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9話

「流石にこれは、駄目! これが無くなったらわたし飢え死にしちゃうわ!」

「何も全部使うわけじゃないよ。4分の1くらい切り取って分けて欲しいだけ」

「でも、それでもこれは貴重な食糧なの……そう簡単には……!」

「美味しい麦酒飲みたいでしょ?」

「あげます」

 固く焼き上げられたパンをごりごりと渡されたナイフで切り取って、さらにそれを切って叩いて細かく砕いていく。美味しいお酒を飲むには、尊い犠牲が必要なのだ。お酒は己の血、パンは己の身体と偉い人も言っていた。まさに身を切る思いでパンを酵母の原料にする。

「じゃあ冷えた麦汁を樽に入れたら粉にしたパンを一握り全体に撒いて蓋をする。そして後は発酵してくれるのを待つのみ」

 そう言って少年は麦汁の入った樽の上に座り込むと、目を閉じて瞑想するように動きを止めた。声をかけてみたが、まるで人形のように全く反応しない。

「私はどうしましょう……」

 とりあえず外は既に夕暮れで日が沈み始めて来た。少年の酒造りも手伝ったからお腹も減っている。井戸の水と持っていたパンを少しずつ切り分けては口に運び、質素な食事で取り合えず飢えをしのぐ。

 その間も少年は目を閉じたまま全く動かない。食事も取らずまるで漬物石のように樽の上で陣取っている。ビールの発酵はその時間で味や風味がすぐに変わる繊細な物だ。どんな物が出来るか、成功するのか失敗するのか見当もつかない。

 私は少年がやったように見様見真似で竈の火を付ける。時間はかかったが暗い地下室が僅かに明るくなる。外はすっかり夜で、離れている村の明かりすらここからでは確認できない。薄暗い中、一人で心細さを感じ始めた時、突然少年が目を開いた。

「時は来た! さあ樽の蓋を開けるんだ!」

 樽から飛び降りた少年は私をせかして樽の前に引っ張っていく、ビールの発酵がもう終わったという事だろうか? こういうのは発酵してから熟成に数日かかる物じゃないのかしら? 恐る恐る樽の蓋を開けてみた。

 樽に溜まっている麦汁は僅かに泡だち、薄暗い明りの中で金塊の様に光を受けて輝いているようだ。そして、麦汁の甘い香りは消えて刺激的なアルコールの物へと変質している。これは、まさしく……!

 少年が金属製の取っ手が付いたコップを私に手渡して不敵に微笑む。最初の一杯を飲ませてくれるというのだろう。緊張で震える手でゆっくりと樽から麦酒を救った。

「ついに完成したのね『帝国法違反』が……」

 そうつぶやいた後、少年の方へ振り返りコップをかざす。

「それでは最初の試飲、ありがたく頂戴させていただきます」

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