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54話

「そういえば、帝国というからにはこの国には皇帝がいるはずよね。それって今は誰なの?」

 道中馬車を停めて一目のつかない林の中で酒の密造をアルマたちは準備していた。その途中でぽつりとアルマが疑問を口にした。

「さあ、僕は知らない」

 ミトソは作業を止めずに言いながら続ける。それ以上の返答がないので本当に知らない上に興味もないのだろう。

「知らないって……自分を追い立てた宗教を奉る国の指導者なんだから、名前くらい憶えておきなさいよ」

「帝国が崇めてる神は知ってるけれど、別にそいつの信者の名前をいちいち憶えてなんかられないよ。人間はたった百年も生きられないのに、それより美味しい酒の銘柄憶えた方が意味のある事だよ」

 この呑兵衛の元神は本当に酒以外は興味がないらしい。彼と同じく作業自体は続けつつも、アルマは呆れてため息が出た。

「というか、お姉さん自分が住んでいる国の統治者を知らない方が問題じゃない?」

「そんな事……!」

 言い返されてアルマは思わず口ごもる。修道院のあった領地の責任者、領主の名前は知っていたがその上に立つ皇帝の名前までは彼女も聞いた覚えがなかった。

「帝国の主神は知ってるわよ! これでも私、敬虔な修道女だったから!」

 帝国の主神はエグノールス。6本腕の前世で言う阿修羅の様な多腕の神。右の腕には軍神として様々な武器を、左の腕には書物、天秤、盃を持ちこれらは規律や秩序を現すという。一柱で様々なご利益や祈願を司る忙しそうな神だ。

「そいつは知ってるよ。全く自分一人で何もかも支配しないと気が済まない面倒くさい奴だよ本当」

 やれやれとミトソが答える。まるで古くからの知り合いのような口ぶりだ。

「まるで私よりも知ってそうな口ぶりね」

「当たり前じゃん。だって僕の息子だもん」

 衝撃的な言葉が返ってきた。帝国の主神がこの少年の息子だという。信じられない発言に思わず手が止まった。

「ほらほら休まない。元々この世界は色んな神がいたんだよ。文字通り何もない所からパッと生まれる僕の様な神もいれば、その神から何かの拍子で別の神が生まれる事もある。エグノールスは後者で、気づいたら生まれてた」

 そんな事初めて知った。帝国の教義では元から存在する神として伝えられているからだ。神学者や帝国の貴族たちが聞いたらひっくり返りそうな言葉だ。こんな事実、自分が他の人に伝えたところで冒涜者か異端者として処刑されてしまう。

「わ、私の様な一信者が深入りすべき事柄じゃなさそうね……」

 内心、動揺しながらやっとの事で目の前の作業を続ける。自分の相対している存在が神だという事を改めて思い出した。

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