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たったひとりに出会うまで

作者: 秋野 桜

「家族」を想像してください。そう言われたとき、あなたは誰を思い浮かべますか。おそらくほとんどの人が自分自身の母親や父親、兄弟姉妹を思い浮かべるでしょう。では、あなたの家族はどんなひとですか。優しくて温かくて、愛情深いですか。親子であり兄妹であり、時には親友のような、一緒にいて心地の良いひとですか。あなたにとって家族とは、多くを語らずとも当たり前に近くにいて、心のつながりを感じられる存在ですか。

そうであるとするならば、あなたはとてもラッキーです。この広い地球には約80億人もの人間がいて、その中で安心できる居場所のあることは 奇跡以外の何ものでもありません。


筆者である私はいわゆる毒家族の元に生まれました。両親と兄と姉がおり、私が社会人になるまでの19年 ひとつ屋根の下で共に暮らしていました。

そんな私が思い浮かべる家族は、一般的に言う「理想の家族」ではありません。

父と兄はそれぞれ趣味である音楽やゲームに没頭し、休みの日はほぼ1日中部屋にこもっていました。仕事や学校以外で家事をすることはなく、姉もそうでした。ただ姉が父や兄と違っていたのは、私のお気に入りの鞄やゲームソフトを無断で奪っていくことで、そんな3人が部屋から出てくるのはご飯の時ぐらいでした。

普段から私は家事を手伝うことがありましたが、旅行好きな母が数日家を留守にするときは、料理から掃除、洗濯まで全ての事を1人で担っていました。

もちろん誰かが手伝ってくれるわけはありません。貰ったお小遣いでスーパーへ行き、材料を調達してレシピ本を見ながら料理をつくって、空いた時間に掃除機をかけ、洗濯は洋服を綺麗に畳んで分けて置くところまで完璧に。必要であればアイロンがけも怠りませんでした。

旅行から帰ってきた母はいつもお土産を買ってきてくれたし、他愛もない話でゲラゲラと笑い合ったりすることもありました。ですが同時に1番厄介だったのもこの母です。私の今日までの性格を形成し、1番影響を与えたのは紛れもなく彼女であると思っています。

自分に非があっても謝ると言う事を知らず、母の口から「ごめん」という言葉を聞いたことはありません。何かあれば真っ先に私を責め、たまに愚痴をこぼすと「でも」や「だから」と否定的な言葉で返ってくる。「お兄ちゃんの方が〇〇してくれるのに」「あんたらだけ」「〇〇ちゃんはちゃんとしてる」そうやって周りと比べられることもよくありました。

そんな母は父が家にいないとき、たびたび癇癪を起こしました。一方的に怒鳴り続ける母の尖った声と昂った感情は、今でも鮮明に思い出せます。私はベッドの上でうずくまりながら耳を塞ぎ、母の癇癪が収まるまでただ耐えることしかできませんでした。それに反抗しても、返ってくるのは怒りだと分かっていたから。喧嘩して言い合うことの多かった姉と母の2人をみてそう学んでいました。火に油を注ぐよりは、我慢することで1秒でも早く苦しみから解放されたかった。受け取る側の気持ちなど顧みず、ただ自分の感情をゴミのようにぶつけて剥き出しにする母の姿は、幼かった私にとって おおよそ「人」とは程遠い悪魔のようにみえました。

暴力を振るわれたわけではない。殴られても、蹴られてもいない。でも私の心には、見えない傷がどんどん増えていきました。

「怒鳴られることが怖い」。これは今でも私の心を蝕み続けているものの1つです。


20歳の誕生日を迎える頃、そんな家族から距離を置くために 府内の実家から離れた場所に就職を決めました。本来4月からの入社を 人手が足りないということもあり2ヶ月前倒しで希望し、逃げるように家を出ました。ただ干渉は続き、心の平穏が訪れることはありませんでした。職場も1年で退職し、その後はもっともっと遠い所へ引っ越しました。簡単には会いに来られない場所へ。

それでも気が休まることはなく、頻繁に送られてくるメールや手紙は ポストを開けるたびに悪い「気」が目に見えるようで、とても不快でした。

同時に私がこの家族から逃げる為の手段など、この世にありはしないのではと、思い知らされたようにも感じました。どこへ行っても追いかけてくるのだから。


ですがそんな家族とも2年前ようやく縁を切りました。実家に手紙を送り、関係を断つと伝えました。それにはとても神経を使いましたし、相当な覚悟が必要でした。家族と縁を切るということは、独りで生きていくという事だからです。故郷に私の帰る家はもうありません。

あれから1度だけ姉がメールを寄越してきましたが、返事はしませんでした。

そうでないと きっとまた「家族であった人たち」は 結託して私を手繰り寄せ、逃がさないようにしていたでしょう。

そう考えると、とても恐ろしくてなりません。

今はただ心の平穏がつづくことを祈るだけです。

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