発端 その5
オカルト科学研究会の活動拠点である教室は、旧校舎の二階にある。
今、その教室では、一組の男女が、机に向かい合って座っていた。
一人は、悩みを相談に来た女生徒、鈴木美湖。
そして、彼女の向かい側に座る男子生徒こそ、オカルト科学研究会の会長にして、生徒会長である、護法童司であった。
時刻は放課後、夕日が差し込む窓からは、部活動をする生徒達の声が、微かに聞こえてくる。
ちなみに、オカルト科学研究会には、護法先輩の他に何人か会員はいるのだが、いわゆる幽霊部員で、実質、日常的に活動しているのは、彼のみであった。
「それじゃ、美湖くんは、誰かが面白半分に、椎名先生の亡くなったお嬢さんが、件の幽霊少女だという噂を流していると思うんだね」
護法先輩の言葉に、コクリとうなずく、鈴木美湖。
「そうです。オカ研の会長の先輩には申し訳ないですけど、幽霊なんているわけありません。偶然起こった事故を、幽霊のせいにして、面白がってるんです。ひどいと思います」
「ふむっ」
護法先輩は、鼻からずり下がった眼鏡を、指でクイっと直した。
眼鏡のサイズが、合っていないのだ。
せっかく直しても、また、すぐにずれてしまう。
「君の考え方は、決して悪くはないと思う。だが、人の噂にも、一定の真実が含まれている事が多いのも、また確かだ」
「どういう事です?」
護法先輩は、机の向こう側に座る美湖の目を、じっと見つめると、言葉を続けた。
「僕は、自分で言うのもなんだが、合理的な人間だ。そんな僕が、オカルトを研究しようと思ったのは、不合理なものに対して、強い疑問を持っていたからなんだ。それに君も知っての通り、僕の家は古い神社でね。様々な古臭い因習を、代々伝えていて、それに反発する気持ちもあった。でもね、美湖くん。僕は、オカルトを研究しつつ、更に自分自身が様々な体験をする内に、この世には、人智を超えた不可思議な現象が、確かに存在すると思う様になったんだ」
護法の言葉に、美湖は反発した。
「じゃあ、先輩は、幽霊少女の正体は、やっぱり、椎名先生の娘さんだって言うんですか?」
護法先輩は、首を振って答える。
「そうは、言ってないよ。僕が言いたいのは、たとえ不可思議な現象に見えたとしても、それを頭から否定せず、色々な可能性を考えてみないと、真実には辿り着けないという事なんだ。君は、こんな話を知ってるかな?夜の山道で、一人の登山者が、大きなリュックを背負い歩いていた。すると、彼の背後から、何か巨大な怪物の影の様なものが、追いかけて来たんだ。驚いたその男は、必死に山道を走って逃げた。だが、逃げても逃げても、件の怪物は追いかけて来る。とうとう男は、力尽きて、道の上に倒れ込んでしまった。その時、男のリュックから、灯りのついた懐中電灯が、転がり落ちた。何の事はない。男がそれから必死に逃げようとしていた、件の怪物の正体は、男が背負ったリュックに入っていた、点きっぱなしの懐中電灯の光が、リュックから漏れ出て出来た、彼自身の影だったんだ」
美湖は、護法先輩の話を聞くと、顔をうつ向かせ、少し間を置いてから言った。
「誰かが、自分の目的を果たす為に、幽霊の仕業に見せかけた事件を、起こしているって事ですか?例えば、立体映像とかを使ってー」
護法先輩は、また鼻からずり下がってしまった眼鏡の位置を、もう一度、指でクイッと直すと、美湖に答えた。
「君は、やっぱり頭がいいな。まぁ、そういう可能性もあるって事だ」
ちゃんとした眼鏡を買えばいいのにと、鈴木美湖は思った。
[続く]