表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

Chapter6 アイドル

「転校生を紹介します」


 教員の明朗な声がクラスに響いた。


 手続きの詳細は不明だが、潤香がぼくの高校へ転校してきた。学校に一緒に通う、という宣言通りだ。


「川村潤香です。よろしく」

 

 教室が色めきたつ。「かわいい」と方々から声が飛んだ。まだアイドルとして駆け出しだから、知名度は今一つでも、彼女の持つ美貌は自明(じめい)だった。


 転校生という存在に対する興奮の余韻を残しながら、授業がはじまった。そして坂を転がるように、あっという間に放課後になる。


「君は何の部活に入ってるの?」

「アイドル研究部」

「そこに案内して。私が全員を骨抜きにする」

「心配だな……」


 教室を出たあと、潤香の要望で、部室棟の一階にあるアイドル研究部まで移動した。部員は、ぼくを入れて三人。あとの二人は、それぞれ部長と副部長で、両名とも三年の女性徒だ。


 ノックのあと、六畳一間の部室に入る。事前に転校の情報を掴んでいたのか、扉を開けた瞬間、二人とも席を立ち、潤香に駆け寄ってくる。


「本物の川村潤香ちゃんだ! 小っちゃくてかわいい!」


 副部長が嬌声を上げた。部室にはアイドルのDVDとポスター、サイリウムなどのグッズが所狭しと置かれていた。


「やっぱり違うね、私たちとは」

「私は芸能人の卵。オーロラがある」

「オーラね、それと引き換えに語彙力を失ってるから」

「そんなことない。私は生き字引で君は生き地獄」


 誰が生き地獄だ。


「二人は面識があるの? 五味君が潤香ちゃんのファンなのは知ってるけど」

「色々とあったんです」

「何度も一夜をともに過ごした仲」

「……本当なの? 五味(ゴミ)君」

「早速ゴミ扱いされてるんですけど」

 

 誤解を解いたあと、脇でぼくたちの会話を見守っていた部長が口を開いた。が、聞き取れない。部長は極端に声が小さかった。

 

「何て言ってるんですか?」

「よろしく、って言ってるよ」


 こういうとき、ぼくはいつも副部長に助けを求める。彼女は部長の小声を通訳するエキスパートだった。目は山なりで、髪色はアッシュブラウンだ。身長は百六十五センチくらいで、部長と並ぶと、身長差が目立つ。部長は背が小さく、潤香に負けじ劣らず、小動物の印象がある。流麗で、しなるような黒髪が目を惹いた。

 

 また部長の口が動く。音はない。


「何て言ったの?」


 潤香が通訳の副部長を見た。


「くつろいでいってね、って。貴重品とか全部置いてって」

「いや、そんなこと言ってないですよね、絶対」


 副部長がいたずらに微笑む。


 部室を出たあと、渡り廊下で潤香が急に立ち止まった。空を見上げて、どこか遠くへ思いを馳せるみたいに。


「どうしたの?」

「幽霊も悪霊も校舎にいない」

「いや、その方がいいと思うけど」

「私はこのエリアに来たばかり。なのにおかしい。この近辺は魂の残留が極端に少ない」

 

 めずらしく潤香が神妙な顔をして言う。


「私以外にも近くに死神がいる」

「え?」

「君のことを狙うかもしれない」

 



 *****

 


 

 週末、鈴葉からの連絡を受け、彼女の父親に事務所への所属を直談判することになった。彼女は弓道部の練習で来られないというから、話が違う。


 事務所の応接室に通され、革張りのソファに腰かける。鈴葉の父親と、マネージャーらしき女性が目の前にいる。


 潤香もぼくの隣に座った。表情はなかった。その水槽は、透明からかけ離れている。


「川村潤香ちゃんだね?」


 鈴葉の父親が口火を切った。潤香が顎を引く。


「五味君の親戚って本当かな」

「本当です」


 鈴葉の父親はグレーヘアで痩せている。相手を射るような鋭い視線は、娘とそっくりだった。


「ソロで活動していたと聞いてるが、君はどうしてアイドルに?」


 潤香は少し間を取って、質問に答える。


「昔、アイドル好きな知人がいた。推しについて話す彼女はいつも幸せそうだった。でも彼女の身に不幸があったとき、私は何もしてあげられなかった」

「不幸とは?」

「普通の生活が送れなくなった」


 多分、幽霊になったのだ。ぼくは潤香の言葉を思い出す。「前にも君みたいな子と出会ったことがある」


 思えば、ぼくは潤香について何も知らない。


「私は自分の無力を実感した。物理的な力の限界を知ったから、別のアプローチを考えた」

「それがアイドルだったんだね」

「アイドルになれば、もっと多くの人を救えると思った」

「君はそのために全てを犠牲にする覚悟が?」

「うん、私の魂まで捧げる」


 ソファとソファの間にあるテーブルの上に、契約書が用意される。隣に添えられたペンを持ち、潤香がその場でサインをした。


「せっかくだから事務所を見学していくといい。私たちはもうファミリーだ」

「うん」

「それに、五味君とも違う意味(・・・・)でもそうなるかもれない」

「こっち見ないでください……」

 

 鈴葉の父親と隣の女性に一礼し、退室した。


 廊下に出ると、迷子になった。潤香が音の鳴る方へ駆けていくので、ついていく。辿り着いたのは、レッスン室のような場所だ。


 両開きの扉を潤香が開ける。


 簡素な部屋で、前面が鏡張りになっていた。レッスン着の女性がダンスの振り付けを確認していた。ぼくたちに気が付くと、招き入れるような仕草をする。


 会釈をして、部屋の中に入った。天井の照明が多い。


「あなたたち新しい研究生?」

「うん」

「私は鹿児(かこ)未来みらい。まだデビュー前のグループで活動しているの」

「川村潤香。ソロで少しだけ地下アイドルやってた」

「よろしくね」

 

 未来さんは人当たりのいい笑みを浮かべていた。笑うと頬にベイゴマを押しあてたような笑窪ができる。八重歯で、少し大人びた雰囲気があった。大学生かもしれない。


「二人ともかわいいね。よかったら、私のグループに入らない?」

「あ、ぼくはだたの付き添いです」


 未来さんが目を細めた。ぼくを見て、表情の均整が少し崩れているような気がする。理由はわからない。ぼくたちは初対面だ。


「五味修人って言います」

「そうなんだ。修香ちゃんも今からアイドル目指さない?」

「目指しません」

「かわいいし、ぼくっ子だし、才能あると思ったのに」


 未来さんが項垂れた。多分、女性だと思われている。というか、名前も間違われている。


「潤香ちゃんはどう?」

「私はソロ」

「そっか、残念。でも、同じ事務所の仲間としてこれからよろしくね」


 また未来さんの視線がぼくを刺す。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ