最終話.「新しい人生」
半年後——
北の辺境、バーバルマン要塞にて。
今日は、特別な日だった。
「エリーゼ様!お綺麗です!」
使用人たちが、私の周りで大騒ぎしていた。
白いウェディングドレス。
シンプルだけれど、上品なデザイン。
髪は丁寧に結い上げられ、小さな花が飾られている。
「ありがとう、みんな」
私は微笑んだ。
鏡を見ると——
見慣れない自分がいた。
(まさか、私が結婚式を挙げるなんて)
半年前、処刑されそうだったのに、
今は、ウェディングドレスを着ている。
(人生って、本当にわからないものだな)
「エリーゼ様、そろそろお時間です」
使用人が告げた。
「わかったわ」
私は深呼吸した。
(さあ、行こう)
(新しい人生へ)
要塞の中庭には、たくさんの人が集まっていた。
兵士たち、近隣の村人たち、そして——
遠くから来てくれた客人たち。
「お、エリーゼ様だ!」
「綺麗!」
「ウエディングドレス、お似合いね!」
人々が拍手する。
私はゆっくりと、バージンロードを歩いた。
父が、私の腕を取ってくれた。
「お父様……」
「お前は、本当に美しいな」
父は少し涙ぐんでいた。
「お前の母にそっくりだ」
「ありがとうございます」
私も涙が出そうになった。
けれど——今日は笑顔でいたくて我慢した。
バージンロードの先に、ポールが立っていた。
白い正装。
いつもより格好よく見える。
(ああ、この人と結婚するんだ)
(本当に)
父が私をポールに託す。
「娘を、よろしく頼む」
「はい。必ず、幸せにします」
ポールは深く一礼した。
父は私の肩を叩いた。
「幸せになれ、エリーゼ」
「はい」
私は頷いた。
父は客席に戻った。
ポールが私の手を取る。
「エリーゼ、綺麗だ」
「ありがとう、ポール」
私は微笑んだ。
「あなたも、格好いいわ」
司祭が前に進み出た。
「それでは、結婚式を始めます」
厳かな声が、中庭に響く。
「ポール・バーバルマン、エリーゼ・エクセキューター」
「二人は、神の御前にて結ばれる」
司祭が祈りを捧げる。
そして——
「ポール・バーバルマン、あなたはエリーゼ・エクセキューターを妻とし、良き時も悪き時も、共に歩むことを誓いますか?」
「誓います」
ポールは力強く答えた。
「エリーゼ・エクセキューター、あなたはポール・バーバルマンを夫とし、良き時も悪き時も、共に歩むことを誓いますか?」
「誓います」
私も答えた。
「では、指輪の交換を」
ポールが私の左手を取る。
そして——
美しい銀の指輪を、薬指にはめてくれた。
母の指輪の上に。
「エリーゼ、愛している」
「私も、ポール」
私もポールの指に、指輪をはめた。
「では——」
司祭が宣言した。
「二人は、夫婦となりました!」
「口づけを!」
人々が叫ぶ。
ポールが私を抱き寄せた。
「エリーゼ」
「ポール」
私たちは——
キスをした。
人生で初めての、キス。
優しく、温かい。
人々が歓声を上げた。
「おめでとうございます!」
「お幸せに!」
「バーバルマン様とエリーゼ様、万歳!」
私たちは離れた。
ポールが微笑んでいる。
「これで、お前は俺の妻だ」
「はい」
私も微笑んだ。
「そして、あなたは私の夫です」
結婚式の後、盛大な宴会が開かれた。
要塞の食堂に、たくさんの料理が並ぶ。
人々が集まり、笑い、祝福してくれた。
「エリーゼ様!おめでとうございます!」
ライナスが駆け寄ってきた。
「ライナス!来てくれたのね!」
「もちろんです!」
彼は嬉しそうに笑った。
「畑の野菜も、持ってきました!」
「ありがとう」
私は彼の手を握った。
「あなたも、幸せそうね」
「はい!毎日、楽しいです!」
ライナスは本当に、幸せそうだった。
戦争が終わり、故郷に帰れて。
畑を耕す日々。
(みんなの幸せな日々は、私たちが目指していたものだ)
別のテーブルでは——
父とヴォルフガングが話していた。
「アルベール殿、お嬢さんは素晴らしい方だ」
「ありがとう。君の協力のおかげで、和平が実現した」
「いや、エリーゼ嬢の功績だ」
ヴォルフガングは笑った。
「彼女がいなければ、俺たちは今も戦っていただろう」
私は嬉しくなった。
(みんな、笑顔だ)
(平和な世界で)
ポールが私の隣に座った。
「疲れたか?」
「少し」
私は微笑んだ。
「でも、幸せよ」
「俺も」
ポールは私の手を握った。
「お前と結婚できて、本当に幸せだ」
「私も」
私は彼の肩に頭を預けた。
「ポール、ありがとう」
「何の?」
「私を、救ってくれて」
「救った?」
ポールは首を傾げた。
「俺は何も——」
「いいえ」
私は彼を見た。
「あなたは、私を救ってくれた」
「処刑人の娘として死と復讐に飲み込まれそうになっていた私を」
「自由にしてくれた」
ポールは微笑んだ。
「エリーゼ、お前は自分で自由を掴んだんだ」
「俺は、ただ——」
「傍にいただけだ」
私は首を振った。
「あなたがいてくれたから、頑張れた」
「だから、ありがとう」
ポールは私を抱き寄せた。
「こちらこそ、ありがとう」
「お前と出会えて、俺の人生が変わった」
宴会は、深夜まで続いた。
数時間後、宴会が終わり——
私は自室に戻った。
いや、もう「自室」ではない。
「私たちの部屋」だ。
ポールと共に暮らす、部屋。
ベッドに座り、ウェディングドレスを脱いだ。
普段の服に着替える。
黒い服——いつもの私。
机の上に、黒い帳簿がある。
私は帳簿を手に取った。
ページをめくる。
もう、死刑囚の記録ではない。
『ガルゼイン帝国との和平条約、順調に進行中』
『貿易量、前月比120%増加』
『国境警備、縮小完了。兵士たちの帰郷支援』
『北の辺境、完全に平和』
和平の記録。
正義の記録。
希望の記録。
これが、新しい黒い帳簿の使い方。
私は最後のページを開いた。
まだ、何も書かれていない。
ペンを取る。
そして——
書き始めた。
『本日、ポール・バーバルマンと結婚』
『処刑人の娘、エリーゼ・エクセキューターの物語は、ここで終わる』
『そして——』
『戦略家エリーゼ・バーバルマンの物語が、始まる』
『これからは、夫と共に生きる』
『北の辺境で、平和を守る』
『正義を貫く』
『そして——』
『幸せになる』
私は帳簿を閉じた。
そして——
窓の外を見た。
満月が、美しく輝いていた。
(満月……)
(この力を得た夜から、私の人生は変わった)
コンコン。
扉がノックされた。
「エリーゼ、入ってもいいか?」
ポールの声だった。
「どうぞ」
ポールが入ってきた。
彼も普段の服に着替えている。
「まだ起きていたのか」
「ええ。少し、記録をしていたの」
私は帳簿を見せた。
ポールは微笑んだ。
「相変わらず、几帳面だな」
「処刑人の娘ですから」
私は笑った。
ポールが窓の外を見た。
「満月か」
「ええ」
「エリーゼの力が、一番強くなる夜だな」
「そうね」
私は立ち上がり、窓の前に立った。
ポールも隣に来る。
二人で、満月を見上げた。
「エリーゼ」
「何?」
「お前の力——【真実看破】と【未来予測】」
「今も、使えるのか?」
「ええ」
私は頷いた。
「満月の夜は、特に強く」
私はポールを見た。
【真実看破】の力で、彼の周りに光が見える。
白く、純粋な光。
誠実な心を表す光。
「ポール、あなたは——」
私は微笑んだ。
「本当に誠実な人ね」
「何だ、急に」
ポールは照れた顔をした。
「私の力で、見えるの」
「あなたの心が、真っ白に輝いている」
「嘘も、偽りも、ない」
ポールは少し驚いた顔をした。
「そんなものが、見えるのか」
「ええ」
私は彼の手を取った。
「だから、安心して」
「私はあなたを、完全に信じている」
ポールは私を抱き寄せた。
「エリーゼ、俺も——」
「お前を、完全に信じている」
私たちは抱き合った。
満月の光が、私たちを包む。
優しく、温かく。
「ポール」
「何だ?」
「これからも、一緒にいてくれる?」
「当然だ」
ポールは笑った。
「俺たち、夫婦だろう?」
「そうね」
私も笑った。
「では——」
「これからも、共に」
「ああ」
ポールは私の額にキスをした。
「共に、生きよう」
「平和を守り」
「正義を貫き」
「そして——」
「幸せになろう」
私は頷いた。
「ありがとう、ポール」
「こちらこそ、ありがとう、エリーゼ」
私たちは、もう一度キスをした。
満月の光の下で。
祝福されるように。
窓の外では——
平和な北の辺境が広がっていた。
戦争のない、穏やかな夜。
人々が眠る、静かな村々。
これが、私たちが守るべきもの。
これが、私たちが戦ってきた理由。
(ありがとう)
(お母さん)
(お父様)
(ライナス)
(ヴォルフガング)
(みんな)
(あなたたちのおかげで、私は幸せになれた)
私は窓の外を見つめた。
満月が、優しく微笑んでいるようだった。
処刑人の娘は、もういない。
今、ここにいるのは——
エリーゼ・バーバルマン。
戦略家。
妻。
そして——
幸せな女性。
「さあ、もう寝よう」
ポールが言った。
「明日も、仕事がある」
「そうね」
私は微笑んだ。
「でも、もう少しだけ——」
「月を見ていたいわ」
ポールは笑った。
「わかった。じゃあ、一緒に」
私たちは窓辺に立ち、満月を見上げた。
手を繋いで。
寄り添って。
幸せを噛みしめて。
これからも——
私たちは共に歩む。
良き時も、悪き時も。
満月の夜も、新月の夜も。
戦いの日も、平和な日も。
ずっと、ずっと。
共に。
~処刑人の娘の物語が終わった~
~そして、新しい物語が始まった~




