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発端 その7

 視界が煙る、いやな雨だ。

雨の降りしきる中、まわりに他の車の姿は無く、たった一台で道路を走っていると、なんだか別の世界に迷い込んだ様な、不安な気持ちになってくる。

俺が珍しく、そんな空想的な気分にひたっていると、突然、それは俺の目の前に現れた。

俺の車の進路を塞ぐかの様に、突如として道路の真ん中に、それは出現したのだ。

黒いドレスを身に付けた、まだ幼い黒髪の少女の姿がー。


「うおーっ!!出やがったな!!幽霊めっ!!」


俺は一瞬、怯んだが、ブレーキを踏まずに逆にアクセルを踏んで、道路に棒立ちになっている少女に対して、車を突っ込ませた。

そして俺の車は、少女の立っていた位置から、十数メートル以上、通過した場所で、ようやくブレーキをかけて停止した。

俺は、「戦果」を確認する為に、車から降りた。

幽霊だか生身の人間だか知らないが、俺の車の前に急に現れるなんて、轢き殺されて当然だ。

急ブレーキなんて、絶対にかけるものか。

だが、俺が車から降りて、通過した道路の付近を見回しても、そこには誰もいなかった。

もちろん、死体も転がっていない。


「あれっ?車にぶつかった勢いで、どこかに吹っ飛ばされたのかな」


雨は降り続いている。

例え、地面に血が流れたとしても、すぐに洗い流されてしまうだろう。


「何を探しているの?」


突然、空から声がした。


「ううっ!!」


俺が空を見上げると、ちょうど俺の車が停止している場所の、3メートルくらい真上の空中に、さっき確かに車で轢いたはずの少女が、フワリと浮かんでいた。

少女は黒いアンティークのドレスを着ており、髪は黒髪で、ウェーブがかかったセミロング。

そして、何より特徴的なのは、鋭く冷たく光るその目であり、右目の下には、ぽつんと泣きぼくろがあった。

奇妙な事に、雨中の空に浮かんでいるにも関わらず、その少女の髪の毛や、身体を覆うドレス風の服には、濡れている様子がまったく無かった。

俺はさすがに驚いたが、すぐに気を取り直し、幽霊なんているわけがない、これは何かのトリックなんだと、強く心に言い聞かせた。

そして、足元に転がっていた石ころを拾い上げると、それを、宙に浮かぶ少女に向かって投げつけ、大声で叫んだ。


「この、インチキ幽霊めっ!!俺は騙されないぞ!舐めた真似を、するんじゃねえ!!」


案の定、俺が投げつけた石は、空中に浮かぶ少女の身体を、そのままスッと通過すると、放物線を描きつつ、彼女の背後の道路にポトリと落ちた。

その水音をたてて、道路に落ちた小石を、横目で見つつ、俺は勝ち誇ったみたいに怒鳴り声を上げた。


「ふんっ!やっぱりバーチャルなんとか何だな!!どうせ、どこかに機械を隠してて、それを使って映像を見せてるんだろっ!?分かってるんだからな!!」


空中に浮かぶ少女は、そこから鋭く無慈悲な目で、俺を見下ろしていたが、やがて、ゾッとする様な冷たい声で言った。


「あなたは、あの赤い車の運転手じゃない。でも、何だか、悪い人みたいね。無関係な人間を殺す気は無かったけれど、あなたには特別に死んでもらおうかしら」


その声を聞いた俺は、鼻で笑った。


「はんっ!ただの映像が、何言ってやがる!?今から、機械を操作している奴らを、見つけ出してやるからな!!覚悟しやがれっ!!」


「私、赤い車が、大嫌い」


空中に浮かぶ、幽霊少女の目が、妖しく光った。

それと同時に、俺の背後で、メキメキと異様な音が鳴り響いた。

思わず俺は後ろを振り返ると、恐怖と驚きで、大きく目を見開いた。

俺の車が、くしゃくしゃに丸められているー。

そう、まるで、鼻をかんだ後のティッシュのように。

車体がめくれ、タイヤはパンクし、窓ガラスは粉々に砕け散り、エンジンは紙の箱のように潰れ、ワイパーは変形していく。

油が断続的に、ピュッピュッと吹き出し、極限まで圧力をかけられた部品が、バチバチと火花を散らす。

そうして、鋼鉄で出来ているはずの俺の車は、いともたやすくボール状に丸められ、あっという間に人の頭ぐらいに圧縮された、シュウシュウと白煙を上げる、醜く黒い金属の塊と化していた。


「うわああああああーっ!!」


この現実離れした光景を目撃した俺は、パニックを起こし、大声で叫び続けた。


「こ、これはトリックだ!!何かのトリップなんだ!!」


俺は、少しでも正気を保つ為に、必死に叫んだ。

だがもはや、そんな言葉に何の意味も無い事は、俺自身、良く解っていた。

トリックであれなんであれ、目の前にいるこの少女が、俺を瞬時に抹殺できるだけの、力を持っている事は、間違いないのだ。

俺は少女に背を向けると、脱兎のごとく、逃げ出そうとした。

その、瞬間だった。

俺の右肩に、激痛が走った。


「ぎゃあああーっ!!!」


大きな悲鳴を上げる、俺。

右肩の骨が、目に見えない力によって、粉々に砕けたのだ。

続いて、左肩にも激痛が走る。


「うぎゃああーっ!!!」


左肩の骨も砕かれた俺は、獣のような叫び声を上げながら、それでも必死に逃げようとした。

肩が砕かれた両腕をだらりと下げて、目から涙をポロポロと流し、降りしきる雨の中をよたよたと走りながら、少しでも幽霊少女から遠ざかろうとする。

だが今度は、両膝に同時に激痛が走った。


「ぎゃあああーっ!!!」


無惨にも、両膝の骨を同時に砕かれた俺は、たまらず路上に崩れ落ちた。

アスファルトの上に両膝を落とし、涙を流しながら直立の姿勢で地面に跪く俺は、まるで処刑場に引き出された、罪人のようだった。

もはや、激痛のあまり、悲鳴を上げることすら出来ない。

そんな俺は、その姿勢のままー。


(トリック、トリック、トリック)


何故か、頭の中で、何度も呪文の様に、同じ言葉を唱え続ける。

全く意味の無い言葉を、涙を流しながらー。

そうして、少しでも何かにすがりつかなければ、恐怖と苦痛で、俺が発狂してしまうだろう事は、確実だったからだ。


(トリック、トリック、トリック、トリック、トリックー)


すると、何を思ったかー。

高空に浮かんでいた幽霊少女が、俺の背後から正面へとまわり込み、スーッと俺の目の前まで降りて来た。

宙に浮きながらー。

そして、息がかかりそうなほど近く、俺の顔に自分の顔に近づける。

それから、俺に向かって、低い声でささやいた。


「私の目を見なさい」


俺は、少女の目を見た。

見てしまった。

少女の目は、不自然なほど大きく美しかった。

だが、その瞳は、ガラス玉のように虚ろであった。

そして、その瞳の奥には「死」があった。

そうだ、これはトリックなんかじゃない。

そしてコイツは、この幽霊少女は、絶対に人間なんかじゃない。

生まれて初めてかもしれない、その鋭い洞察と共に、俺の精神は、深い闇の底へと沈んでいった。


[続く]














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