやになり、魔族をつくったんです。『仲間がほしかった』という名目をたててつくった生き物が、千年後にとんでもないやらかしをしています。私は死にたい。私はこの恥を捨てて、この自我を捨てて、記憶も何も保持していない新しい生き物になりたい。つまり‥‥‥逃げたい! 私は、すべての責任から逃げたい」
自分の口から溢れ出した、情けない本音。
「でも‥‥‥逃げるのは、全部のやらかしを終わらせてからです。逃げるのは、命の責任をとってからです。私のこの命というものは、数千年の時を超えて、誰かを守るために使いたいのです。魔族を滅ぼして、そのあとは‥‥‥」
「生きなさい」
「えっ」
母が言う。
「恥と罪を背負って、一生苦しんで、生きなさい」
「‥‥‥‥‥‥」
「あなたが背負わせた哀しみの責任をとりなさい。あなたを愛した人々を間違わせたまま逃げる事は、母として許しません」
「‥‥‥‥‥‥」
「お願い」
母が言う。
「生きろ」
父も言う。




