幽霊との邂逅 その4
鈍太郎は、案外、簡単に見つかった。
彼は、市営地下鉄の駅の出入り口の前に、自転車を停めて、道行く人々に、何かチラシのようなものを配っていた。
いわゆる、街頭活動というやつだ。
おそらく、町のあちこちで活動していたのだろう、彼の自慢の自転車は、泥と埃にまみれ、鈍太郎自身も、疲労困憊した様子であった。
「何してるんだ、アイツ?」
首を傾げる、わたしの足元に、誰かが捨てたものだろう、鈍太郎が配っているチラシが、一枚、風に乗って運ばれて来た。
そのチラシを拾って見た、わたしは、びっくりしてしまった。
それは手書きの原紙を、おそらく、コンビニとかでコピーして作った、粗悪なチラシであった。
そして、そのチラシの内容は、約三カ月前に発生した、赤い車が起こした轢き逃げ事故に対する、情報提供を呼びかけるものであった。
「これって、よしこちゃんが被害者の、事故の事だよね」
そのチラシには、轢き逃げ事故が約三カ月前に起こった事、被害者がまだ幼い少女である事、事故が起こった時間帯、そして事故現場となった公園の名称などが、下手くそな赤い車のイラストと共に記載されており、連絡先として鈍太郎の携帯電話番号が載っていた。
そして記載内容から考えて、間違いなくこれは、椎名先生の娘、よしこちゃんの命を奪った、件の轢き逃げ事故に関して、情報提供を呼びかける為に作られたものであった。
「でも、なんで、鈍太郎が?」
あんなに、椎名先生の事、嫌ってたのに。
なんだかんだ言って、先生の力になりたいと、心の底では思っていたのか。
わたしは、鈍太郎の真意を確かめる為に、彼に声をかけてみる事にした。
「女の子を轢き逃げした、赤い車を、捜しています!!」
「情報提供を、お願いします!!」
「ご協力を、お願いしまーす!!」
懸命に声を張り上げ、通行人にチラシを配る、鈍太郎。
その必死な様子と、彼が眼帯を付け、腕に包帯を巻いている事から、彼自身も、事故の被害者と思われ、同情を集めたらしく、通行人の多くが、鈍太郎の配るチラシを受け取っていた。
もちろん、無視して通り過ぎる人も多かったが、中には自ら鈍太郎にチラシをくれるように求め、受け取ると、それにジッと見入る人もいた。
必死だ。
必死としか、言いようがない。
彼は目を血走らせ、大きな声を張り上げて、鬼気迫る表情で、道行く人にチラシを配り続けている。
まるで、自分の命が、かかっているかのようだ。
わたしは、強烈な違和感を覚えた。
鈍太郎は、他人の為に、こんなに一生懸命になれる奴だったのか。
だとしたら、わたしは自分の鈍太郎に対する評価を、大いに改めねばならないだろう。
わたしは、チラシを配る鈍太郎の背後にそっと近づき、彼に声を掛けた。
「鈍太郎。あんた一体、何してるの?」
わたしの声を聞いたとたん、鈍太郎はエビのように背中をピンと張り、空中に飛び上がって、悲鳴を上げた。
「今、捜してますっ!!必ず、見つけますからぁーっ!!」
んっ?
何、言ってるんだろ、コイツ?
鈍太郎は悲鳴を上げた後、怯えた顔で後ろを振り返ったが、声を掛けたのが、わたしだと分かると、途端に脱力したような表情になって、吐き捨てるみたいに言った。
「なんだ、美湖か。びっくりさせんなよ」
そして、わたしの事などまるで眼中にないかの様に、こちらに背を向けると、再びチラシ配りを始める。
コイツ、人が心配してやってるのに、どういうつもりだ。
わたしは、内心ひどくムカついたが、その気持ちを何とか抑え、鈍太郎を問いただした。
「鈍太郎、これって、椎名先生の子供の、よしこちゃんの為にしている事だよね。すごく偉いと思うけど、学校を休んでまでやるのは、どうかと思うよ。椎名先生も、かえって負担に感じると思うし、学校が終わった放課後に、やればいいじゃん。放課後なら、わたしも手伝うよ」
鈍太郎は、わたしの話をしばらくの間、無言で聞いていたが、やがて、ガックリと腰を落として、しゃがみ込み、膝を抱えた。
そして、なんと、さめざめと泣き始めた。
わたしは、びっくりして、鈍太郎に尋ねた。
「どうしたの、鈍太郎?お腹、痛いの?」
「こ、こんなんじゃ、赤い車なんて、見つけられない。ううっ、ダメだ!俺は、あの女にー。幽霊少女に、殺されるんだっ!」
鈍太郎は、何故かわたしに、訳の分からない事を言った。
チラシを手にしたまま、路上にしゃがみ込んだ彼は、頭を抱えつつ、涙をダラダラと流しており、鼻水も出ている。
「ちょっと、幽霊って何の事っ?まさか、あんたまで、変な噂を流してるんじゃ?」
違うよ、そんなんじゃない」
鈍太郎は泣きながら、わたしに向かって、左腕を差し出した。
彼の左手の甲には、数字の6を三つ組み合わせたような、奇怪な紋章があった。
[続く]