第1話 如彼
二〇八〇年、魔王が現れてから世界は変わった。
ショガノ王国では、魔王討伐隊が結成される。
勇敢な心を持ち、悪を挫く力を持った若者が戦士として駆り出された。
ケイム・アガルシーもそのうちのひとりだった。
ケイム・アガルシー。ショガノ王国の南部にある小さな村で生まれた彼は、農民の息子だった。
将来はきっと畑仕事を継ぐのだろう、と村人たちはみんなそろって家業の安堵をおぼえているところだった。
ケイムは魔王討伐隊に志願した。
二〇八〇年、七月の暮れのことだった。
アガルシーの家からヒステリックな女の声が響くので、駐在の警官がやってきて、その頃には、ほかの村人が父親を抑えつけていた。
玄関ポーチにケイムが倒れている。
頬を殴られたのだろう、胸ぐらをつかまれたのだろう。
ケイムはぼろぼろの姿になって、警官に起き上がらせてもらうと弱々しく「ありがとう」と言った。
ケイムの父スクイエ・アガルシーは息子を死地に行かせまいと必死だった。
スクイエは軍人だった。魔法質量兵器──半径百五十キロメートル圏内にいる生物の魔力回路を爆発させ、おおよそ七十パーセントの確率で死に至らせる兵器──により右脚を機械に置き換えた。
いまだにありもしない痛みや痒みが精神を蝕んでいる。
スクイエは父親だった。魔王は魔法質量兵器が自我を持ったような存在だと聞いた時、自分のありもしない肉の右脚が暴れるのを感じた。恐怖だ。死にたくないと考えた。埒外の恐怖心。
ケイムはスクイエの息子である以前に妻フルック・アガルシーの息子である。きっととても優しいのだろう。きっととても勇敢なのだろう。だから‥‥‥。
「とうさん、かあさん。俺、魔王討伐隊いくよ」
だから。
せめて、息子に足がなければよかったのに。
であるなら、家業なんか継げなくても窓辺で小鳥のさえずりを聞いて、本を読んで、ラジオを聞いて、きっと風にあおられた前髪の奥で青空のような瞳は笑ってくれた。
だから。
「まだ言うかァ‥‥‥貴様‥‥‥バッキャロォ‥‥‥」
「行くよ。とうさん。俺はね! 行くんだよ。何故かなんてわかんないよ、でもね! でも、俺は俺の心がやりたいと思ったことに従うんだ! 俺はみんなの笑顔を見ていたいんだ。俺はみんなのこと救いたいんだ。あんまり多くを語らないなんて、かっこいい真似俺には出来ないから‥‥‥全部言うよ。とうさん、かあさん。俺はね、行かなくちゃあ気がすまないんだ。それが全部だよ」
行かなくちゃ、気が済まなかった。
ケイムにとってはただそれだけのことだった。
こうなった息子は折れないことは、スクイエもフルックもわかっていた。わかっていたからこそ、きっと此処で息子を行かせたら最後になるだろうことはわかっていた。
けれど、行かせてしまった。
ケイムは魔王討伐隊の第四隊に配属された。
第四隊は前線のクルネイド島に出る部隊だったので、荷物をまとめて、船に乗った。




