41話
「出来た! これくらい集めればいいでしょ」
濃し器の中に葡萄の果汁がコップで飲める分くらいに溜まった。そして、それを両手で持つと、ミトソは念じるように目を閉じた。酒の神としての力なのか、彼は本来数日から数か月はかかる酒の発酵を速める力を持っている。
見た目には全然変化はないが、やがて濾し器から甘くかぐわしい香りが漂ってくるのを感じた。
「よし、完成。じゃあ飲んでみようか」
二つのコップを取り出してミトソは出来たばかりの葡萄酒を注いでいく。
「はい、お姉さんの分」
そう言って葡萄酒を注いだコップを一つアルマに渡す。
「ちゃんとワインになってるみたいだけど、材料は腐ってた葡萄でしょ……?」
萎びてカビまで生えてた葡萄だけで作った葡萄酒に、アルマは飲む気がしなかった。しかし、酒造りにはうるさいはずのミトソがわざわざ造った葡萄酒だ。それに、今までに嗅いだことのないくらい濃厚な甘い香りを放つ葡萄酒に、飲む事への誘惑に勝てず彼女は遠慮がちに口をつける。
「これは……!」
発酵して糖分はアルコールへ分解されるはずなのに、まるで葡萄ジュースのように甘い。それでいてちゃんとアルコールが感じられる。前世の記憶からこれに一番近いワインを探し出す。
「これは貴腐ワインね! あんな葡萄からこんな上等な貴腐ワインが出来るなんて……!」
ワインの中でも貴腐ワインは葡萄の甘味を残しておきながら、他のワインと同じくらいのアルコール量がある。カビが生えてしまう事で逆に葡萄から水分を飛ばして甘味が凝縮されたものを使う事で、この様な甘いワインが出来るという。
「腐ってる発酵してるなんてのは人間が勝手に決めたものさ。人間にとって悪い物を腐敗、良い物を発酵と呼んでるだけに過ぎない」
ミトソが自信満々に説明する。既に濾し器の中は空っぽだ。アルマが口をつけるかどうか迷ってる内に飲み干してしまったようだ。
そういえば、お酒も元々は放置された果物が腐る途中でアルコール発酵した物が全ての始まりだという。やがてそれが人間の歴史と文化と共にお酒として確立されていったのだ。
「帝国ではこういう葡萄は捨てられる。せっかくこんなに甘くて美味い葡萄酒が造れるのに……そこまで酒を造るという発想が及ばないからだ。全く嘆かわしい」
「帝国法のせいでお酒を造る人でも飲むことはできないから……」
もっと自由に酒を飲める環境であれば、これらの萎びた葡萄から美味しいワインが造れる事も気づけるかもしれない。そういう可能性を帝国は無下にしているのだとアルマには感じた。




