1話・異世界の入り口
私のもっとうは“地味”。
目立たず騒がれず、影に咲く小さな花のように、気づかれずに通り過ぎられていくだけ。
あぁ。なんて嬉しい生活。
家族が言うには、うちの家系は思春期にはこの状態に突入するらしい。
騒がれる事を嫌い、自分の好きな事だけをやって充実させる毎日。
私は末っ子で、家族では私が最後の引きこもり者。
既に対応には慣れていて、家が憩いの場になるのは嬉しい限り。
わかってるから煩わしい事なんて言われないし。
友達を作りなさい。遊びなさい。勉強しなさい、なんて言われない。
勉強しなさい、はないけれど。
天宮の家系は頭が良い天才肌が多い。
それは私も例外ではなく、教科書は一回目を通せば内容なんて覚えちゃう。
退屈だった。
だから、興味の惹かれるものが出来た瞬間、のめり込んだ。
が、それ以上に青天霹靂な事が私の身に降りかかったのだ。
異世界への迷い込み。
それに対しては、私の従姉弟が大きく関係しているといえるだろう。
「しーずく。雫ちゃん。一緒に帰ればいいじゃん?」
後ろから煩い声が聞こえ、私は遠慮なく無視した。
声の主は従姉弟の天宮彗のもの。
「今日は予定が入っているはずでしょ? 面倒だから話しかけないで」
心底呆れたように。
これはヤキモチからではなく、心底面倒くさいから。
彗と付き合った女の子の10人20人捌けないわけじゃないけど、それをやる分私の研究の時間が減らされる。
日替わりで女の子と付き合っては別れて、それらが全てこっちにくる。ただ従姉弟で同じ学年学校というだけでどうして時間を無駄にさせられるのか。
チビ。
ブス。
私が言われる定番のセリフだけど、これしか言う事がないのかと呆れるしか出来ない。どうせなら、ネタになるような頭脳プレーにお目にかかりたいけれど、残念ながら彗関連の嫌がらせで関心させたれた事など、ただの一度もない。
「今新しい議題に取り組んでいて彗と話す時間が勿体無い」
一息で言い切る。
だけど彗は気にせず、私の隣を陣取ると口笛を吹き始めた。
「(あぁぁぁぁ。音程が乱れてる)」
聞いていて苛々するが、態々それを口に出すのも面倒。
「(あ。そうだ。今日は楽しい事があった。凍夜兄さんの手料理。この間食べた時また腕があがってたんだよね。同じ遺伝だけど、料理だけは凍夜兄さんに勝てる気はしないんだよねぇ。
そうそう。月子姉さんにレース編みを教えなきゃ。学校で見本品と簡単な説明書を作成したけど、わかるかな)」
彗の事は既に眼中外。
私の頭の中は家族の事でいっぱいになっていた。
そう。今日は珍しく家族が揃う日。この日ばかりは研究所から出て、居間でお茶でも楽しもうと笑みが漏れる。
「あのさー、雫」
「まだ居たの?」
忘れてた。
もう帰ったと思ってたのにまだ居たんだ。
吃驚。
「いや、居たけどさ。ホント雫ってさー」
何処か困ったような。
いつも軽薄な笑みしか見てないからその表情にも驚いたけど…お金に困ったら写真でも撮って売るかな。お金になりそう。
「何考えた?? 不吉な事考えなかったか??」
突如自分の身体を抱きしめるように、彗が過敏に反応する。
感の良い所はやっぱり従姉弟っていう感じ。
「別に。それより何?」
「あ…あぁ。雫って相変わらず…」
それは、最後まで言葉にはならなかった。
迷い人よ。
なんて良くわけのわからない声が響いたかと思うと、突如発生した渦に呑み込まれたのだ。
そして気がつけば、辺りには何もない真っ白な空間。一緒に呑み込まれたはずの彗の姿はない。
「誰?」
けれど、私の目を誤魔化せるはずがない。
私の前にある、何かの気配。
「姿を現さないなら遠慮なくブチノメス」
分厚い眼鏡が怪しく光る。
「物騒な。管理人の俺をぶちのめすなんて、狂暴なガキだな」
「管理人? 職業? あぁ、物語のような格好。で、ここは地球?」
状況確認は迅速に。
現実逃避をした分だけ私の楽しみと研究が遠ざかる。
「冷静な…もう一人の奴とは随分違うな。睨むな睨むな。ここは落とし穴と呼ばれる時空の穴だ。召喚された奴や人生に迷い過ぎてる奴がよく落ちてくるけど……アンタは巻き込まれたんだな」
「100人切り達成間近の彗も悩む事があるんだ」
「100人切りって……まぁ、なんだ。男は一途な奴もいる。じゃなくて、アンタは巻き込まれただけだが、地球って星から存在を切り離されちまった。で、当然帰れない。今はな」
意味ありげに言葉を積み重ねる男との会話も、面倒。
さっさと終わらせたいよね。
「家族にメッセージは出来る? 行った先での衣食住は? 後私の荷物や研究所に出入りしたいんだけど、持ってこれる?」
これぐらいかな。聞きたい事は。
「後、行った先で帰る方法は見つかるの?」
うん。地球に帰れるか聞かないとね。
「・・・・・・・・・・・・・・・・法則さえ見つければ帰れるだろ。なんていうか図太いな」
男の心の奥底から搾り出すような声。
「そういえば、お母さんが話してくれたっけ。異世界に行った事があるって。異世界に行く前に男の人にあれこれ頼んだら叶えてくれて、異世界で勇者やって魔王と仲良くなって、異世界ツアーの次元移動魔法陣を入手して帰ってきたって言ってたけど、小説のネタじゃなかったんだ」
面白かったから、いつ小説になるんだろうって思ってたんだけど、実話だったかな。
「それ……」
すると、男の顔が蒼白へと変わる。
「静音っていうんだよ。お母さんの名前」
「あぁ。静音か。そうか。子供か……わかった。メッセージは届けてやる。後これを持っていけ。異空間に研究所の中身を移動させておいてやる。それは、入り口の鍵だ。衣食住については大丈夫だろ。繋がった先が、異世界人にとっては良い場所に当たる」
「随分面倒見が良くなるね」
ちょっと呆れてしまう。
「静音は、ここまでだったらまだ来れるはずだ。そう、来れてしまうんだ。あの静音が」
「でも、私はここから帰れないんでしょ?」
「…あぁ。異世界で切られた存在が修復されるまで、方法を見つけても帰れない」
「あ、っそう。これ、ありがとね」
予想通りの答えに、私はあっさりと会話を打ち切ろうとした。
「静音は元気か? お前はそっくりなんだな」
感傷っぽい雰囲気が漂ってるけど、これを貰った後で無視するなんて非道な真似は、流石の私でも出来ない。
「元気だよ。お父さんと結婚して、子供は三人。皆元気に過ごしてる。あ、これ写真ね」
お姉ちゃんの手作りのパスケースサイズの鎖のついたロケットもどき。そこに家族写真と貰ったお守りが入ってる。
お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん。全員お守りをくれたんだけど、それように作ったんだなっていうのがわかる、ぴったりサイズ。
「美人だな…ん? 美人…?」
男がジッと私を見る。
そっか。お母さんも思春期シーズンは瓶底眼鏡だったんだ。
しょうがないから眼鏡を取り、男を見上げた。
「瓶底は家族皆つけてきたよ。それは似てるけど、顔はそれぞれ個性的で似てないかもね。昔は身長155cm程。私ぐらいね。現在は176cmのモデル体型って言われてる」
うちの家系、女は伸びるのが遅いんだよね。
お姉ちゃんも高校卒業してから伸びたし。
お父さんの遺伝子が強かったのか、178cmでお母さんを越したっけ。
「そんなに伸びるのか?」
あえて瓶底眼鏡の理由には触れない男。
「うん。お父さんが190cmぐらいあったから、それに釣り合いたいって思ったら伸びたんだって」
「……無茶苦茶な遺伝子だな」
「よく言われる」
アマミヤ家の中でも、特に私の家は特別みたい。
父も母も天宮性で、特別な2人が一緒になったら、特別が倍増されていたとか何とか言ってたような気がする。おじさんが。
「じゃ、お母さんにメッセージお願いね。会った事があるなら説明も楽でしょ」
「あぁ…」
眼鏡をかけなおし、私は異世界への入り口に身を投じた。
衣食住の不安はないらしい。
研究所も出入り可能。
方法さえ見つければ帰れる。
そして、家族にもあんまり心配はかけない。
じゃ、ちゃっちゃと行って、帰る法則見つけちゃおう。
この時の私は彗の存在をすっかりと忘れていた。
ま~。忘れてても同じ場所にたどり着いたから、全然問題なかったんだけどね。




