29話
乾杯の音頭が終わった瞬間、アルマは一番にコップを空にした。ガブはまだ口にすら付けていなかった。
「ぶはー! これの為に生きてる!」
麦酒は少し酸味が強く、口の中に何か残る感覚がするがアルマは気にしなかった。それよりも乾いた土地に恵みの雨が行き渡るように、彼女の身体にアルコールが染みわたっていく喜びに感激していた。しかし、隣にいる酒の神は違った。
「うーん……やっぱり昔と変わらずドワーフの造る麦酒は不味いね」
「ちょっと、いくらなんでもそれは失礼なんじゃない?」
確かに帝国で醸造した自分たちの麦酒に比べて、つんとした酸味がして変な感触が口に残って後味も悪いが、丹精込めて造った物には変わりがないはずだ。
「いや、いいんだ嬢ちゃん。不味いのは造った俺が一番分かっている……俺たちの国じゃ、水は煤が浮いてて当たり前だし、麦も帝国の物に比べたら質も悪い。そんな土地で美味い麦酒なんざ到底無理だってな」
そう言いつつもやはりガブの表情は落胆の色が隠せていなかった。
「一応、ホップや様々な野草を試してみたけど、それでもやっぱり元が悪くて満足いかなくてね。それがこの地を去った理由」
それでも、ミトソはコップを空にしたが、自分から次の一杯を飲もうとはしなかった。
「という訳で、再会の挨拶もこれくらいにして、僕らに醸造道具を分けてくれないかな? そうしたら、ちゃんとした麦酒を一番に届けてあげるからさ」
「いいとも。でも、こんな麦酒でも夜になったら求めてくる客はいるんだぜ? お陰でこんな寂れた宿でも、なんとかやっていけてる位にはさ」
そういうガブの顔が寂しそうで、アルマはとても見てられなかった。お酒は皆を笑顔にする物なのに、こんな表情をさせてそのままにするのは到底見逃せない。
「ちょっと待って! ねえミトソ、数日この町に居させて! 帝国の追手もそう簡単には来られないんでしょ? その間に少しでも美味しい麦酒を造る手段を教えて上げましょ!」
「だから、造りかた以前の問題なんだって。水と材料の質から帝国の物に劣ってるんだから」
それでも、何か方法があるはず。少しでも麦酒を美味しく飲める方法が。もっと美味しいお酒が造れるんだとガブにも分かって欲しい。アルマは譲らなかった。
「一週間! 一週間だけノックノックに居させて! 本当に美味しい麦酒ってやつを用意してあげますよ」
「嬢ちゃん……」
アルマはそう宣言した。お酒は皆を笑顔にする物。それが彼女の信条だった。それなのにお酒造りをしているガブ自身が寂しそうな表情をしていて見るに堪えなかった。少しでも力になりたいと、心の底からそう思った。




