6.「濡れ衣の陰謀」
北の辺境への出発は、翌朝の予定だった。
けれど——その夜、運命は急転した。
「エリーゼ・エクセキューター!」
真夜中、私の部屋の扉が激しく叩かれた。
「開けろ!王国近衛騎士団だ!」
私は飛び起きた。
(え、近衛騎士団?何で?)
扉を開けると、そこには武装した騎士たちが立っていた。
「エリーゼ・エクセキューター、あなたを王妃暗殺未遂の容疑で逮捕する」
「……は?」
私は一瞬、耳を疑った。
「王妃暗殺未遂?私が?」
「そうだ。証拠が揃っている。抵抗するな」
騎士たちが私の腕を掴んだ。
「待ってください。何の証拠ですか?」
「お前の部屋から、王妃暗殺に使われる予定だった毒薬が発見された」
騎士が懐から小瓶を取り出した。
黒い液体が入っている。
「これは……」
私は目を見開いた。
ベラドンナ系の毒。
しかも、王宮の薬草園でしか栽培されない特殊な品種。
「これは私のものではありません!」
「そう言うと思った。だが、お前の部屋から見つかったんだ」
騎士は冷たく言った。
「処刑人の娘が、毒を持っていても不思議ではないな」
(これは……罠だ)
私は瞬時に理解した。
誰かが、私を陥れようとしている。
「お父様を呼んでください!」
「お前の父は、既に拘束されている」
「え!?」
「王国処刑人アルベール・エクセキューターも、共犯の疑いがある」
騎士は私を引っ張った。
「さあ、来い。王宮の牢獄が待っている」
私は抵抗する暇もなく、連行された。
廊下には、使用人たちが怯えた顔で立っていた。
そして——継母シーナとクラレリアが、悲しそうな顔で私を見ていた。
「エリーゼ……まさか、あなたが……」
シーナが涙を浮かべた。
(うわぁ、演技派ですね)
「お姉様……どうして……」
クラレリアも泣いている。
けれど、彼女の目は——笑っていた。
(やっぱり、この人たちの仕業か)
私は冷静に分析した。
タイミングが完璧すぎる。
私が北の辺境に出発する前日。
お父様が毒を盛られた直後。
全てが計画的だ。
「お姉様、私……信じていますわ。お姉様は無実だと……」
クラレリアが泣きながら言った。
(演技、お疲れ様です)
私は何も言わずに、連行された。
王宮の馬車に押し込まれる。
窓の外を見ると、月が浮かんでいた。
大きく、丸く——満月まで、あと一日。
(満月の夜……間に合うかな)
私は静かに考えた。
この濡れ衣を晴らすために。
王宮の牢獄は、冷たく暗かった。
石造りの壁、鉄格子、そして湿った空気。
私は独房に入れられた。
「エリーゼ……」
隣の独房から、父の声がした。
「お父様!」
「すまない……お前を守れなかった……」
父の声は、悔しさに満ちていた。
「お父様のせいではありません」
私は鉄格子に近づいた。
「これは、計画的な陰謀です」
「わかっている。シーナとクラレリアの仕業だ」
父は低く唸った。
「だが、証拠がない。お前の部屋から毒薬が見つかった以上、裁判では不利だ」
「裁判……いつですか?」
「明日だ」
私は愕然とした。
「明日!?早すぎます!」
「そうだ。これも計画のうちだろう。お前に準備する時間を与えないつもりだ」
父は拳を握りしめた。
「エリーゼ、もし判決が死刑なら——」
「お父様、諦めないでください」
私は冷静に言った。
「私には、まだ武器があります」
「武器?」
「はい。観察力、分析力、そして——」
私は微笑んだ。
「真実を見抜く目です」
父は少し驚いた顔をした。
「お前……」
「お父様、私は処刑人の娘です。証拠を集め、真実を明らかにすることができます」
私は鉄格子を握った。
「この毒薬は、王宮の薬草園でしか栽培されない品種です。つまり、犯人は宮廷内部の高位貴族」
「そうだ」
「そして、私がこの毒薬を入手できるはずがありません。私は王宮に自由に出入りできる身分ではありませんから」
私は冷静に分析を続けた。
「つまり、誰かが私の部屋に毒薬を置いた。それも、最近」
「いつだと思う?」
「おそらく、昨日の午後。クラレリアが私の部屋を訪れた時です」
父は唸った。
「だが、証拠は?」
「使用人の証言があります。クラレリアが私の部屋に入った時、小さな包みを持っていました」
私は微笑んだ。
「あの包みの中身が、この毒薬だったのでしょう」
「エリーゼ……お前は本当に……」
父は感心したように言った。
「俺の娘だ」
「はい」
私は頷いた。
「明日の裁判で、全てを暴きます」
「だが、相手は貴族だ。シーナの実家は公爵家。証言だけでは不十分かもしれない」
「わかっています」
私は静かに言った。
「だから、黒幕を見つけます」
「黒幕?」
「はい。シーナとクラレリアだけでは、この陰謀は実行できません」
私は天井を見上げた。
「王妃暗殺未遂という大罪。これを私に着せるには、宮廷内部の協力者が必要です」
「……誰だと思う?」
「宰相デュランドです」
父は息を呑んだ。
「宰相が……」
「はい。彼は権力欲が強く、王妃を疎ましく思っています」
私は冷静に分析した。
「そして、処刑人の家系を『不要な存在』として排除したがっています」
「なるほど……」
「王妃を暗殺し、その罪を処刑人の娘に着せる。一石二鳥ですね」
「でも、彼は一つミスをしました」
「ミス?」
「私を殺す前に、裁判にかけたことです」
私は鉄格子を握りしめた。
「裁判ということは、私に発言の機会がある。そこで、全ての矛盾を暴けます」
父は沈黙した。
そして——笑った。
「お前は……本当に強いな」
「お父様に鍛えられましたから」
私は微笑んだ。
「明日、真実を明らかにします。絶対に」
その夜、私は独房で一人、考え続けた。
証拠の整理、証言の予測、相手の反論への対策——
全てを頭の中で組み立てる。
(処刑人の娘として、私は記録してきた)
(百人以上の死刑囚の最期を)
(そして今、私が裁かれる側に立つ)
皮肉だった。
けれど——
(これは、チャンスでもある)
私は静かに微笑んだ。
裁判という公の場で、シーナとクラレリアの悪行を暴くチャンス。
宰相デュランドの陰謀を明らかにするチャンス。
(さあ、ショーの始まりだ)
窓の外を見ると、月が輝いていた。
ほぼ満月。
明日の夜が、満月だ。
(満月の夜に、何かが起こる)
父の言葉が、頭に蘇る。
『無属性の者は、満月の夜に真実を見る』
私は首を傾げた。
真実を見る?
それが本当なら——
明日の裁判で、何かが起こるかもしれない。
(いや、そんな都合のいいことは……)
私は首を振った。
昔話だ。
迷信だ。
私が頼れるのは、自分の頭脳だけ。
(明日、全てを賭ける)
私は静かに誓った。
石の床に横たわり、目を閉じる。
明日に備えて、体力を温存しなければ。
(待っていろ、シーナ。クラレリア。デュランド)
(あなたたちの罪を、全て暴いてやる)
そして——
(ポール様……)
私は少し寂しくなった。
北の辺境に行く約束。
それが果たせなくなるかもしれない。
けれど——
(いや、必ず行く)
私は拳を握りしめた。
(この濡れ衣を晴らして、必ず北の辺境に行く)
(そして、ポール様の元で働く)
(それが、私の新しい人生だから)
月明かりが、独房を照らす。
明日——全てが決まる。
私は静かに、眠りについた。
処刑人の娘として最後の夜を。
そして——
戦略家エリーゼとして、最初の戦いの前夜だ。




