19.「宰相の焦り」
クラレリアの死刑判決から三日後。
私は王都に召喚された。
「エリーゼ・エクセキューター、王の御前にて証言を求められている」
使者は厳かに告げた。
「何の証言ですか?」
「宰相デュランドの追加裁判だ」
私は深く息を吐いた。
(ついに、デュランドの最終裁判が始まるのか)
ポールも一緒に王都へ向かうことになった。
「俺も証人として呼ばれている」
馬車の中で、ポールが言った。
「デュランドは、必死に抵抗するだろう。特に脱獄幇助の件は、彼にとって致命的だ」
「でも、証拠は揃っています」
私は黒い帳簿を見た。
「シーナの証言、看守の証言、そして——デュランドの部下ガルトンの自白」
ポールは私の手を握った。
「エリーゼ嬢、無理はするな」
「大丈夫です」
私は微笑んだ。
「これが、最後の裁判ですから」
王都に到着すると、街は騒然としていた。
「宰相が、囚人を脱獄させようとしたらしいぞ!」
「牢獄の中から指示を出していたとか!」
「国を売ろうとしただけでなく、脱獄まで!」
民衆の声が、街中に響いている。
王宮に入ると、厳重な警備が敷かれていた。
前回の裁判でデュランドが毒を持ち込もうとした事件があったため、今回はさらに厳しくなっている。
「エリーゼ・エクセキューター様ですね」
近衛騎士が確認する。
「はい」
「裁判所へご案内します」
私たちは裁判所へ導かれた。
広い部屋に、多くの貴族たちが集まっている。
そして——
中央の被告席に、宰相デュランドが座っていた。
前回よりもさらにやつれ、顔色は土気色。
鎖も二重に巻かれている。
牢獄生活で、完全に憔悴しきっている。
けれど、目には——まだ諦めない光があった。
(この人、まだ何か企んでいる)
私は直感した。
「では、裁判を開廷する」
裁判長が宣言した。
「被告人、宰相デュランド。前回の裁判で、以下の罪状で有罪判決が下されている」
「王妃暗殺未遂」
「国家反逆罪」
「ガルゼイン帝国との内通」
「違法薬物取引への関与」
「処刑人エリーゼ・エクセキューターへの冤罪捏造」
「そして本日は、追加の罪状について審理する」
裁判長は書類を読み上げた。
「囚人の脱獄幇助」
「国家機密漏洩の教唆」
傍聴席がざわめいた。
「被告人、この追加罪状について、何か申し開きはあるか?」
「私は無実だ」
デュランドは弱々しく答えた。
「脱獄は、囚人たちが勝手にやったことだ。牢獄に入れられている私に、何ができる?」
けれど、その声には力がなかった。
前回の裁判で完全に追い詰められた男の、最後の抵抗。
「では、検察側、証拠を提示せよ」
検察官が立ち上がった。
「まず、再逮捕されたシーナ・エクセキューターの証言です」
扉が開き、シーナが連れてこられた。
前回の脱獄未遂で憔悴しきった姿。
鎖に繋がれ、やつれた顔。
「シーナ・エクセキューター、あなたは数日前に脱獄を試み、再逮捕されました」
「はい……」
シーナは力なく答えた。
「なぜ、脱獄したのですか?」
「デュランド様の側近、ガルトンが……『宰相様の命令だ。脱獄すれば、帝国に逃がしてやる』と……」
「いつ、その話を聞きましたか?」
「牢獄で……同じ牢獄に収監されているデュランド様から、看守を通じて伝言がありました」
「デュランド様は伝言で言いました」
シーナの声が震えた。
「『お前たちが脱獄すれば、私の罪は軽くなる。共犯者が逃亡したと主張できるからだ』と」
「『そして、お前たちは帝国で保護される。Win-Winだ』と」
デュランドは立ち上がろうとしたが、鎖に阻まれた。
「嘘だ!そんな伝言は送っていない!」
「証人がいます」
検察官が言った。
「牢獄の看守、三名が証言しています」
三人の看守が証人席に立った。
「確かに、宰相様はシーナ様に伝言を送っていました」
「しかも、記録に残さないよう、我々に賄賂を渡そうとしました」
「私たちは拒否し、すぐに上司に報告しました」
デュランドの顔が青ざめた。
「く、くそ……あいつら……」
(おい、自白してるじゃん)
私は中ででツッコんだ。
「さらに」
検察官は続けた。
「デュランド宰相の側近、ガルトンの証言です」
もう一人の男が連れてこられた。
デュランドの部下、ガルトン。
彼も鎖に繋がれている。
「ガルトン、お前は脱獄を手引きしたのか?」
「はい……」
ガルトンは俯いた。
「デュランド様の命令でした」
「牢獄に入れられる前に、密かに指示を受けていました」
「『もし私が捕まったら、シーナとクラレリアを脱獄させろ。帝国に逃がせ。そうすれば、私の罪が軽くなる』と」
「さらに言われました」
ガルトンは顔を上げた。
「『彼女たちが帝国に到着したら、始末しろ。口封じだ』と」
傍聴席が騒然とした。
「宰相が、口封じまで計画していた!?」
「牢獄に入る前から!?」
「外道だ!」
デュランドは完全に追い詰められた。
「く、くそ……!あいつら、全員裏切りやがって……!」
その時——
私が立ち上がった。
「裁判長殿、私からも証言があります」
「エリーゼ・エクセキューター嬢、どうぞ」
私は証人席に立った。
「私は、脱獄したシーナとクラレリアを追跡し、再逮捕しました」
「その時、彼女たちはどこへ向かっていましたか?」
「ガルゼイン帝国の国境です」
私は冷静に答えた。
「そして、彼女たちは——」
私はデュランドを見た。
「帝国への『手土産』を持っていました」
「手土産?」
「リュミエール王国の軍事機密です」
私は書類を取り出した。
「北の辺境の防衛計画、兵力配置、補給ルート——全てです」
「これらは、宰相デュランドだけがアクセスできた機密情報です」
「つまり」
私は静かに言った。
「デュランド宰相は、自分が逮捕される前から計画していたのです」
「シーナとクラレリアを脱獄させ——」
「彼女たちに機密情報を持たせ、帝国に逃がす」
「そして、帝国に到着したら始末する」
「これは、完璧な証拠隠滅計画でした」
「だが、計画は失敗しました」
私は微笑んだ。
「なぜなら、私たちが追いついたからです」
ポールが立ち上がった。
「さらに、私からも証拠があります」
ポールは書簡を取り出した。
「これは、ガルゼイン帝国第一皇子派からの返信です」
「『機密情報と引き換えに、デュランドの亡命を認める』と書かれています」
「つまり、デュランド宰相は——」
ポールは冷たい目でデュランドを見た。
「自分も帝国に亡命するつもりだったのです」
「シーナとクラレリアを利用し、機密情報を流し——」
「そして、二人を始末した後、自分も帝国に逃げる」
「それが、真の計画でした」
デュランドは完全に崩れ落ちた。
「ち、違う……俺は……」
「もう、言い訳は通用しません」
私は静かに言った。
「あなたの全ての計画が、明らかになりました」
裁判長が厳かに宣言した。
「宰相デュランド」
「あなたの追加罪状——脱獄幇助、国家機密漏洩の教唆、そして自身の亡命計画」
「全て、有罪と認定します」
「前回の判決と合わせ、死刑を確定します」
「処刑日は——」
裁判長は書類を確認した。
「一か月後とする」
私は少し驚いた。
(一か月後?)
裁判長が説明した。
「被告人デュランドに加え、シーナ・エクセキューター、クラレリア・エクセキューターの三名を同日に処刑する」
「準備に時間を要するため、一か月後とする」
デュランドは絶望の表情で崩れ落ちた。
「そんな……一か月も……牢獄で……」
「執行人は、アルベール・エクセキューター」
裁判長は私を見た。
「記録係は、エリーゼ・エクセキューター」
「処刑は、王都中央広場にて、公開で行われる」
私は深く一礼した。
「承知いたしました」
デュランドは、私を睨みつけた。
「貴様……!貴様のせいで……!」
「いいえ」
私は冷静に答えた。
「あなた自身のせいです」
「自分で選んだ道の、結果です」
デュランドは連行されていった。
叫び声が、廊下に響く。
「許さない!許さないぞ!エクセキューターめ!」
けれど、もう誰も彼の言葉に耳を貸さなかった。
裁判所を出ると、ポールが待っていた。
「お疲れ様、エリーゼ嬢」
「ありがとうございます」
私は疲れた顔で微笑んだ。
「一か月後……ですか」
「ああ。三人同時の公開処刑は、準備が必要だ」
ポールは私の肩を抱いた。
「その間、君は北の辺境で休んでいればいい」
「でも——」
「処刑当日に、また王都に来ればいい」
ポールは優しく言った。
「それまでは、ゆっくり休め」
私は彼の胸に顔を埋めた。
(終わった……)
(裁判は、終わった)
けれど——
まだ、やるべきことがある。
一か月後。
デュランド、クラレリア、そしてシーナの処刑。
私は、記録係として立ち会わなければならない。
処刑人の娘として。
正義の証人として。
(最後の仕事)
(そして、新しい始まり)
空を見上げると、昼の空に薄く月が浮かんでいた。
まだ三日月だ。
私は黒い帳簿を握りしめた。
『宰相デュランド、追加罪状有罪、死刑確定』
『罪状:脱獄幇助、国家機密漏洩教唆、亡命計画』
『処刑日:一か月後、デュランド・シーナ・クラレリア三名同時執行』
几帳面に、記録する。
一か月後——
全てが、本当に終わる。
処刑人の娘としての、最後の仕事だ。
そして——
新しい人生への、第一歩となるだろう。




