104話
「愚かな……そんな事で与えられる地位を蹴るというのか? それで帝国はどうなる? 統制もなく無法が蔓延る世になるだけだぞ?」
「だったら何で自分の手で帝国を導かないで、わざわざ私を皇帝にするまどろっこしい手段を取るの? 結局甘い言葉で誘惑して、裏から自分の思い通りにしたいだけじゃない!」
酒の神であるミトソは力を失ってなお、自ら酒造りの為に奔走した。しかし、エグノールスは帝国の未来を憂いながら、ついこの瞬間まで姿を見せなかった。そんな者の言葉なんてどうして信じられようか。
「何の問題がある? それでも汝如き人間一人の力では手に入らないあらゆる物が手に入る。一時の感情でそれを無下にしているだけだ」
「そういう自分勝手な所が如何にも傲慢な神様って感じね。ミトソから生まれた神と言うけれど、そういう所が似ているかしらね」
「我は大いなる存在。堕落した神から生まれた等という世迷い事はお前は信じているのか!」
ビリビリと空気が震えるくらいの声が響く。よっぽどミトソの事を見下していて、彼と一緒にされることはエグノールスのプライドが許さないようだ。
「自ら何か生み出すわけでなく、人間を規律と戦で縛る神なんかより、酒飲みのミトソの方がずっとマシな神だわ!」
アルマは負けじと反論した。エグノールスは何も答えなかったが、怒りで部屋中の空気が張り詰めているのをアルマは感じた。
「諦めるんだなエグノールス。お前の目論見は彼女には全て見透かされている。絶対に彼女はお前に力を貸すようなことはしないよ」
聞き覚えのある声が聞こえて来た。部屋の隅にミトソが壁に寄りかかっていた。
「ミトソ! 来ていたの!?」
「いや、僕はここにいるようで実際は存在していない。エグノールスが君の夢の中に干渉しているのに気づいて、そこにお邪魔しに来ただけ。でも、アルマが無事そうで安心したよ」
今、エグノールスはアルマの夢の中に侵入して、彼女に語り掛けているという。こうやって意識の中に潜り込むのも神が持つ力の一部なのだろう。
「堕ちた下級神が……何故彼女に拘る? お前にとってもこの女はこの世に数多いる無数の人間の一人にすぎん筈だ!」
「確かに、最初はお手伝いに丁度いいからと思って一緒にいたけど、彼女が本当にお酒が好きだと分かったからね、元酒の神として、酒飲みの一人くらいは大事にしてあげようかと思っただけさ」
ミトソはアルマに顔を向ける。
「今、急いで僕らも帝都に向かっている。助けに行くからもう少しの辛抱だ。それまで何とか耐えて欲しい」
その言葉に珍しく真剣に彼女を助ける意志が感じられた。少なくともエグノールスよりは信用できる。それ程の信頼が二人には生まれていた。
「貴様ら……もはや女も利用する価値はない。勝手にするがいい! もっとも、お前たち如き力ではどうする事も出来んだろうがな!」
見えてる風景が歪んで暗くなっていく。エグノールスがアルマの夢から消えたからであろう。徐々に目の前が暗くなっていく。完全に暗闇になる直前に、ミトソがアルマに向かって叫んだ。
「絶対に助け出す! だから、それまで君の力で持ちこたえてくれ!」
そして完全な暗闇になり、アルマの意識も闇に溶けていった。




