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3、勇者と王子と聖女様と

 フィビンはたいそう機嫌が悪かった。

 王城の片隅に着くなり、オーリに置き去りにされたのだ。

 てっきりオーリもそばに居てくれるものと思っていたのに、フィビンが天馬から降りるなりふたたび空へと飛び立ったのだ。「あとで迎えに来るね~」と呑気な声とはじける笑顔を置き土産にして。


 フィビンはすぐに追いかけようとしたのだが、城の兵士に見つかってしまったのだ。

 面倒ごとの気配しか感じなかったため即座に否定したのだが、兵士いわく聖剣を持つものは勇者だけ。そして王都の住民で聖剣を見間違うものはいない、とまで言われて逃げられなかった。

 そのせいでオーリとはぐれたまま。おかげで気分はだだ下がり。


 そこから有無を言わさず連れて来られたのは、王子の執務室。

 立派なソファに腰かけているのは、まばゆい金髪を短く整えた美青年だ。緑の瞳が新緑のようにきらめきながら、フィビンを出迎えた。


「ようやく会えたな、勇者よ。私はオウドゥノ王家の第一王子、セイトーハだ」

「……は」

「そなたは寡黙だなあ。ああ、キヨラ。彼が勇者フィビンだよ。当代の聖剣の持ち主だ」


 朗らかに笑った王子は、となりの女性に目を向ける。


「あなたが勇者様ですのね。風の噂に聞いております。人の領域に迫る魔物と単身、戦ってくださっているとのこと。わたくしは聖女、キヨラと申します。同じ聖なる力を授かった者同士、力を合わせて民を守りましょうね」


 女性が微笑んだ瞬間、あたりにさわやかな風が吹いたかのよう。

 小首をかしげる動作に合わせて、ピンクゴールドの髪が輪郭をなぞる。やわらかく細められた桃色の瞳は慈愛に満ちて、見る者の心を惹きつける。

 部屋の隅にひかえる護衛の騎士ですら、思わず目を奪われる輝かんばかりの麗しさ。


 であるが、フィビンにしてみれば、オーリ以外はただの他人。

 家族や村の住人ですらない段階で、どれほど美しかろうがどれほど地位があろうが、興味の対象にはなり得ない。


「は」


 あまりにも短い、返事ともとれない返事をしたきり、かしこまった風に視線を下げてフィビンはだんまり。

 本音は「さっさと退室してオーリを探しに行きたい」だ。


 室内に落ちた沈黙をすくいあげるように、キヨラが口を開く。


「あなたとわたくしは同じ年齢だと聞きました。そう畏まらず、対等にお話をしたいのですけれど」

「対等というなら、ひとつ聞きたい」


 ぎょっとしたのは護衛の騎士だけではなかった。

 王子も、聖女も目を丸くしたが、フィビンは構わない。


「魔王は現れているか?」

「え、ええ。おそらく、ですが。いまだ目撃情報はありませんが、感じるのです。恐ろしい魔王が蠢く気配があると」

「ちっ」


 思わずこぼれた舌打ちに、室内の空気が凍りつく。


「こ、こいつ、王子と聖女様の前で舌打ちを!? なんという不敬!」

「いやいや、騎士よ。今のはきっと故意ではないのだ。ほら、あるだろう? うっかり舌がなってしまうことが!」

「ええ、ええ、そうです。ありますとも。そんな時に限っていやに音が響いてしまうことなんて、誰しもあることです!」


 護衛の騎士が何やら騒ぎ、王子と聖女もわあわあと話しているが、フィビンにはどうでも良かった。

 魔王がいないのであれば、このままオーリを探しに行こうと思っていた。

 そして「魔王はいないから、ふたりでデートしよう」と告げるつもりだったのだ。


 けれど邪魔する者がいるのならば、斬り伏せるまでだ。たとえそれが魔王であろうとも。


「魔王はどこにいる」

「えっ、ええと。それはわかりかねます。魔王が出現していることは分かるのですが、力がまだ弱いのか、存在をとらえられないのです……」


 なんともふわふわした聖女の答えに、ふたたび舌打ちが出そうになったとき。

 ぞわっと背中の毛を逆立てさせる気配を感じて、フィビンは身構えた。

 となりでは同じく何かを感じ取ったのだろう、聖女が不安げに視線をさまよわせている。


「どうしたんだ? ふたりとも」


 王子がふしぎそうに瞬く、そのとなりに。

 ゆらりと浮かび上がる影がある。

 黒く澱んだ異形の顔。知らぬはずのその姿に、フィビンは思わず口走っていた。


「魔王!?」

「いけない、セイトーハ様! 逃げてっ」


 聖女も叫ぶが、異形はすでに王子に絡みついている。

 ずぷ、と王子の胸に入り込んだのは、実体を持たないはずの影。

 目を見開いた王子はがくんと前のめりになり、直後。


「はあっは! あはは、あははははははははは!」


 けたたましく笑いながら両手を持ち上げた王子。その手のひらで炎の色をした魔力が渦を巻き、室内の調度品をちりちりと焦がす。

 ふくれあがった魔力が放たれれば、焦げるどころではない。部屋ごと吹き飛ぶだろう。

 止めるためには、魔力源である術者と練り上げられた魔力を切り離さなければならない。


「く……! セイトーハ様、正気に戻ってくださいませ!」

「聖女様、危ないです! お下がりください! ああっ、どうすれば……!」


 けれど相手は一国の王子。

 護衛の騎士も聖女も手を出しあぐね、勇者フィビンもさすがに斬りかかるのをためらっていた。

 他人への関心が薄いとはいえ、平気で人を斬れるほど割り切れてはいない。


 しかし、迷っている間にも王子の両手の魔力は練り上げられていく。

 今や戦い慣れたフィビンでさえ、身を守りきれるか危ういと冷や汗を流すほど。渦巻く魔力に押されて聖女は座り込み、騎士も部屋のすみへと追いやられていた。


 不敬などと言っている場合ではない。

 フィビンが覚悟を決めて、王子の腕を切り落とそうと、聖剣を抜き放ったとき。


「推しのピンチに黙ってられるか〜!」


 珍妙な叫び声とともに窓から飛び込んでくる者があった。

 それはもちろん。


「オーリ!?」


 フィビンが会いたかった相手。けれど、今だけは遠くにいてほしかった。

 どこか遠く、安全な場所に。

 そんなフィビンの気持ちなど知らず、天馬に乗った小柄なその人は王子の前に降り立った。


「危ない、オーリ! 下がってくれ!」

「いけませんわ、天馬の方!」


 濃縮された魔力が室内を吹き荒れ、フィビンと聖女が悲鳴じみた叫び声をあげる。

 緊迫した場に、呑気な声が響いた。


「んっふっふ〜。魔王が王子につくのは想定の範囲内っ!」

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