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3話・騎士団と研究所



 騎士団と研究所。

 まったく関係のない部署に思えるが、この国では合同練習が存在する程親しい間柄。

 合同練習といっても、騎士団の演習を研究所職員が椅子に座って見るという内容だったが、月に一回行われるという恒例行事になっている。




「所長、ここでいいですか?」


 そんな中、自身の研究の手を止めている雫の機嫌は最悪的で、分厚い眼鏡で表情を伺う事は出来ないものの、にじみ出る威圧感で全てを表していた。だが、所長と呼ばれた男は気にした素振り一つ見せずに頷く。


「大丈夫ですよ。雫さん」


「まったく……騎士団の演習を見て、騎士団用の道具を作れって無茶ですよね。どうせならリクエストをして下さい。要望を出してください。と思うのは私だけでしょうか?」


「そういう案もあるねぇ」


「……はぁ」


 取り合う気のない所長に、雫の口からはため息が漏れる。

 本当なら今日は新商品を煮詰めたかったのだが、こういう事態になったからには無理だろう。仕方ないと気分を切り替え、雫は騎士団の演習を目を細めながら眺めた。


「雫君って視力悪かったっけ?」


 瓶底眼鏡の奥に隠されている雫の眼差しに気づいた所長が、何気なく問いかけてくる。


「私も人の事は言えませんが、所長も大概変わった人ですね」


 これは、よく瞳の動きがわかりましたね、という感心を込めての言葉。


「両方2.0です。所長、アイディアが浮かんだら打ち上げて、許可をもらったら戻っていいんですよね?」


 騎士団の演習を見ていても楽しみなんて何もない。刺激を受ける事もなく、分野が違うと割り切る雫の頭を、所長はその大きな手でゆっくりと撫でる。

 雫が黙っていると、そのまま感触を楽しむように指先に雫の髪を絡め、毛先まで指を通す。


「所長…ほどかないで下さい」


 指先で雫の艶やかな黒髪を弄ぶ為に緩く縛ってあったゴムを取り、ほどけた後はその感触を存分に楽しむ。


「いいじゃないですか。楽しいですしねぇ」


 相変わらず顔を半分以上覆い隠す長い髪と髭によってその表情はわからないが、かもし出す雰囲気は言葉通り楽しそうで、雫は諦めたように椅子に腰をおろした。

 許可がおりたと判断したのか、その後は三つ編みをしてみたり上で結ってみたりと雫の髪を堪能する所長に、雫は所長に見せるように本日何度目かになるため息をついてみせた。

 

「暑い日じゃなくて良かったです」


 でなければきっと、所長とはいえその手を叩き落す程度はやっていただろう。


「その時は魔法で涼しくするから大丈夫ですよ」


 何処となく弾む声に雫は縛ってあった毛先を持ち、所長から距離をとる。


「所長。さっさとアイディア見つけて戻りましょう。遊んでないで下さい。後魔法にも興味があります。使えるなら教えて下さい」


 雫は頭一つ分以上高い所長を見上げながら言い切ると、後は興味がないとばかりに騎士団の方に集中し始めた。

 とりあえず、背中で邪魔するなと語る事は忘れない。


「魔法は後で教えてあげますよ。君の従姉弟殿が見てますね?」


 クス、と、後ろから笑みが漏れた音が聞こえた。


「所長は彗が嫌いですか?」


「気になりますか?」


 雫の問いに、間髪いれずに言葉を返す所長。問いの答えではなかったが、雫はあえて言及はしなかった。

 本音でいえば面倒だったりする。


「所長。防壁を張れる腕輪でも作りましょう。自動で。つけてる人いないですよね? 結構使えるんじゃないですか」


 彗の位置を横目で確認しながら、そろそろ生命維持が必要かな、なんて呟くと、後ろから眼鏡チェーンを引っ張られる感触に眉を顰めた。


「雫さんは、従姉弟殿の生命維持の簡略化する道具でも作りましょうか?

 腕輪は魔法を覚えた後の方がいいと思いますよ。じゃ、帰りましょうか」


「・・・・・」


 雫の手を取り、リードするように階段を上がっていく。


「早く帰りたかった私が言うのもなんですけど、これで良いんですか?」


 数人を除いて、雫と所長が帰る事に気づいたのはいない。研究所職員は数十人いて、その中の2人が席を立った所で気づくわけがなかった。



 が当然、気づく存在は気づくわけで。



「彗ー。余所見ばーっかしない方がいいよ」


 そういって剣を左右へと素早く動かし、彗へと衝撃波を叩き込む。


「うっせーって…これ好きだよな」


 衝撃波全てを相殺すると、背後から回り込んだ人物の一撃をもう一つの剣で受け止め、一瞬にして身体を反転させて真正面で迎え打つ。


「女癖が悪くて口が軽くなければいい男なのにな」


 残念そうに言われ、ピクリと彗の眉間に皺が寄る。

 騎士団に所属してから何かと一緒にいる2人だが、こうして言葉に遠慮がない所は正直どうにかしてほしいと、冗談半分で何度か言った事がある。軽く流されたが。


「ナーダも毒舌じゃなきゃもっと人気あるだろ。んでルアルもそればっか飽きるっつーの」


 騎士団のトップクラスの2人をあしらうと、彗は両手に持った二振りの剣を構えた。次の瞬間、二振りの剣を素早く動かし無数の残戟を2人に降らせる。これで降参してくれるなら簡単だが、彗もこの2人を相手にこれで済むとは思っていない。

 次の手を行動に移す為に、左手に持っていた剣を鞘へと収めると、もう一振りの剣を左手に持ちもう一度構えの態勢をとる。


「そういえばさぁ、あの所長。今まで女性を寄せ付けなかったんだよね~」


「何?」


 無邪気に言われたルアルの言葉に、彗の動きが鈍る。


「そうだな。あぁ見えて美形だったな」


 ナーダの援護射撃に、彗は動揺を表に出してしまう。そんな隙を2人が見逃すはずがなかったが、持ち前の反射神経でそれを凌ぐと、彗は二振りの剣を鞘へと収め魔法の準備に取り掛かる。


「動揺し過ぎて剣が握れない──か。面白いな。女の敵のくせに」


 その態度がほんの少し、ナーダの好奇心に火をつけるなんて思ってもいない彗は、指を指しながら叫んでいた。


「修羅場は一度もない!」


「ナーダの言葉はそういう意味じゃないと思うよぉ?」


 ルアルの突っ込みに、いつものようにうるせーと叫んだ彗の声が響き渡る。



「天宮雫…か」


 興味深げに呟かれたナーダの言葉は、彗の叫びにかき消されるように誰にも聞かれず、空気に溶けた。






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