幽霊との邂逅 その1
夜の河川敷ー。
市内を流れる川を見下ろす、その堤防の上に、少女は座っていた。
黒いアンティーク風のドレスに身を包む、まだ幼い少女。
上流から吹く冷たい風が、彼女の黒髪をフワリとなびかせ、川面に映る光が、彼女の美しい横顔を照らし出す。
本来なら、こんな時間に、子供がいるべき場所ではない。
ここは川に面して築かれた、草茂る小高い堤防の上。
そこは、人が一人やっと通れるぐらいの細い小道になっており、日中でも散歩をする人がたまに利用するくらいで、人通りが少ない場所であった。
もっとも、夜でも時折、犬の散歩に利用したりする人はいたのだが。
しかし、もしそんな人が今、この堤防の上の小道を通ったとしても、道端に寂しそうに座る少女の姿に、気付く事はなかったであろう。
もしかしたら、連れていた犬は、何かを感じて、激しく吠えたかもしれないが。
何故なら、彼女には、周りの人間から自分の姿が見えないようにする、不思議な能力があったからである。
これは、あの事故に遭ってから、彼女が使えるようになった、幽霊の力の一つだった。
堤防の上にぽつんと座る少女は、下を流れる夜の川を挟む反対側の堤防の、更に向こう側ー。
その先に広がる、街並みの灯りを、ジッと見ていた。
この堤防の上から眺める街の遠景は、少女のお気に入りであった。
そこでは、家々の窓から漏れる暖かな光が、無数の星のように煌めいている。
フゥッと、溜息をつく少女。
かっては、彼女もまた、その暖かい光の中にいたのだ。
夜の堤防で膝を抱えて座り、両膝に顔をうずめながら、川向こうのその景色を、じっと眺める少女ー。
彼女の後ろ姿には、絶対的な孤独の影が感じられた。
遠くに見える街の灯を、しばらく見ていた少女であったが、やがてその視線を、向かって右側、川の上流の方に移した。
そこには、市の中心部に向かって伸びる、幹線道路の一部である、川にかかる巨大な鉄橋の姿が見て取れた。
今は夜、朝方とは反対に、多くの車が市の中心部から市街地の方に向かって、幹線道路を走行しており、鉄橋の上を次々と通過していた。
その車の流れを、先程とは違い、厳しい視線で見つめる少女。
この幹線道路は、市の中心部と、川向こうの住宅街を繋ぐ大動脈であり、近辺で自動車に乗る人間は、必ずこの道路を使用する筈であった。
少女が、よくこの場所に来るのは、ここから見る景色が好きであったのと同時に、例の車を見つけ出すのに都合がいいからでもあった。
あの、赤い車を。
もちろん、常人には、遠く離れた道路を高速で走る車を、一台ずつ見分ける事など、望遠鏡を用いても不可能だっなろう。
だが、彼女の持つ遠視能力は、それを可能にしていた。
遠く離れた道路を走る、車の流れを、しばらく注視していた少女は、やがて一台の車に目を止めた。
「見つけた、赤い車」
少女はそう呟き、座っていた堤防の上の小道から、身体をフワリと空中に浮き上がらせると、そのまま夜の闇へと、スッとその姿を消した。
[続く]