発端 その4
「ねぇ、聞いた?また、赤い車の少女が、現れたんだって」
「やっぱり、それってー」
教室の中を飛び交う噂話を聞いて、わたしは、すごく嫌な気持ちになった。
わたしの名前は、鈴木美湖。
この中学校に通う女生徒だ。
わたしの通う中学校では、少し前から「赤い車の少女」という怪談話が流行っており、放課後の教室は、今日もその話題で持ち切りだった。
それは、雨の日に走る赤い車の前に、交通事故によって亡くなった、少女の幽霊が現れるという、如何にもありがちな怪談話なのだが、既に数十台の車が被害に遭っており、車に乗っていた人達の中には、怪我をした人もいるらしかった。
だが、わたし達の学校で、その怪談が流行っているのには、話の内容自体とは別に、実はもう一つ、特別な理由があった。
それは、わたし達のクラスの担任である、椎名先生の存在だ。
実は、先生の一人娘である、よしこさんが、三ヶ月前に交通事故で亡くなっているのだ。
それも、ひき逃げによる事故で、犯人は、いまだに捕まっていない。
これは、本当の事かどうかは分からないのだが、そのひき逃げをした車は、赤い色だったという。
そして、前述した、赤い車の少女の事件が起き始めたのが、約三ヶ月前。
無責任な誰かによって、この二つの出来事は結びつけられ、いつの間にか、赤い車を襲う幽霊少女の正体は、死んだ先生の娘だという事になり、赤い車の少女の事件が起こる度に、学校中を、尾ひれがついた酷い噂が飛び交うようになってしまった。
本当に、ひどい話だと思う。
椎名先生の心情を思うと、わたしの胸は痛くなった。
この噂話は、おそらく椎名先生の耳にも、届いているに違いない。
一人娘を理不尽な事故で失い、その上、その娘が幽霊となって、車を襲う事件を起こしているだなんて、酷い噂を立てられているのだ。
見かけは普段通りに振る舞ってはいるが、先生の心の中は、悲しみと怒りでいっぱいの筈だ。
わたしは、無責任な噂を流した人間、そしてそれに便乗して噂話に興じるクラスメイト達にも、強い怒りを覚えた。
肉親を失った悲しみは、誰にも癒す事は出来ないだろう。
ましてや、理不尽な死に方をしたのなら、尚更だ。
せめて、口をつぐんで、静かに見守るのが、その人の周りにいる人間の、すべき事ではないのか。
椎名先生には、よしこちゃんの死を静かに悼む権利がある。
椎名先生は、優しくて、本当にいい先生なのだ。
鈍太郎なんかは、椎名先生の事を、横暴だとか悪口を言ってるけど、授業中にいきなり立ち上がって、奇声を上げれば、怒られるのは当たり前だ。
鈍太郎は本当に、子供でバカだ。
まるで自分を、客観視できていない。
あいつと、幼馴染なんだと思うと、涙が出る。
一学年しか違わないのに、護法先輩とは雲泥の差だ。
わたしは、ふと、ある人物の事を、頭に思い浮かべた。
わたしが、この学校で、一番、信頼する人物だ。
「そうだ。護法先輩に、相談してみよう」
護法先輩は、この学校の生徒会長であり、全国模試で常に一位という、物凄い秀才少年だ。
そして「オカルト科学研究会」という、おかしな名前の同好会の代表でもあった。
[続く]