4話・異世界人の特殊能力 ①
彗が魔法を使えるらしいと知ったのは、雫が彗の右腕の火傷に気付いた時だった。
「魔法使えるんだ」
小さな声で、ぽつり、と言われた言葉に、彗は動揺を押し込め何事もなかったかのように頷いてみせる。
それが久しぶりの言葉のキャッチボールで、言葉を言い捨てられたわけじゃない雫からの疑問に、打ち震えそうになる喜びを噛み締めながら右手に炎を宿らせた。
「ほら。これだろ?」
この程度の炎を宿すだけなら、詠唱は必要ない。
「へぇ。意外」
素っ気無く言われた言葉の意味を考えると、へこみそうになるからそれは考えず、彗は左手に風を宿らせる。
「騎士団は大体二種類ぐらいの魔素を使える…か。俺は規格外みたいだけど…多分雫もだろ? まだ、魔法使ってないのか??」
真っ先に魔法に興味を持ちそうな雫が、未だに使った事がない方が意外だったが、それを言った瞬間会話が終了するのはわかりきっている。
会話終了という地雷を踏まないように、なるべく雫の言葉を聞けるように、彗は自身の脳をこれ以上ない程活動させ、言葉を選んでいく。
「珍しい素材が多くて。研究を優先してた」
相変わらず素っ気無かったが、雫らしい言葉に彗の表情も和らぐ。
「でも、この星の魔素を生命エネルギーに変換する道具を作りたいから、そろそろ覚えるけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
雫の口からさも当然とばかりに紡がれた言葉に、一瞬、彗の脳の活動が完全に停止した。
活動を開始した後も内容を理解したくはないが、問い詰めたい言葉だっただけに、息を吐き出しながらなんとか気持ちを落ち着かせる。
「それって……イメージとしてはどんなの?」
震えそうになる所か、泣きたくなるような声音をいつも通りに聞こえるように調整しながら、いつも通りの笑みを浮かべて言葉を紡いでみる。が、雫はその違和感に気付き、静かに溜息を落とした。
「そんなに感激しなくてもいいのに。イメージとしては、彗が一人でこの星一周旅行に出掛けても問題ないようにする道具――かな。まぁ、私も面倒が減って嬉しいけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
社交辞令や、彗が嫌がってるからそんな事を言ってみた。なんて可愛い理由ではなく、本当に心底そう思っている事がわかってしまう雫の言葉に、今度こそ彗は撃沈したくなった。だが、と、落ち込みすぎて活動そのものが困難になった精神を奮い起こし、どうしても聞きたい事を聞くために言葉を紡ぐ。
「誰、発案?」
これが雫だったら、まだ大丈夫。
一縷の望みをかけた言葉だったが、そんな事など察する必要のない雫は、容赦なく彗が一番欲しくない言葉を音にのせる。
「所長。あ、そろそろ休憩終わるから」
しっかりとトドメをさす事は忘れずに。
颯爽と立ち去る幼馴染を前に、ただ、彗は立ち尽くす事しか出来なかった。
容赦なく彗を置き去りにした後、勤務という名の自由な時間を楽しむ。研究所は、個々の研究が盛んで、遊ぼうが何をしようが、最終的に結果さえ出せば全てが許される。
守るべき規律などは騎士団とは違い、大雑把。
そんな自由な立場を利用し、雫は訓練の様子を眺めていた。ただ単に魔法が構築される様を見ているだけなのが、本人が考えている以上に集中していたらしい。
右耳が音を拾った所で漸く気配に気づいた。
「(……確か、彗の同僚)」
騎士団の演習で見た顔。
朱色の色彩を持つ彼は目立つらしく、確か侍女たちが騒いでいたね――などと他人事のように考えた。
「初めまして、か」
すると、雫の無反応に気づいたのか、彗の同僚――ナーダが立っている雫へと微かな笑みを向けた。
瞳を少しだけ細め、唇の端を僅かばかり上へと持ち上げた程度の笑み。
「そうですね」
だが、城では有名人でもまったく興味の対象にはなり得ないナーダに、雫の態度は素っ気無いものだった。
「彗はあんななのに、従姉弟殿は素っ気無いんだな」
何処か関心したように呟かれる言葉に、侵害だとばかりに視線を向けると、
「アレは、病気です。病気ですが、彗の家系だと残念な事に、珍しいわけじゃない」
「彗の家系って…従姉弟の…」
「彗の父親の家系です」
「あぁ。つまり父親の家系がたらしの血筋だと」
雫の言いたい事が分かったのか、ナーダの納得した言葉が雫の耳に届くが、その声音を聞いていると実際はそこまで興味が無いのだろうと思う。
「魔法に興味があるのか?」
熱心に訓練を眺める雫に、同じく訓練を眺めていたナーダの声が届く。
「興味はありますね」
面倒そうに、だが聞かれた事には答える雫に、ナーダは内心笑みをかみ殺す。
彗もある意味律儀だったが、彗の従姉弟である雫も律儀らしい。彗とはまったく似ていない雫を眺めながら、ナーダは次の言葉を探した。
雫自身がナーダに興味を示さないから、次の言葉に迷うのだ。こんな対応をされたのが始めてでそれさえ興味の対象になるのだが、今は観察よりもどうやったら会話が続けられるかに重点を置く。
ナーダのそんな考えを知ってか知らずか、雫はナーダに視線を向けると、
「興味はありますが、もう覚えました」
一言。
予想さえしなかった言葉をあっさりと紡ぐ。
「覚えた??」
騎士団の中でもその実力は上位のナーダであっても、魔法を使いこなせるようになるのにはそれなりの時間を要した。
「あぁ…異世界人の特殊能力・・・・・か。そういえば彗もあっという間に使いこなしてたな」
そう。
ただ、見ていただけで魔法を使いこなした存在を、ナーダは知っている。
それが異世界人の特殊能力だと、内心は複雑な感情を抱えながら、ナーダは見ていたのだ。
だが、ナーダのその言葉に雫はこてん、と首を傾げる。
雫の不思議そうな表情に気づいたナーダも、首を傾げそうになりながら雫を見つめた。
「(まさか…)」
雫の不思議そうな表情に、ナーダの額からは汗が流れ落ちる。
まさか、と思う。
今までの異世界人の大体は、使った事も無い魔法をこの星でも上位な腕前で使いこなせるようになる、というものだったからだ。
だから、彗が見ていただけで魔法を扱えるようになったのも、それだと勝手に納得していたのだが、雫の反応を見てありえない事がナーダの脳裏を過ぎる。
だが、やはり雫はあっさりと、さも当然とばかりに淡々とした口調で言葉を紡ぐ。
「特殊能力じゃないですよ。多分、彗も」
彗に対して確証はなくても、確信したかのような声音。
「彗も、見て覚えるのは得意でしたから」
それはつまり、2人の間では格段珍しいものではないという事。
「それじゃあ……お前たちの特殊能力って……なんだ??」
風が2人の間を通り過ぎながら頬を撫でていく。
だが、今のナーダに風を感じる余裕はなく、乾いた唇をかみ締めるように雫の唇が動き出すのをおとなしく待っていた。
②に続きます。




