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Chapter3 真相

「ただいま」

「おかえり」

「ふぅ今日も疲れたよ……って何でいるのさ」

「君の家って居心地がいいから」


 案の定というべきか、ソファに川村潤香がいる。ゴムカバーのスマホを持って寝そべっていた。不可解なことに、床に何台ものスマホが落ちている。


「ずっと何してたの?」

「スマホめんこ」

「……そんな遊びはこの世に存在しない」


 潤香ちゃんが手にしたスマホを床に叩きつける。


「君もやる?」

「やらない、早く出ていって」


 ぼくは言う。どうしたものか、と指で頬を掻こうとした。だけど感触がなかった。


「あれ、まただ」


 右手の人差し指を見つめる。ぼんやりとした輪郭はあるものの、ほとんど透明に見える。


「どうしたの?」

「いやありえないんだけど、指が透明になってる気がして」

「それは私のせい」


 わけがわからず、首を傾げる。


「言い忘れてたけど、君はもう死んでる。あのときトラックとぶつかった」


 言葉を失った。潤香ちゃんがソファから立ち上がる。


 正確には、上半身だけを起こしていた。後ろ髪がソファに押し付けられていたせいで、割り箸のささくれみたいに跳ねている。


「……どういうこと?」

「多分、死因は全身打撲」

「トラックとはぶつかってない」

「それは君がそう思いたいだけ。ただ、どのタイミングで、君の魂と肉体が分離したかは正直わからない。現場には遺体も血もなかった。君の肉体はトラックとの衝突で何十メートルも吹き飛ばされた可能性が高い。途中で分離した魂だけが霊となって、私たちがはじめて会った場所に降り立った」


 潤香ちゃんの声があまりにも平坦で希薄だったから、ほとんど、内的な波及を受けなかった。知らない映画の考察を聞いているような、そういう感覚だ。


「それに、君の魂は霊力が強すぎて普通の人間と遜色ないレベルで可視化できる。これもイレギュラー。だから最初、私は君が死んでることに気が付かなかった」

「でもぼくは今ここに……」

「魂には肉体の残滓があるから、同じ輪郭を持っている。だけど確実に、君は実体を失っている。実際、私の力なしでは人間社会にいられない」


 潤香ちゃんが、手の平をぱっと開く。マジシャンが力を解くときの仕草に似ている。右手首から先が透明になった。


「うわ!」


 思わずのけぞった。右手が消えたのだ。


「私が力を少し弱めるだけで、輪郭が消える。つまり幽霊」


 少しずつ、言葉の意味が実感として固着した。患部の判然としない痛みがある。まるで身体がバラバラに裂かれたみたいに。


「これが今の君」

「じゃあ、本当に……?」

「君はあのときトラックに轢かれて死んだ」

「そんな……」

「私は死神として君の魂を回収するためここにいる。死後も、何らかの原因で君の魂は浮上せず、この世に残留している」

「何らかの原因って?」

「つまり未練」


 かつて推しだった潤香ちゃんの瞳がぼくを捉える。その瞳にぼくは心惹かれたのだ。答えを探す必要もなかった。


「何か心当たりは?」

 

 ぼくは、鈴葉との会話を思い出す。「実はさ」


「推しがいつか大きなステージでライブするのを夢見てたんだ」

「推し?」

「潤香ちゃんのこと」


 彼女の表情がめずらしく揺れた。

 

「でも私のことはもう好きじゃないはず」

「蛙化したからね」


 もう好きでもないのに、幽霊のぼくは彼女によってこの地に縛られ、そんなぼくによって、死神の彼女はこの地に縛られている。


 ぼくたちのいびつな関係はこうしてはじまった——。

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