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処刑人の娘は満月に選ばれ、冷静な頭脳で冤罪を暴き、辺境伯に溺愛される  作者: 風谷 華


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15/25

15.「復讐ではなく正義」

馬車は夜の森を抜けていく。

月明かりが、道を照らしている。


「あと一時間ほどで、中立地帯に着く」

ポールが地図を確認しながら言った。

「ガルゼイン帝国の使者は、既に到着しているだろう」


私は深呼吸した。

緊張している。

初めての、本格的な外交交渉。

しかも相手は、何十年も戦い続けてきた敵国。


「エリーゼ嬢」

ポールが私の手を握った。

「大丈夫だ。君ならできる」

「……はい」

私は頷いた。


「でも、少し緊張しています」

「それは当然だ」

ポールは微笑んだ。

「緊張しない方がおかしい」

「ポール様は、緊張しないんですか?」

「いや、している」

ポールは正直に答えた。


「俺も、外交交渉なんて初めてだ」

私は少し驚いた。

「ポール様も?」

「ああ。俺は武人だ。剣を振るうのは得意だが、言葉で戦うのは不得意だ」

ポールは苦笑した。

「だから、君の力が必要なんだ」


私は少し勇気が出た。

(そうだ。ポール様も緊張している)

(私だけじゃない)


「エリーゼ嬢」

「はい?」

「一つ、聞いておきたいことがある」

ポールは真剣な顔になった。

「もし交渉が決裂し、戦闘になったら——」


「逃げます」

私は即答した。

「約束しましたから」


ポールはホッとした顔をした。

「ありがとう」

「でも——」

私はポールを見た。

「ポール様も、無理はしないでください」

「え?」

「あなたは、私を守ろうとして無茶をしそうです」

私は真剣に言った。

「もし、あなたが傷ついたら——私も辛いです」


ポールは少し驚いた顔をした。

そして——優しく笑った。

「わかった。約束する」


彼は私の手を強く握った。

「俺たち、一緒に無事に帰ろう」

「はい」

私は微笑んだ。


その時——

馬車が急停止した。

「どうした?」

ポールが御者に尋ねた。

「中立地帯に到着しました」

私たちは馬車を降りた。


そこは、広い草原だった。

月明かりが、草原を銀色に照らしている。


そして——

向こう側に、人影が見えた。

ガルゼイン帝国の一行だ。

「来たか」

ポールが呟いた。

私たちは、ゆっくりと歩いていく。

草原の中央へ。

向こう側からも、人影が近づいてくる。


やがて——

双方が対峙した。

ガルゼイン帝国の一行は、五人。

中央に立つのは、背の高い男性だった。

漆黒の髪、鋭い目つき、そして——

魔族特有の、赤く光る瞳。


「初めまして」

男性が口を開いた。

低く、威厳のある声。


「ガルゼイン帝国、第三軍団長ヴォルフガングだ」

「リュミエール王国、北の辺境伯ポール・バーバルマンだ」

ポールが応じた。

「そして、こちらは——」

「エリーゼ・エクセキューター」

私は一歩前に出た。

「軍略顧問として、同席させていただきます」


ヴォルフガングは少し驚いた顔をした。

「エクセキューター?処刑人の?」

「はい」

私は冷静に答えた。

「何か問題でも?」

「いや……」

ヴォルフガングは首を振った。

「ただ、意外だった。処刑人の娘が、和平交渉の場に立つとは」


(まぁ、私も意外ですけどね)


「では、早速本題に入ろう」

ポールが言った。

「なぜ、交渉の日程を変更したのか?」

ヴォルフガングは少し表情を曇らせた。

「……実は、帝国内部で問題が起きている」

「問題?」

「皇帝が、病に倒れた」

私とポールは顔を見合わせた。

「それは……」

「皇帝の後継者争いが始まっている」


ヴォルフガングは続けた。

「第一皇子は、戦争継続派。第二皇子は、和平派だ」

「なるほど……」

私は理解した。

「つまり、今が和平交渉のチャンスだと」

「その通りだ」

ヴォルフガングは頷いた。

「第二皇子は、この戦争を終わらせたいと考えている。だが、時間がない」

「第一皇子が次期皇帝になれば、戦争は激化する」

「はい」


ヴォルフガングは深刻な顔をした。

「だから、満月を待てなかった。今夜、和平の合意を得たい」

私は少し考えた。

(これは……チャンスだ)

(でも、同時に罠の可能性もある)


「ヴォルフガング殿」

私は一歩前に出た。

「質問があります」

「どうぞ」

「なぜ、あなたは和平を望むのですか?」

ヴォルフガングは少し驚いた顔をした。


「なぜ、と?」

「はい。あなたは軍団長です。戦争が続けば、権力も地位も保たれるはずです」

私は冷静に言った。

「それなのに、なぜ和平を?」

ヴォルフガングは黙った。


そして——静かに語り始めた。

「俺には、息子がいる」

「息子?」

「ああ。十歳だ」

ヴォルフガングの目が、少し優しくなった。

「息子は、いつも聞いてくる。『お父さん、なぜ戦うの?』と」

彼は月を見上げた。


「俺は、答えられない。なぜなら、俺自身もわからないからだ」

「……」

「俺たちは、何十年も戦い続けてきた。だが、なぜ戦うのか、もう誰もわからない」

ヴォルフガングは私を見た。

「ただ、国境があるから。敵だから。そう思っていただけなのかもしれない」


私は胸が熱くなった。

(この人も……同じことを考えていた)


「俺は、息子に——」

ヴォルフガングの声が震えた。

「平和な世界を残したい。戦いではなく、穏やかな世界を」


私は思い出した。

ライナスの言葉を。

『和平が実現したら、故郷に帰って畑を耕したい』


(みんな、同じなんだ)

(誰も、戦いたくない)

(ただ、守りたいものがあるから、戦っている)


「ヴォルフガング殿」

私は一歩前に出た。

「私たちも、同じです」

「同じ?」

「はい。私たちも、平和を望んでいます」


私は真剣な目で彼を見た。

「この無意味な戦いを終わらせたい」

ヴォルフガングは私を見つめた。

「……君は、本気か?」

「はい」

私は頷いた。

「私は、処刑人の娘です。死を見続けてきました」

「そして、無実の者が裁かれるのも見てきました」


私は拳を握った。

「だからこそ、誓います。もう二度と、無意味な死を生まないと」

ヴォルフガングは黙った。

そして——微笑んだ。


「君は……強いな」

「いいえ」

私は首を振った。

「私は、ただ——」

「正義を信じているだけです」

ヴォルフガングは深く頷いた。


「わかった。では、和平の条件を話し合おう」

ポールが一歩前に出た。

「まず、国境線について——」


その時——

森の中から、何かが飛び出してきた。

黒い影。

複数。

「伏兵だ!」

ポールが叫んだ。

瞬間、黒い影が私たちに襲いかかってきた。


「くっ!」

ポールが剣を抜いた。

ヴォルフガングも戦闘態勢に入る。

「これは……罠か!?」

ポールが叫んだ。

「違う!」

ヴォルフガングが答えた。

「これは、第一皇子派の刺客だ!」

「第一皇子派!?」

「和平交渉を阻止するために、送り込まれたんだ!」


黒い影——魔族の刺客たちが、次々と襲いかかってくる。

「エリーゼ嬢、下がれ!」

ポールが私の前に立ちはだかった。

けれど——

刺客の一人が、私に向かって飛びかかってきた。

(まずい!)

私は反射的に避けた。

けれど、完全には避けきれない。

刺客の爪が、私の腕をかすめた。


「くっ!」

痛みが走る。

その時——

空が明るくなった。

雲が晴れ——

月が完全に姿を現した。


そして——

満月だった。

(え……満月!?)

(でも、あと三日あったはず——)

その瞬間、私の体に電流のような感覚が走った。


視界が変わる。

刺客たちの動きが、スローモーションに見える。

彼らの攻撃の軌道が、光の線として見える。

(これは……)

私は理解した。

無属性の力が、再び覚醒した。


前回とは違う力。

【未来予測】——相手の動きを読む力。


「エリーゼ嬢!」

ポールの声が聞こえる。

けれど、私は冷静だった。

刺客の攻撃が見える。

避ける場所がわかる。


「右から!」

私は叫んだ。

ポールが反射的に右を防御する。

刺客の攻撃が、ポールの剣に弾かれた。


「次は左上から!」

再び叫ぶ。

ポールが対応する。

完璧に防御できた。


「エリーゼ嬢……君、何を……」

「わかるんです」

私は冷静に答えた。

「敵の動きが」


ヴォルフガングも気づいた。

「君……無属性か?」

「はい」

「ならば、満月の力で——」

「真実を見る力と、未来を予測する力」

私は微笑んだ。

「これが、無属性の真の力です」


刺客たちが、再び襲いかかってくる。

けれど——

もう怖くない。

「ポール様、三体同時に来ます。前方、左、右です」

「わかった!」

ポールが構える。


「ヴォルフガング殿、背後から二体です」

「了解!」

ヴォルフガングが振り返る。

私の指示通りに、刺客たちが現れる。


そして——

完璧に迎撃した。

「すごい……」

護衛の兵士たちが呟いた。

「エリーゼ様、全部見えてる……」


戦闘は、あっという間に終わった。

刺客たちは、全員捕らえられた。

私は深く息を吐いた。


(終わった……)


満月の光が、優しく私たちを照らしている。

ポールが駆け寄ってきた。

「エリーゼ嬢、怪我は!?」

「少しかすっただけです。大丈夫」


私は微笑んだ。

ヴォルフガングも近づいてきた。

「君は……本当に無属性だったのか」

「はい」

「そして、満月の夜に真の力を得る」

ヴォルフガングは感心したように言った。

「噂には聞いていたが、まさか本当とは」

「噂?」


「ああ。『無属性は、全ての属性の根源。満月の夜に真実を見、未来を予測する』と」

ヴォルフガングは微笑んだ。

「君がいれば、この和平交渉は成功するかもしれない」


私は嬉しくなった。

「ありがとうございます」

「さあ、交渉を続けよう」

ヴォルフガングが言った。

「刺客は排除された。もう邪魔は入らない」


私たちは再び、草原の中央に集まった。

満月の光の下で。

和平交渉が、再開される。


(これは、復讐じゃない)

(正義だ)

(無意味な戦いを終わらせる、正義)


私は心の中で誓った。

必ず、和平を実現する。

ライナスのために。

ヴォルフガングの息子のために。


そして——

全ての人々のために。


満月が、私たちを見守っている。

その光は——祝福のように優しかった。

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