異世界人の特殊能力 ②
特殊能力、と言われると困る。何を持って特殊というのかが解らないというのが正直な感想。
地球で特殊特殊と言われ続け、雫にとってみたらそれが当たり前だったのだ。例え場所が異世界に変わった所でそれが変わるわけもない。
「さぁ。知らない」
雫の言葉を真剣な面持ちでひたすら待っていたナーダに、あっさりと言い放つ。言われた瞬間言葉の意味を咀嚼しようと瞳を伏せるナーダに、雫は特に何も思っていない眼差しを向けた後、はぁ、と息を吐き出した。
「私も──…彗も、異世界で特殊だと言われ続けて育ったの。こうやって何でもかんでも見れば一回で全て覚えちゃってね。
だから私は頭を悩ませる、考えられる物作りや実験にのめり込んだんだけど。で、解らない理由は簡単。私は研究。彗はナンパか訓練しかやってないんだから、特殊能力が発動されてもわかるわけないと思うけど」
とりあえず日常生活を続けているだけ。もしかしたら常に発動され続けているのかもしれないが、それが当たり前になれば気付けるはずもない。
口を噤んで何かを考えるようなナーダに対し、正直面倒だとも思いながらも雫はその動きを止めた。何かに気付いた、というか違和感を感じたのだ。
「…そうか。特殊能力じゃなかったか」
ぽつり、と漏らされた声音は沈んでいて、明らかに落ち込んでいる。ここでフォローの言葉をいれる義理はまったくないのだが、自分との会話で落ち込んだ人を見捨てる程人でなしじゃないかなぁ、という曖昧な感想を抱きながら、雫はジィと違和感を探るようにナーダを見つめた。
瓶底眼鏡に阻まれながらもその視線に気付いたのか、ナーダは怪訝な表情を浮かべて雫を見上げる。
「何だ?」
「ちょっと待って……何だろう。違和感? 貴方の魔法って闇と氷…?」
この世界の魔法というものの種類は、それこそ山の数ほど存在する。細々とした属性に種類。それを把握出来る書物は今の所存在はしてないという事。
だから雫も知っているわけではないのだが、ナーダを取り巻く闇と氷の気配に思わず尋ねていたのだが、その瞬間ナーダは立ち上がり雫から距離を取っていた。
「ッ…何故」
道具や武器で自分では使えない魔法の属性も使えたりする状況で、ナーダは自分が闇を使えるという事だけは誰にも教えないでいた。
血縁者ですら知らないナーダの事実。
それを、雫は言い当てたのだ。
「何となく。映像が見えたっていうか…魔法が使えるようになったからかな? 見えるよ」
訓練の様子を眺めながら、雫が口元へと笑みを貼り付ける。それに背筋が寒くなりながらも、ナーダは眼を離す事が出来なかった。
口元へと浮かんだ笑みが、綺麗だったからだろうか。
ふと、そんな言葉が脳裏を過ぎる。
「ちょっとこっち来て」
距離を取ったナーダを言葉だけで呼び寄せるが、何故かそれに逆らう事は出来ずにナーダは雫の前へと立ち見下ろす。彗と同じ年には見えない小柄な雫。
「あぁ。違和感はこれだね。貴方を取り巻く闇と氷の他に、何かが身体から出たがってる」
眼鏡を散漫な動作で取った後、細部まで見逃さないようにじっくりと観察するような眼差しをナーダに向ける。すると、取り巻く闇と氷の他に、何かが内に留まっている事に気付いた。
「何か…というか、眼鏡…」
整い過ぎている顔立ち。身体の体型を隠すような衣装を身につけている所為か、パッと見はわからないがよく見ると分かる。均整のとれた体型。
この世界では珍しい黒の髪と瞳。ナーダが使う漆黒の闇もこうだったらいいと、その色彩に目を奪われる。
「…闇に走る閃光。うん。閃光だ。出ておいで」
だが、ナーダの戸惑いには気付かず雫はゆっくりと手を伸ばした後、肩辺りを撫でるように手を滑らせた。
「え…」
戸惑ったナーダの声が響いた。
「とりまくのが、一つ増えた」
雫の捕らえる世界で、ナーダの内から出た閃光が闇や氷と同じように取り巻くのを満足そうに眺める。
そんな雫につっ込んでいいのか、それとも内に宿る力が増えた事に驚けばいいのか。ナーダにしては珍しく平静さを失い驚愕の眼差しを向けた。
「一体…何を? 俺の魔法が増えた…」
身の内に宿る力を間違えるわけがない。
「推測だけど、貴方自身日々の訓練で魔法の種類が増えそうだったんじゃないかな」
「…大体は、二種類ぐらいの魔素だったんだがな」
「所詮大体でしょ。何事も例外はあるものよ」
あっさりと言ってのける雫に、ナーダはある種の確信を抱く。
「(特殊能力の一環…か)」
そう。一環。これが全てだとは思えず、他に何かがあるのだろうとは思ってしまえる。それが雫と話した感想であり、ナーダの想像の範囲を超えた天才というヤツだろうと実感する。
「…多分、貴方が殺す気でいったら、彗は貴方より弱いよ。彗は私と同種だけど、私よりは弱い。そして、貴方が闇の力を使いこなせるなら、彗は貴方には勝てなくなる。彗が天才といっても、貴方も同じ天才だから」
「──ッ!?」
今度こそ、絶句した。
言葉を失い、雫を凝視してしまう。
ナーダの劣等感に気付いていたのか。それともこの短時間で見破られてしまったのか。わからないが、不快ではなかった。
「俺の劣等感によく気付いたな」
それでも、どうして見破られたのか聞いてみたくて、思わずそんな言葉が口から出ていた。
「何となく。普段はこんなお節介面倒だし研究の時間が減るから絶対やらないんだけど。彗の女性問題で迷惑かけてる一人だから」
だから、珍しくお節介をした。と言外に言い切る雫に、ナーダの胸が痛みを訴える。やはり従姉弟は特別なのかと、別の意味で思考に翳りを帯びさせた。
「それ…不快な勘違い。彗のお姉さんは好きなの。そのお姉さんから、自分がいない時はお願いって頼まれただけ」
つまり、今は自分が彗の保護者役になっていると、整った顔立ちを顰めて言葉を吐き捨てる。背後にはオドロオドロしたものを背負ってそうだったが、ナーダの心は理由もわからずに一気に軽くなった。
思考を読まれていたのだが、今はそれも気にならない。
「まぁ…いい。俺はナーダ。困った時は俺を頼ればいい」
今回の礼だ、と連絡用のカードを雫へと手渡す。
「俺の生まれ故郷ではここでは手に入らない珍しい鉱石があってな。俺なら、許可を取らずに案内出来て尚且つ採取も可能だ」
礼なんていらない、と突っ返される事は予想内。それに先手を打って、ナーダは自分の生まれを存分に活かす事にした。予想通り、カードを受け取る前に突っ返そうと手の平を向けていた雫は下を向き、カードを手に取りそれに視線を落としている。
「鉱石…」
「あぁ。媒体に出来る鉱石だ。ちょっと特殊でな──が、アンタなら面白い結果が得られるかもな」
「ふぅん。わかった。今は持ってないから今度会った時渡すから」
連絡用のカードをナーダとは違って持ち歩いてはいないのだろう。外部と接触しない雫にとっては本来なら不要かもしれないカード。だが、それを渡すと宣言した後、もう一度ナーダを見上げる。
「私は天宮雫。さんとか、敬称はいらないから。私も呼び捨てにするし」
「あぁ。俺も苦手だ。助かるよ」
ある意味次回の約束を取り付け、ナーダは無意識に口元へと笑みを貼り付けていた。このカードは一方通行では意味がない。相手と交換しなければ連絡の取り様はないのだ。
「…そういえば、カード専用のホルダーがあるのは知っているか?」
交換すればした分だけ枚数が増えるカードには、やはり専用のホルダーがあるのだ。出なければ連絡をしたり来たりする度に山ほどのカードの中から探さなければならない。
「知らない」
「そうか。雫さえ良ければ、俺が暇な時に案内するがどうする?」
「……じゃ、お願いする」
「あぁ」
思案するように視線をさ迷わせた後頷く雫に、言葉の選びは間違っていなかったと、心底安堵しながら表情全体で笑みを形作った。




