4、ピンチは金で解決
オーリはポケットから小ぶりな丸いものを取り出し、王子めがけて投げた。ひとつではなく、いくつもいくつも。
ゆるい放物線を描いたそれらは、膨れ上がった魔力の塊にぽこんとぶつかり。
ギュル、と魔力を吸い込んだ。
「なっ!?」
「なんですの!」
「何が起きている……」
ぽん、ぽこ、ぽんぽん。
ひとつ、ふたつみっつよっつ……。
丸いものがぶつかるごとに、魔力がュルギュル吸い込まれていく。
そして放り投げたものがすべて床に転がったころには、爆発寸前の魔力の塊が、掻き消えていた。
それと同時に、王子の体は糸が切れたようにぐらりとかしぐ。
「セイトーハ様っ」
駆け寄った聖女だが、成人男性である王子を支えきれず、いっしょになって床に倒れ込む。
「聖女様、王子! うわっ!?」
助けようと足を踏み出した騎士は、何かを踏みつけて滑りこけた。
踏んだのは、床に転がる丸いもの。オーリの投げたそれは、はじめより二回りほどふくれてみえる。
「いやあ、買ってて良かった魔貯栗!」
聖女は王子抱えて座り込み、騎士はすべって転んで目を白黒させている。
混沌とする一同を前に、オーリはひとり「良い仕事をした!」と笑いながら転がるそれらを拾い集める。
「……オーリ、それは何なんだ。危険はないのか?」
おそるおそる、といった様子でたずねたのはフィビンだ。
「これはね、果てと人の領域の境目に生える植物の実なんだ。そんなところに行く人間がいないから名前は無いんだけど」
名前はないと言いながら、ゲームの中では魔貯栗と呼ばれていたことをオーリは覚えていた。
というかたまたま見かけて思いだしたので、魔王対策として人を雇って拾いに行かせたのである。危険手当が高かった。
「境目にそんなものがあったとは……貴重なものなのだろう。手伝おう」
いっしょに拾い始めたフィビンにオーリはにっこり。
「まだまだ予備はあるから、安心して! 金にものを言わせて集めたものだから、売るほどあるよ!」
とはいえ、知名度ほぼゼロの木の実なんて売れるわけがない。食べられないし。
この木の実は、黒く膨れたときに価値が生まれるのだ。
「これね、この黒くなったのを拾って売ると良い値がつくから、拾って。拾ったぶんはフィビンのものにして良いから!」
知名度がほぼゼロといったけれど、完全にないわけではない。
ごく稀に、魔力を宿した石として市場に出回ることがある。そしてそれは珍しさと魔力源としての優秀さゆえに、高く売れるのです!(おぼろげなゲーム知識より)。
「そうか。何にせよ、助かった」
「はぅあ!」
イケメンクール勇者の不意の笑顔!
極秘スチルでしか見られないその笑顔が! いま、ここに!!!!
オーリの胸に「課金しなきゃ」という思いが湧き上がる。
なにせヒロインポジで推しのスチルを見ているのだ。生スチル。課金しないわけにはいかない。
「フィビン、これあげる!」
「なに、骨……?」
溢れる気持ちのまま、鞄から取り出したものをフィビンに突き出した。
素直に受け取るイケメン不憫勇者かわいい。
受け取ってから、それが白く乾いた骨だって気づいて顔を顰めるフィビンかわいい!
「そう、空魚っていう動物の骨。丸くて面白いでしょ? 魔王は実体を持たないから、生物に入る習性があるっぽいんだよね。だから中が空っぽの骨を持ってれば、魔王に憑かれることもない。はず!」
確証はない。
だけど不憫勇者が魔王に体を乗っ取られないようにするには。どうしたら良いか。今日まで考え続けてたどり着いた答えは、魔王を発生させないことと、身代わりを用意することだけ。
魔王が現れないのが一番だったけれど、出てきてしまったからには仕方ない。
「はいこれ、騎士の人と聖女さまも持って!」
「え、あの」
「ええと、これはどうしたら……?」
倒れた王子を介抱するふたりにも、空魚の骨を渡す。
「聖女さまと王子の愛の力で魔王を浄化してもらいます! その時、魔王が他の人に乗り移ろうとしたら大変なので、この骨はその時のための保険です」
「えっ、愛!?」
真っ赤になった聖女さま、眼福である。
「ええ、愛です。さあさあ、王子を助けたい思いを込めて、チュッとやっちゃってください!」
「ちゅ、チュッと!?」
聖女さまの顔がさらに赤くなる。
でもその顔が視たくて言ったわけじゃない。ちゃんとゲームの記憶に基づいた話なのだ。
ゲームの中では聖女に心惹かれる勇者が、王子と聖女が恋仲であることに心を痛めていた。その心のすき間に魔王が入り込んで、哀れな勇者たんは操られてしまうのである。ああ、初恋すらかなわないなんて、不憫かわいい!
最強の勇者の体で暴れる魔王は強くて、それを倒すために聖女と王子はますます結束を強めて。
聖女と王子は心がひとつにすることで、ふたりの愛で聖なる力が強まるのだ。
そしてその力で魔王を浄化できるのだけど、そのときにはもう勇者は無理な力を振るった代償で虫の息になっていて……あああああ、なんて不憫な勇者たん!
今わの際に見る光景は、初恋の人とその愛しい人とが互いを抱きしめ合う姿だなんて!
そりゃあ生きる気力も無くなるってものでしょうよ! 私がそばにいるこの世界では、そんな不憫な最後は迎えさせませんとも! ちょっと初恋が砕けるけど、そこは我慢してもらわねば。
「フィビン、失恋したらやけ酒に付き合ったげるから!」
「はあ? おい、何を」
「さあさ、聖女さま、いっちゃってー!」
何か言ってるフィビンの話はあとで聞くとして。あわあわする聖女さまの背中をどーんと押し(物理)、ひざに寝かせた王子のほうへ押し倒す。
ばっちり、ふたりの唇がぶつかった。その瞬間。
ドッと光があふれる。その中心にいるのは、聖女と王子。
ギィッ!
声にならない声をあげて、王子の体から黒いものが噴き出す。
魔王だ。
「フィビン、斬って!」
「っあとで色々聞くからな!」
言いつつも即座に抜刀したフィビンが、聖剣をふるう。
瞬く間もなく黒く澱んだ魔王は両断され、聖女と王子から発される光に溶けて、消えた。
「やった……のか? 手応えはあったが」
「聖女さま、魔王の気配感じる?」
警戒をとかないままつぶやくフィビンを横目に、オーリは聖女さまに声をかける。
「いいえ……恐らく、ですが。魔王は消滅しました」
信じられない、と言いたげな聖女のひざで「う……」と王子が身じろいだ。
ゆるゆると目を開き、聖女のひざを枕に寝ていたことに気が付くなり赤面している。
どうやら魔王に取りつかれた後遺症のようなものはないようだ。
恥じらう聖女も元気そう。
不憫勇者であるフィビンも、擦り傷ひとつない。
「よぉっし! 万事解決! ハッピーエンド!」
危惧していた未来を塗り変えられた達成感にガッツポーズ。
自分へのご褒美に城下で人気のスイーツを食べに行っちゃおう、といそいそ天馬の元へ向かった。のだけれど。
がしり。首ねっこを掴んで止められた。