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2話・隔日の日課



 異世界に来てから早一ヶ月。雫たちも今の仕事にも随分慣れた気がしていた。

 そして、100人きり達成間近の雫の従姉弟である彗は先日、ついに達成したらしい。ここにきてからの記録は15人という噂が流れていた。


 日替わりではないものの、二日毎に女性がふられるという事態の一番の被害者は雫といえるのかもしれない。どうやらここでは地球にいた時よりも、彗と雫は一心同体?だと女性たちからは思われているらしく、逐一女性たちから報告が入るのだ。八つ当たり込みで。

 その都度雫は手を止め、ノートを閉じ、研究所の外へと出る。

 大切な大切な大切な研究所の中身。狂乱状態の女性に壊されたらたまったもんじゃないとばかりに。



「はいはい、泣き止んで。ね? 折角の美人さんが台無しだよ」


 身内直伝の台詞。この時は眼鏡を外した方がいいと言われ、雫はとりあえず言われた通りに行動していた。本当に静かに煩わしくなく話しがスムーズに進むのだ。使わない手はない。


「どれだけ泣いたの? あんな男の為に貴方みたいな可愛らしい人が泣くなんて勿体無い」


 白衣のポケットに入れてある小さな瓶を取り出し、コルクを開ける。その瞬間、辺りを包み込む芳香。


「これ……落ち着く・・・・・良い香りね」


 取り乱す女性はその場へと座り込み、雫が開けた瓶を見つめていた。


「今日はこれをお風呂に一滴垂らして入ってね。アロマポットはもう買った?」


 首を振る女性に、雫はそう、と頷くと、再び白衣のポケットに手を突っ込むと、球体を掴んで女性へと手渡す。


「これはサンプルだけと、商品と同じ様に使えるから使ってみてね。寝る前にそれに瓶の中身を数滴垂らしてね。そうしたらきっと、落ち着いて眠れるからね」


 女性にアロマポット入りの魔道具を握らせると、そのまま優しく門まで送っていきその背中を見送った。

 二日前にもまったく同じ行動をしたような気がするが、気のせいではないだろう。


「ねぇ、所長。そろそろアロマポット以外の賄賂も用意した方がいいかな?」


 音も気配もなく雫の後に立っていた研究所の所長に、ちょっとした相談を仕掛けてみる。ボサボサの髪に伸びた髭から人相や年はまったくわからないが、声からしてそこまで年寄りではない事もわかる所長の事を、雫は結構気に入っていた。

 だからこその相談。


「そうだねぇ。次は雫君が言ってたオーデコロンってヤツでいいんじゃないかねぇ。

 部屋で楽しんだ後は、やっぱ外出先でも良い香りはさせてたいんじゃない?」


「そうですね。小さなスプレー式の瓶でも作って持ち歩きます。さて、時間もないし煮詰めないと」


 定期的に彗にふられた女性に渡すものを変えて宣伝している辺りが雫たる所以である。今や口コミで広がったアロマポットは様々な国から注文が相次ぎ、開発者の雫の懐には相当の金銭が舞い込んできている。

 だが、これは地球とかわらない行動の一つでもある。研究が大好きで発明が大好きな雫の資金は、主に小遣いとお年玉。小さな事からコツコツと。始めは小銭を稼ぎつつそれを段々と大きなものへと変えていく。

 地球では特許を取ったものもあるのだが、この世界では一からやり直し。それはそれで楽しいと思うが、流石に雫専用の研究所がなければここまでスムーズにはいかなかっただろう。

 その点では、異世界の入り口にいた男に感謝の心は持っておく。


「そういえば騎士団の給料日は今日だねぇ。君の従姉弟殿は何を買うのかな?」


 突然ふられた話しに、雫は興味なさそうに考え事の片手間で答えておく。


「さぁ。家賃を払うんじゃないですか。後は食費とかその他全般生活費」


「…君も大概現実的だよねぇ。面白いけど。異世界人は保障されてるのに、払う気でいるの?」


 所長の言葉に雫はあっさりと頷いた。

 衣食住がタダという話しは始めの時点で聞いたが、聞いた瞬間ありえないと思った事の一つでもある。

 天宮家の家訓として、働かざるもの食うべからずというものがある。当然、収入があるなら自分の面倒ぐらいは自分でみろ、という無言ではなく有言のプレッシャー付きで、幼い頃から叩き込まれているのだ。天宮家でそれがまかり通るのは、それぞれが稼ぐ術を身につけられるからだろうとは思っているが。


「君、異世界で小遣いを貰う家庭に住んでたんでしょ? なんでそんなにしっかりしてるのか聞いてもいい?」


 興味本位というのはわかったけれど、隠す事でもないのであっさりと答えを口にした。


「小遣いは労働です。働きによって貰える額が決まるんです。バイトが出来ない学校でしたしね」


 別の意味でバイト以上の事はしていたのだが、あえてそれを言う必要はないだろう。


「へぇ。そりゃまたしっかりした家だね。うちとちょっと似てるかもねぇ」


「(…笑った)」


 髭とボサボサの髪で判別は難しいけれど、微かに見える瞳が優しげに細められた。笑えるんだと感心しながら、雫は研究所に戻りましょうと所長を連れて建物の中へと入っていく。





 その光景をタイミング悪く見てしまった人影が幾つか。

 殆どはまったく気にしていなかったのだが、その内の一人、雫の従姉弟である彗は無言のまま持っていた飲み物を地面へと落としてしまう。


「仲……良すぎじゃないか? あれ…」

 地球では雫に近付く存在はいなかったから安心していたが、異世界では勝手が違う事に漸く気づいた彗。

「仲良過ぎってそりゃー研究員同士だよ? 仲は良いだろー」

 彗の隣を歩いていた小柄な少年が、呆れた声音で言葉を放つ。今の彗にとってそれは抉る様に突き刺さり、思わず反論してしまいそうになった瞬間別の声がソレを遮った。

「16人目の彼女が出来た分際で、お前は何を言ってるんだ?」

 小柄な少年以上に呆れ──というよりは諦めを含んだ声音に、彗の肩が落ちた。流石に的を当てすぎている発言。騎士団の誰もが知っている事実だが、周りの認識と本人の認識は修復出来ない程のズレが存在している。


「付き合うって言ったって、プラトニックだぜ? その辺りでお茶をするような感覚だろ」


 

 幼い頃からもてにもてまくった彗の認識は、これだった。




「ぅわ~。すごいね。ホントに本命がいる態度かわからなくなるよねー」

「プラトニックだけとも思えないがな。まぁ、本命に相手にされていない状態で欲求不満なんだろ」





「・・・・・おいおい。なんつー発言かましてんだ?」


 だが、内容までは突っ込まない。


「心当たりはあるんだな」


 尚更呆れられた様子に、彗はほっとけとばかりにソッポを向くと、落とした飲み物を拾い上げ、2人に背を向けたかと思うとさっさと歩き始めた。


「都合が悪い話しなんだねー」


「まぁ、そうだろうな」


 彗の後ろの方で2人が何かを言っているが、彗は気にせずに歩き続ける。




「そういえば最近……生命維持の回数が減ったよなぁ」


 始めは一日一回。数日後には三日に一回になり、その数日後には一週間に一回になった。

 宮廷魔導師の見解としては、生命維持が必要でなくなる日はこない、という事らしいが・・・・・


「辛いけど、少ないのも悲しいよなぁ」


 なんて、後ろを歩く2人には突っ込まれそうだが、本気でそんな事を呟いていた。





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