2、推しを推していると十年なんてあっと言う間
そうだ。私が魔王を倒せば良い。
打ちひしがれ泣き叫ぶ勇者たんのかわいい姿は、前世の記憶容量いっぱいに覚えている。
だから現実では勇者たんがハピハピに暮らせるよう、私が代わりに魔王を倒せば万事オッケー!
……そう思っていた時期が、私にもありました。
金にものを言わせて装備を整え、魔物退治へ向かったのは、勇者たんを思い出した十歳のこと。
しかし悲しいかな。私はどこまでも平凡な令嬢でしかなかった。
大金をちらつかせて引き抜いてきた優秀な師をつけても、剣技はそこそこ。迷い込んだ魔物を追い払う程度なら可能だろうけれど、真っ向からでは勝負にならないと断言された。
「そもそも聖剣が無ければ、魔王なんて太刀打ちのしようもない」
とは、師匠の言。つまり、めちゃくちゃに強い師匠でも聖剣が抜けない以上、魔王に勝てない。
──どうあっても勇者たんを戦わせたいってこと? わかった、受けてたとうじゃない。私がチートに育ててみせる!
そう決意した私は、剣を手に勇者たんの前に降り立った。
男装したのは、身分を隠すためと正体を明かさないため。
一人っ子だから、変人令嬢だなんて言われて婿の来手がないと困るからね! 子々孫々、末長く勇者たんを応援する予定なのだから。
※※※
「十年ってはやいものだなあ」
空を見上げてぼやいた私の後ろで、黒い血柱がどちゅりと上がる。
魔物の群れの最後の一匹が、討伐されたらしい。
倒された魔物が黒煙と化して大気に消えていく。
それをバックにやってきたのは、愛すべき勇者たんだ。
さすがは勇者、磨けば光る原石。
高級装備をやすやすと着こなし、剣を教えればすぐに私の腕前を飛び越えて、師匠の「もう教えることねえわ」を引き出すまで一年足らず。
ゲーム内では故郷滅亡っていう大事件に心を折られて、成長曲線がゆるゆるになってたんだろうね。
そこから着々と実戦を重ねて、無事にチートと化した勇者自身の手で村は守られ、ここ十年で彼の家には弟妹が生まれ、不憫要素はことごとく蹴散らされ中。
「オーリ、終わったぞ」
オーリというのは、私の男装時の偽名。
幼い勇者たんの「オーリおにいちゃん」呼びは、今でも私の心の宝物です。
そんなかわいい勇者フィビンはすくすくと成長して、ずいぶん前から見上げる高さ。
乱れた髪をかきあげ、クールな流し目を向けてくる姿は、前世の記憶のままの不憫勇者そのもの。抜き身の剣を鋭く振り、魔物の残渣を振り払う姿に惚れない人間はいない。
立派に育った推しを前に、しかし正気を失わないでいられる程度には私も成長したのだ。
「おつかれ、フィビン」
名前を呼び捨てにするのだって、よゆーよゆー。
「今日もたくさん魔物を倒したね」
魔物とは、世界の澱が吹き溜まり生まれるもの。 人の住まない果ての地をさまよう亡霊みたいなもの。
時間が経てば劣化して自然にくずれ去るのだけれど、百年ほどの周期で崩壊より澱の溜まるほうがはやい時が来るらしい。
そして大量に溜まった澱から生まれるのが、魔王というわけだ。
魔王が現れると魔物たちは一斉に人間を襲い始める。その周期がちょうど勇者フィビンが十七の年、というのがゲームでの設定だったのだけれど。
「これだけ倒しておけば、魔王も生まれずに済むかも」
「ん」
おわかりいただけるだろうか。
このクール系イケメン勇者、冷めた顔して私の前に身を屈めているのである。
そしてこれ、頭なでなで待ちなのである。
「っあ〜、はいはい。まったくフィビンは。いくつになっても甘えん坊だな!?」
つい乱暴な手つきになってしまうのは、仕方ないと思ってほしい。
だって感情死滅系の淀んだ目のイケメン勇者(前世の最推し)が、無表情はそのままに期待を込めた目で撫でられ待ちしてるんだよ!?
幼い勇者たんをうっかりなでなでして褒めたのが、そのまま十年もねだられ続けるなんて、誰が思うでしょう!
「オーリは甘えん坊、嫌いか?」
「きっ……!?」
撫でられるために身を屈めてからの上目遣い。そして心なしかしょぼんとした眉!
消し飛ぶ。
無理、死ぬ。
来世でまた推させてほしい。
「オーリ?」
「っは! いいや!? 嫌いなわけない!」
勇者たんの至近距離名前呼びによって息を吹き返し、即座に否定を返した私、えらい。
「そうだ、フィビン! 王都に行こう」
えらいけど供給過多で心が爆発四散しそうなので、話題変更をお許しください。
「王都へ?」
「そうそう。一年前に聖女さまが見出されてるでしょ? 彼女なら魔王が現れてるかどうか、わかると思うんだよ。それに、聖剣を持つ勇者としてそろそろ報告に行っておいたほうが良いかなあ、って。ちょっと今からどう?」
ゲームのストーリーではフィビン十歳のときに村が滅んで、保護されて王都住まい。そして復讐のため剣技を身につけるのだけど、そのころにはたくさんの魔物が果ての地からあふれて、迫ってきていた。人間側は必死に抵抗するし勇者たんも奮闘するんだけど、魔王の出現を止められない。
はずだったんだけど。
──順調にあふれた魔物を倒し続けてるから、今のところ何の危機感もないんだよねえ。
ただでさえ強くなる勇者に師匠(王国騎士団の元団長)をつけて、ゲーム中よりはやい七つの頃から鍛えているのだ。そのうえ機動力として、天馬で魔物のところまでひとっ飛び。
力と速さを手に入れたチート勇者によって、人類の脅威は人の元へ辿り着く前に、さくさく倒されている。
おかげでフィビンは王様には会わないままで、聖女様や王子とも面識がないまま。
それってストーリー的にどうなの? というわけで、モブ令嬢である私がおせっかいを焼くことにしたのだ。
「オーリが一緒なら、どこでもついて行く」
「うんうん、よーし。今から行っちゃおう! 聖女様はめちゃくちゃ美人だから、フィビンの初恋がうばわれちゃうかもよ!? 楽しみにしておいて!」
ゲームでは勇者が美しい聖女様(王子と相思相愛)に叶わぬ恋をしてしまうというのは、もちろん内緒だ。
取り返しのつかない不憫は許さないけど、精神的に弱る姿くらい、ちょっと拝みたいと思ってもいいよね!
いそいそと天馬のニコを呼びに向かうオーリの背を追いながら、フィビンは低くつぶやく。
「俺の初恋はとうにあんたが奪ってる」
「えー? フィビン、なにか言ったー?」
天馬の背にまたがり、オーリは首を傾げている。
「なんでもない。そんなに身を乗り出すと、落っこちるぞ」
「あはは! ニコは良い子だから、人を落とすはずないよ。ね、ニコ」
「ブルッヒン!」
もちろん、と答えるように天馬は鳴いた。
この十年の間、フィビンを蹴飛ばそうとしたことは、数えきれないほどだというのに。もちろん、オーリの目を盗んでの行動だから、この天馬はずいぶんと性格が悪いと、フィビンは知っている。
「オーリが言うなら、そうなんだろうな」
「ブルルッ……」
そして、オーリの前では嫌いなフィビンのことも振り落とさないと知っていて、相乗りする自分の性格が悪いことも、もちろん知っていた。




