90話
「アマラの奴、何を考えているんだ? 人の信仰者を自分の物にするなんて、僕への嫌がらせにしてはやりすぎだ!」
王女の話が終わり、アルマニャックの醸造披露の準備をする間、客間に戻った二人だったが、ミトソは珍しく憤慨していた。
「でも、拒否しなかったわね。てっきり却下すると思ったのに」
王女が彼女を雇うと言った時、その場ではミトソは何も言わなかった。きっと反対すると思っていただけに意外だった。
「だって君が決める事だからに決まってるじゃないか。その意志を僕がどうこう言うのは筋違いでしょ? それに……」
珍しく口ごもって言葉の続きをなかなか言い出さなかった。一体どうしたのだろうか。
「帝国に戻ったら、君もまた周囲におびえて過ごす事になる。それを無理強いするのは可哀そうかなって、少し思った、だけ……」
もしかして、気を使ってその場では何も言わなかったのか。普段マイペースで適当な性格のミトソがそう思ったなんてアルマも驚いた。
「信仰者がいなくなるからって却下したら、未練がましくて元神としての沽券にもかかわる! 今更信仰する人間が一人増えたり減ったりするくらいで一喜一憂するなんてみみっちいだろう?」
彼なりのプライドもあるのだろう。ミトソは確かに自分勝手でこちらには何も伝えず話を進めたりしてきた。しかし、それでもこちらの考えをある程度は汲み取ってくれていたのも事実である。
「だから僕はこの件には口出ししない。王女に酒を提供したら、また帝国に戻る予定も変えない。後は君が決める事だからね」
それだけ言うと、この話は終わりとばかりに顔をそむけた。決めるのはあくまでアルマ自身だとミトソは言った。
「私が決める事……」
エルフの国で王女のお雇い醸造家として生きていくか、ミトソと一緒に流浪の密造酒飲みとして生きていくか。普通に考えたら前者の様な選択は生きていて一生に一度巡り合えるかどうかという程の道だろう。エルフの王女に気に入られ、召し仕えられるなんて事は今後ない。だが、そんな道を見つける事が出来たのはミトソとの旅のお陰だ。
それで、それだけの理由で唯一の道を蹴っていいのだろうか。その場での情に流されて選んでも、きっとその後は生きてる限りずっと後悔し続ける事になる。そんな生き方は彼も望んではいない。だから、口を挟まない。
アルマが行くべき道は……?
納得のいく答えと決める選択も不明のまま、時間だけは無情に過ぎてゆく。そして王女の為にアルマニャックの製造を披露する行事が行われることとなった。




