第15話:驕りと『時迷い』
操の悲痛な声が富士の樹海に木霊する。
「我妻君っ!」
怒りに任せて走り出そうとする所を、
黒鉄に肩を掴まれ止められる。
「同じことを繰り返すつもりなの!?
ちゃんと冷静になりなさい!」
「でも!我妻君が!」
パァン。
乾いた破裂音。
それは、頬が叩かれる音。
ジンジンと痛みが広がる。
「いい加減になさい!
あなたは思い上がり過ぎよ!」
黒鉄は操の頬を叩いた後、
セントスピリットに向き直る。
「操ちゃんはそこで見てなさい。あなたが招いた事態を。」
向き直った先には、意識を失ったまま動かない我妻。
「雫ちゃん!陽ちゃんの近くで固有魔法を使って!」
雫はすぐに駆けて、
セントスピリットの噛みつく攻撃を躱しながら進む。
「『時迷い』。」
そう彼女が言うと、
1体のセントスピリットの動きが止まる。
我妻はどうなっているのだろう。
黒鉄はリロードを済ませて、
雫が射線上にならないように回り込む。
「Fバレット……、バースト!」
黒鉄がそう言って放った弾丸は3発ずつ、
セントスピリットへ向かっていく。
雫の方のセントリピリットへの弾丸は止まったままだが、
もう1匹は大きな炎に飲まれ、動かなくなった。
「雫ちゃん、弾と虫の『時迷い』を解除していいわよ。」
そういうと、弾丸は動き始め対象の身体を貫いていく。
同じように炎が舞い、全ての敵が沈黙した。
……何も出来ずに、操は悔やむ。
自分が何をしてしまったのかを。
西寺衛との闘いや、
先のヴィスターの戦いで舞い上がっていた。
まるでゲームのようだと。自分は強くなったのだと。
だが、現実は違う。
レベルが上がったからと言って、
油断をすれば一瞬で命の危機となる。
人間とは綱渡りで生きているのだと、
改めて認識させられた。
「我妻君……我妻はまだ助かるんですよね、黒鉄さん。」
そう操が呟く。祈りを込めて。
黒鉄の口が開く。
見たくない。聞きたくない。
「まだ、大丈夫よ。」
操は眼を見開く。
「俺に出来る事はありますか!?」
黒鉄に縋りついて質問する。
「一応、電波が通りにくいけど、
GPSで救難信号をフロンテラ本部に流しておいたわ。」
「今出来る事はないから、大人しくしていなさい。」
操は悔しさで歯嚙みしていた。
黒鉄は魔法とバックの中身を使って、
簡易ベットや小屋を作り、仮設拠点素早く仕上げていく。
見事な手際だった。
1-2分経つ頃、雫の様子が少し変になっていた。
表情にあまり出ていないが苦しそうに見える。
一体どうしたというのだろうか。
「操ちゃん、アタシの荷物にあるタオルを準備して。」
雫の様子を見ていた黒鉄が操に声をかける。
急いで操はタオルを準備した。
「雫ちゃん、いいわよ。」
「カハッ……!はぁっ……はぁっ……。」
雫は息を整える。
お腹の噛まれた跡は、10センチ程の穴が開いている。
「操ちゃん、穴にタオルを。押さえて。」
操は黒鉄に言われた通りタオルを傷口へ押さえつける。
「雫ちゃん、どのくらいのインターバルが居るかしら。」
「『時迷い』のクールタイムは、
止めた量と同じくらいになりますっ……。
あと1分前後は使えないです……。」
苦しそうに悶える雫。
「そう、分かったわ。」
「操ちゃん、陽ちゃんを運ぶわよ。」
二人で負荷の無いように持ち上げ、
ゆっくりと身体をベッドの上へと置く。
近くに椅子を何個か作り、
部屋内で雫と操が座れるように用意してくれる。
「操ちゃん、陽ちゃんは任せるわね。
雫ちゃんもあんまり無理しちゃだめよ。」
雫は頷く。
黒鉄は外で見張りをしてくれているようだ。
小屋の中は重い雰囲気だった。
眼が覚めない我妻に、苦しそうにしていた雫。
そして、何も出来ない操。
(こんなの、俺のなりたい主人公じゃねぇよ……。)
悔やんでも悔やみきれない。
どうしてがずっと頭の中をループしている。
「空原さん。」
負のループの最中、雫が声をかけてくる。
「しばらく私は話せなくなる。
私の『時迷い』は呼吸しない事を代償としているから。」
「だから……ごめんなさい。」
彼女が静かになる。
なにがごめんなさいなのだろうか。
そんなに俺は酷い顔をしていたのだろうか。
涙が出そうになる。
彼女は一体どう思っているのだろうか。
……また1-2分経つ。
彼女は苦しそうに呼吸を始めた。
「はぁっ……はぁっ……。」
「お疲れ様です、冷泉さん。」
小屋内にあった水入りペットボトルを渡す。
「雫でいい……って。はっ……。」
彼女は水を飲みながら呼吸を整える。
その後は無言が続く。
この無言を破ったのは、意外にも雫だった。
「空原さん、気にしないでとは言わないけれど。
思い悩み過ぎてもダメだと思う。」
「でもこれは、俺が。」
「そう、あなたが悪い。」
……。
「でも、私も悪い。
きっと黒鉄さんも同じように思ってる。」
「二人は悪くない。」
「私はそうは思わない。
だから、あなただけでその気持ちを抱えるのは止めて。」
「皆で抱えないといけない事だと、私は思う。
……それじゃあ、また『時迷い』を使うね。」
そういうと彼女は眼を閉じて動かなくなる。
固有というのは魔力も使っている。
代償は呼吸を止めているだけだが、
魔力は彼女にとって、かなり負担が大きい。
「皆で抱える……か。」
雫は眼を閉じたまま静かにしている。
操も同じく眼を閉じる。我妻の無事を祈って。




