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おかあさんに、とどけるひかり

作者: 星渡リン

 冬の朝は、音が小さい。

 ストーブが、ことこと。

 やかんが、しゅう。

 カップの湯気が、ふわっ。


 窓には霜がついて、銀のレースみたいに光っていました。

 しゃりん、と鳴りそうなくらい、きらきら。


 でも、家の中はあったかいのに、どこかさびしい。

 ユナは寝室の戸をそっと開けて、布団の中のお母さんを見ました。


 お母さんは眠っていました。

 頬は少し赤くて、息がゆっくり。


「おかあさん……」


 ユナは小さな声で呼びました。

 お母さんは目を開けて、少しだけ笑いました。

 笑うと、すぐに疲れたみたいに目を閉じます。


 ユナは水を運びました。

 タオルを替えました。

 おでこに手を当てて、「だいじょうぶ?」と聞きました。


 できることは、これくらい。

 それが、くるしい。


 病気は、すぐにはよくならない。

 がんばっても、がんばっても、朝になるとまた同じ。

 ユナは「もっとできることがあればいいのに」と思って、胸の奥がつん、としました。


 夜。

 家族が眠って、家が静かになったころ。

 ユナはこっそり窓辺に座りました。


 外は暗い。

 でも雪は、街灯の光でちいさく光ります。

 きらり。

 きらり。


 ユナは目をこすりました。

 涙が出そうで、出ないふりをしました。


「はやく……元気になってほしい」


 そうつぶやいたとき。


 ちりん。


 どこかで鈴の音がしました。

 ちりん。

 ちりん。


 ユナが窓を見ると、霜のレースの向こうに、小さな影が立っていました。

 星くずの帽子。

 白いマント。

 靴の先が、ちかっ、ちかっ、とまたたいています。


 窓を開けると、冷たい空気がふわっと入りました。

 その冷たさの中で、影がにこっと笑いました。


「こんばんは。ほしの看病さんです」


「……看病さん?」


「うん。夜にだけ、こっそり来るんだよ」


 看病さんは、ユナの顔をのぞきこみました。

 目が星みたいに澄んでいて、やさしい。


「お母さんのこと、心配だね」


 ユナはうなずきました。

 うなずくと、こらえていた気持ちが少しこぼれそうになりました。


「ねえ。わたし、何もできない……」


 看病さんは首をふりました。


「できるよ。たくさん。

 病気とたたかう力は、お母さんの中にある。

 ユナはその“力の火”が消えないように、やさしく守るんだよ」


「守る……?」


 看病さんは、小さなガラスびんを取り出しました。

 手のひらに乗るくらい。

 中は空っぽ。

 でも、びんの底が、うっすら銀色に光っています。


「これ、光のびん。ここに“ひかり”を集めて」


「ひかり?」


「薬じゃないよ。気持ちがあったかくなる光。

 集めた光は、夜に、ぽうっと光って、寝室をやさしく照らすんだ」


 看病さんは指を一本立てました。


「ルールは四つ。短いよ」


 ちかっ、と指先が光って、ユナの耳に言葉が入ってきました。


「『ありがとう』を言うと、光がひとつ落ちる。ちかっ。

 あったかい匂いで光がふくらむ。ぽわっ。

 小さな親切で光が増える。きらきら。

 無理をしすぎると光がしぼむ。しゅん。……休むのも看病」


 ユナはびんを胸の前で両手で持ちました。

 冷たいはずのガラスが、ほんのりあったかい。


「……やってみる」


 看病さんはうなずいて、鈴を鳴らしました。


 ちりん。


「じゃあ、まずは台所から。光は、湯気の中にもいるよ」


    ◆


 次の日の朝。

 ユナはおばあちゃんのそばに立っていました。


「おばあちゃん。スープ、つくりたい」


 おばあちゃんは少し驚いて、それからやさしく笑いました。


「いいねえ。お母さん、喜ぶよ」


 鍋に水を入れて、野菜を切って。

 ことこと。

 ことこと。

 部屋にあったかい音が広がります。


 湯気が、ふわっ。

 ふわっ。


 その湯気に、ユナがびんを近づけると――


 ちかっ。


 びんの中に、ちいさな光がひとつ落ちました。

 星の粒みたいな、あたたかい光。


「入った……!」


 おばあちゃんがユナの頭をなでました。


「ありがとうねえ、ユナ」


 その「ありがとう」で、また。


 ちかっ。


 びんの底に、光がもうひとつ。


 スープができました。

 湯気がふわふわ。

 匂いが、あったかい。


 ぽわっ。


 びんの中の光が、ふくらみました。

 ふくらんで、やさしくゆれました。


 ユナはお盆を持って寝室へ行きました。


「おかあさん、スープだよ」


 お母さんは目を開けました。

 少しだけ起き上がって、スプーンを口に運びます。


「……おいしい」


 声は小さい。

 でも、その一言で、ユナの胸がぱっと明るくなりました。


 きらきら。


 びんが、ほんの少し明るくなった気がしました。


    ◆


 別の夜。

 ユナはお母さんの枕元に、紙を持ってきました。

 花の絵。

 月の絵。

 やわらかい線で描いた、春の絵。


「見て。お花。春になったらね……」


 お母さんはゆっくり見て、少しだけ笑いました。

 笑うと、頬がゆるみます。

 その笑顔が、ユナの中で光りました。


 ちかっ。

 ちかっ。


 びんの中の光が、ふたつ、またたきました。


 ユナは短い昔話を読みました。

 おばあちゃんが昔してくれた、あの話。

 「寒い冬の夜、星が毛布をかけてくれた」という話。


 お母さんは目を閉じて聞きながら、うなずきました。


「……ユナの声、あったかい」


 その言葉で、びんの光が、ぽうっと落ち着きました。

 まぶしくない。

 目にやさしい光。


    ◆


 ある日。

 ユナは折り紙と手紙を持って、近所を回りました。


 お母さんが寝ている間、買い物を手伝ってくれたお隣さん。

 ゴミ出しを代わってくれた向かいのおじさん。

 玄関前の雪かきをしてくれた人。


 ユナは小さな声で言いました。


「いつも……ありがとうございます」


 すると、みんながやさしく返しました。


「こちらこそ」

「だいじょうぶだよ」

「お母さん、よくなるよ」


 そのたびに、ユナの胸があったかくなって――


 ちかっ。

 ちかっ。


 びんの中の光が増えていきました。

 きらきら。

 きらきら。


 家に帰って、びんを窓辺に置くと、光がゆっくり整っていきます。

 夜の暗さを、少しだけやわらかくする光。


    ◆


 でも、毎日が順調ではありませんでした。


 ある夜。

 お母さんの咳が続いて、熱も下がらなくて。

 ユナの心は、焦って走りました。


「わたしが、もっとがんばれば……」


 ユナは眠らずに水を替え、何度も様子を見ました。

 目がしょぼしょぼして、足がふらふら。


 そのとき。


 びんの光が、


 しゅん。


 と、小さくなりました。

 さっきまでぽうっとしていたのに、しぼんでしまった。


「……どうして」


 ユナは唇をかみました。

 がんばってるのに。

 がんばらなきゃいけないのに。


 そのとき、窓の外で。


 ちりん。


 ほしの看病さんが現れました。

 いつもより声が静かでした。


「ユナ。ひとりで背負わないで」


「でも……わたしががんばらないと」


 看病さんは、やさしく首をふりました。


「ユナの光は、お母さんを治す魔法じゃない。

 でも、寂しさを減らして、力が戻るのを待つ時間を、あたためることはできる」


 看病さんは指を折って言いました。


「お医者さん。薬。休むこと。

 それに、ユナのやさしさ。

 みんなで支えるんだよ」


 ユナの肩が、ふっと下がりました。

 涙が一粒、こぼれました。


「……わたし、こわかった」


「こわいときは、言葉にして渡そう」


 看病さんはびんを指しました。


「光を少しだけ取り出して、言葉に混ぜて」


 ユナはびんの口をそっと開けました。

 光がひとすじ、ふわっと出てきます。


 ぽうっ。


 ユナは小さな紙に書きました。

 短い言葉。

 まっすぐな言葉。


『だいじょうぶ。

 ゆっくりでいいよ。

 いっしょに春を見よう』


 ユナはそれを枕元に置いて、お母さんの手を握りました。

 お母さんの手は熱いけれど、ユナの手はあったかい。


「おかあさん……」


 お母さんは目を開けて、ゆっくりうなずきました。


 その瞬間。


 びんの光が、もう一度。


 ぽうっ。


 と戻りました。

 しぼんでいた光が、整って、やさしく光りました。


    ◆


 それからしばらくして。

 ある朝。


 お母さんが少し長く起きていられる日がきました。

 窓の霜が、前より薄い。

 外の光が、少し強い。


 ユナがスープを持っていくと、お母さんはにっこりしました。


「今日は……おいしいって、もっと言える気がする」


「ほんと?」


「うん。……おいしい」


 その言葉は、春みたいでした。


 窓の外。

 雪の端っこに、小さなつぼみがひとつ。

 冷たいのに、ちゃんと生きている。


 ユナはびんを見ました。

 光はもう、前みたいに大きく光りません。

 でも、底に小さなきらきらが残っています。


 ちかっ。

 ちかっ。


    ◆


 お医者さんの許可が出て、短い散歩の日がきました。

 まだ風は冷たい。

 でも空は青くて、光がやわらかい。


 ユナはお母さんに手ぶくろをはめてあげました。

 ひとつずつ。

 ゆっくり。


「冷たくない?」


「大丈夫。ユナの手が、あったかいから」


 ふたりは家の前を少しだけ歩きました。

 足元の雪は、きゅっ。きゅっ。

 空の光は、きらり。きらり。


 ユナはびんをポケットに入れていました。

 びんは強く光りません。

 でも、ちゃんと、そこにある。


 ユナは思いました。


 光は、急いで治すためじゃなくて、

 待つ時間をあたためるためにあるんだね。


 お母さんが笑うと、春はちゃんと近づく。


 窓辺の霜は、もうすぐ溶ける。

 でも、ユナの胸の中の光は、ずっと、ぽうっとあたたかいままでした。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。


病気って、すぐにはよくならないことがあります。

その「待つ時間」は、寒い夜みたいに長く感じることもあります。

だからこのお話では、奇跡の魔法ではなく、スープの湯気、みかんの香り、「ありがとう」、手を握ること――

そんな小さな光が、待つ時間を少しだけあたためる、という形にしました。


ユナが学んだのは、「がんばり続ける」ことだけじゃなく、休むことも看病だということ。

ひとりで背負わないこと。

やさしさを受け取って、返すこと。

それが、春を呼ぶ力になると信じています。

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