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89話

 帰ってくる王女を迎える準備で一日、そして本人が屋敷に戻ってきた日には再び会食だのなんだので一日が過ぎていったが、それらを終えた次の日ついに蒸留器が完成した。これで蒸留酒が造れるようになったと思っていた時、王女からある提案が上がった。

「その王様のお酒とやらを私たちの醸造家に見せて貰っても構わなくて? それが本当に私の様な王族に相応しいお酒と言うのなら、是非その製法を見て憶えて造れるようにしたいの」

 そうなれば、ブランデーはこの世界ではエルフの国を中心に量産されていくかもしれない。アルマは自分の製法が見よう見まねの物なのでちゃんとした製法でない事が気がかりだったが、それを断る理由もなかった。

「勿論構いませんが、本当に私の製法でいいんですか? 同じ道具さえ造れば後はそちらのプロに任せた方がよろしいかと……」

 何故か王女はがっかりした様にため息をついた。

「ふう、まだ我々のしきたりには疎いようね。私はアルマ、貴方をこれでも高く評価しているのですよ? そこの呑兵衛の神よりも」

 意外な言葉にアルマ自身が一番驚いている。エルフでもない、それこそただの酒好きなだけの平民である自分を、何故王女は評価してくれているのか分からなかった。

「そのお披露目も兼ねて、王様のお酒を皆の前で実際に造って欲しいの。そうしたら私アマラ王女専属の醸造家の一人として雇りたいのよ」

 その言葉にはアルマだけでなく周りの使用人や夫たち、オリザも騒然としている。後から知った事だが、エルフでないよそ者の人間を自ら召し仕えさせる事はほぼないという。エルフの長い歴史から見れば、前例がないわけではないがそれでも相当希な事らしい。

「王女、相手は人間……しかも敵国の者ですよ。取引こそすれ、召し仕えさせるなど……!」

 オリザが反論するが、アモラ王女は言葉は発さず手をかざして黙らせた。

「帝国では理由があって追われる身、このエルフの国にいれば追手にも気にせず、貴方の好きなお酒造りも飲む事も安心して出来ると思うのだけどどうかしら?」

 そう、これはチャンスでもある。この美しく穏やかなエルフの国で王族お抱えの醸造家として生活できる。帝国で生まれ育った修道院を追放され、その日のパンにも困る様な生活に比べれば選択肢なんてあってないようなものだった。だが、

「少し、考えさせてください。私がアルマニャックを造って王女がそれを飲んでから、私はその時に決断をします」

 王女へのアルマニャックの献上が、ただの形式的な恩返しではなく、人生を決める様な大きな起点になるとは、その場にいた王女以外の誰もが想像していなかった。

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