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第6話 美少女魔王、怒る

 




 当初の予定通り、ハルトは馬車の待合所で乗車賃を払い、馬車に乗った。


 〈祭魔山(フェストゥーム)〉付近の村まで、道中いくつかの村や街を通るが、到着するまで暇を持て余す者が大概である。


(今日から、俺の迷宮運営ライフが始まるんだよなぁ……! あぁ待ち遠しいっ)


 だが、迷宮運営の日々に想いを馳せるハルトに掛かれば、そんな時間は無いも同然であった。


 村に到着し馬車を降りる。ここからは足を使って、魔物が徘徊する北の森を抜けなくてはならないが、


「フハハハハハッ!! 魔物よ、止められるもの止めてみせろぉ!!」


 迷宮を渇望したハルトは普段以上の俊足を発揮。魔物に追跡されることなく森を駆け抜けたのだった。


「とうっ――ちゃくぅぅ!!」

「おおぅ!?」


 ハルトの砂埃を上げての到着に、迷宮の入り口にいた女が声を上げて驚く。


「よう! 昨日ぶりだな!!!! モネイ? いや、ネモ!」

「な、なんだハルトか。脅かすなよ」


 そこで待っていたのは、人間に変装した魔族のネモであった。ハルトが呼び名に迷う素振りを見せると、彼女は丸眼鏡を押し上げる。


「それと、この姿の時はモネイだ。誰に聞かれるか分からねーんだから」

「あ、すまん……」

「次から気を付けろよ? ()()()()に入ったら、ネモって呼んで良いからさ」

「活動拠点? 迷宮の中にか……?」


 ハルトは首を傾げた。


 迷宮運営に携わることは決まったが、それ以外のことは何一つ説明を受けていない。


「こっちだ」


 洞窟に向かって歩き始めたネモの背中を、ハルトは慌てて追った。残っていた足元の罠に気を付けつつ進むと、ネモが突然通路の途中で足を止めた。


「どうしたんだ? 扉はまだ先だぞ」

「いや、ここで合ってるぜ」


 ネモが何の変哲もない土壁に触れると、その表面に光の紋様が浮かび上がった。


「ひ、光った?」

「入るぞ」

「いや、入るってどこに……」


 戸惑うハルトをよそに、ネモが壁に向かって歩いて行き――その姿が壁の表面を貫通して消えた。


「え゛っ!? ど、どうなってるんだ!」

『ほら、ハルトも早く』

「中から声が……よ、よぅし。なるようになれだ!」


 壁の向こう側からの声に導かれるように、ハルトは意を決して壁に突撃した。


 壁にぶつかる瞬間に目を閉じ――


「ぐえっ!?」


 そこから数歩走った感覚の後、硬い何かに全身が弾かれた。強い痛みに、ハルトは思わず(うずくま)る。


「いっつぅぅ……!!」

「……なにしてんだよ。壁に向かって全力疾走してくる奴があるか」


 頭上から呆れた声が掛かり、ハルトが顔を上げると、傍らには変装を解いた魔族姿のネモがいた。


「も、モネイ?」

「もう、ネモで良いぜ。ようこそ、活動拠点へ」


 ネモから歓迎の言葉を貰ったハルトは、立ち上がって拠点内部を見渡す。


 鼠色の煉瓦で作られた壁。通路の壁に沿って、照明のランタンが点々と配置されていて、床の石タイルが微かに光を反射している。


「ここは迷宮の中なのか……?」

「いや、迷宮とは区画を分けてる。誤って冒険者が入る可能性もあるからな」


 補足しながらネモが歩き出し、ハルトも並んで歩く。


「さっき壁が光ったろ? あれは認証装置で、迷宮関係者かどうかを魔力で判別してたんだ」

「魔力が鍵代わりってことか?」

「ああ。通った後は自動で閉まる仕掛けだ。ハルトの魔力は今さっき登録しておいたぜ」

「あ、ありがとう」


 ネモが当然のように答えた装置の詳細に、ハルトは驚きを隠せなかった。


 人間界と魔界では技術力の差に明確な差があるようだ。唯一対抗できる物があるとすれば、遠く離れた者同士で双方向に連絡が取れる〝魔導通信機〟くらいのものだろう。


(ギルドの魔導通信機……あれも魔界の技術だったりして……いや、まさかな)

「ここが共有スペース。皆で団欒する場所で、今は中にクロエがいる」


 木目調のドアの前でネモが立ち止まり、ハルトは思考を中断する。


 ネモは突然振り返ると、ハルトの全身を注視し始めた。


「な、なんだよ」

「身嗜みチェック、と……」


 ネモの視線がハルトの頭部で止まり、ネモがハルトに体を寄せる。


「お、おい!?」

「動くな。寝癖直してやってるんだから」


 華奢な指先が伸び、ハルトの髪を撫で付ける。


(ちょ、近いって!? 谷間見えちゃってるしっ!!)


 眼前には端正な顔。少し視線を下げれば、緩めたタイと襟元の隙間から肌色の谷間が窺えた。


「これでよし……って、大丈夫か? 顔赤いぜ?」

「無防備過ぎんだよ……もっと童貞に配慮してくれ……」

「はぁ? なに恥ずかしがってんだ? ガキじゃあるまいし」


 美女の艶かしさに耐えられず、ハルトは両手で顔を覆った。


 女冒険者のレシアとはキスをする前に別れたほどなので、ネモの無防備さは目に毒だったのだ。


「クロエ、入るぜ」


 ドアを三回叩き、ノブに手を掛けたネモはそのままドアを開ける。


 室内は気品溢れる空間であった。豪奢な長椅子とガラス机。広く長い絨毯。他にも茶器を収納した棚など色々と置かれているが、不思議と生活感はない。


「来たわね、ハルト」


 長椅子に足を組んで腰掛けていた白髪の少女が、鷹揚に出迎える。〈残虐の魔王〉ことクロエだ。


「おはようっ、魔王様! 今日から世話になる、よろしくな!!」


 魔王に近寄ったハルトは物怖じせず笑顔で挨拶した。


「よろしく。でも、ここでは出来る限り〝魔王〟ではなく〝クロエ〟と呼ぶように」

「え、なんでだ?」


 魔王を魔王と呼ぶことの何がいけないというのか。聞き返したハルトに、クロエは毅然として答える。


「どこに目があるか分からないでしょう? もしそれで迷宮に魔王がいると露見したら、あなた最悪処刑されるわよ?」

「それも人類の裏切り者としてな」


 ハルトは、ハッと息を呑んだ。


 同時に考えた。〈聖教会〉の耳に入ればどうなるかを。当然、攻め滅ぼされることだろう。ハルトの迷宮(楽園)までもが。


(そ、そんなことは断じて許さんっ……!!)


 そんな未来を回避すべくハルトはクロエの前で恭しく片膝を突き、


「――承知いたしました。クロエ様、これで宜しいでしょうか?」

「~~っ!!?」


 途端、クロエが全身を震わせた。まるで、耳元で息を吹きかけられた時のように。


「??」

「……わ、わざとなの?」

「なにがでしょう?」


 クロエが訝しげに睨むが、自覚のないハルトは首を傾げる。


「…………いえ、もう良いわ。それと、〝様〟付けも敬語なしでお願い」

「お、おう」


 結局、クロエの様子がおかしかった理由が語られることなく、話は打ち切られてしまった。


「それにしても……う~ん」

「な、何かしら? そんなにジッと見られると、少々気恥ずかしいのだけれど……」


 ハルトは改めてクロエの顔を凝視すると、その頬が次第に赤みを帯びていく。


「いや、最初から思ってたんだけど……その顔、どっかで見た気がして……」


 などと、ナンパの常套句のような台詞を吐くハルトへ、


「へぇぇ……前世設定でナンパ? 初出勤早々、良い度胸ね?」

「お前、仮にも魔王にナンパするとか……ハルト、ちゃんと遺書は残したか?」

「ばっか違ぇよ!?」


 一瞬で熱が冷めきったクロエが目を細めて蔑むように笑い、ネモに至っては「うわぁ」と割と本気で心配していた。


「そもそも前世とかあり得ないだろ!」

「そりゃそうだ。きっと既視感(デジャブ)だぜ」


 前世の概念を力強く否定したハルトにネモが同調する中、何故かクロエは哀しげな顔で押し黙っていた。


「まお……いや、クロエ。どうしたんだ?」

「……うぅん、なんでもないわ。さ、迷宮の話をしましょうか」

「なに!?」


 クロエは首を振って誤魔化すと、ハルトが待ち望んでいた話題を引っ張り出した。


「フォオオオオオッ!! 迷宮運営キタァ!! さぁ、俺に仕事をくれ! いてっ!?」


 興奮しているハルトの頭上に、クロエの手刀が振り下ろされた。


「その前に諸々の説明をしてから。あなた昨日、興奮して何も聞いてなかったでしょう?」

「聞けば迷宮を弄れるんだな!? なら聞く! はい、どうぞっ!!」


 長椅子の真ん中に座るクロエの真横にジャンピング正座するハルト。


 魔王に対して不遜極まる態度であったが、クロエは怒らず、むしろ呆れたように溜息を吐いた。


「では手始めに……今こうしてあなたと喋っているけれど、私はまだ復活していないの」

「……………………あれ?」


 かなり間を置いてから、ハルトは大きく首を傾げた。


「じゃあ、なんで俺の目の前に……まさか、俺の妄想が具現化したのかっ!?」

「それは絶対違うだろうな」


 すると、いつの間にか居なくなっていたネモがその可能性を否定した。クッキーを載せた皿をガラス机の上に置くと、対面の長椅子に座る。


「今見せているのは、僅かな魔力で構成した幻体(げんたい)……(まぼろし)なのよ」

「でも、封印されてるんだよな?」

「ええ。だから、迷宮からは出られないし――」


 そう答えて、クロエはクッキーを一枚摘まみ……瞬間、指をすり抜けた。


「物にも一瞬しか(さわ)れない。(さわ)れないのよ……」


 年頃の少女のように、クッキーを恋しそうに見つめるクロエの肩を、ネモが叩いた。


「まぁまぁ、時間の経過で封印が劣化しただけでも良しとしようぜ」

「食べられないクッキーをどうして持ってきたのよぉ……もう」

「悪いな、クロエ。これはあたしとハルトの二人用なんだ。おぉ、ウマ」

「ネモぉ……!」


 クッキーを頬張るネモを口を膨らませて睨むクロエ。そんな時、ハルトの中である好奇心が生まれた。


(どういう絡繰りなんだ……? 本当に幻なら、すり抜ける筈だし……)


 信じられないあまり、ハルトはそっとクロエの肩へ右手を伸ばし――


「ハルトは私に遠慮しないで食べても良いわ、よ?」

「え゛」


 時が、止まった。


 唐突に体の向きを変えたクロエの――その平らな胸に、右手が触れていた。


 途端、ハルトの肌から冷や汗が吹き出し、顔が異常に引き攣る。


「……あ、あれぇ? おかしいな、何故にゴリッとした感触が……」


 クロエの服装は露出が多く、布地も少ない。故に手の平に伝わる、確かな温もりと人肌の感触。そして、肌をすり抜ける右手。


「…………」


 クロエは呆然としていた。


 ゆっくり視線を下ろし、胸元を貫通する手を視認すると――


「ひっ、ひぁっ……は、はは、ハル、ハルっルっ……!?」


 その顔が、赤い花弁のように染まった。明らかに、かつ酷く動揺している。


 本能の危険に基き、ハルトは必死に弁明を始めた。


「ままま待て!? 落ち着け、事故だっ! 本当に(さわ)れるのか確かめようとしただけで、別にその〝()()()〟みたいな硬い胸に触れようとした訳じゃ――」

「ッ」


 カチン、と。


 不意に飛び出した「洗濯板」という言葉は、クロエの逆鱗に触れた。


「わ、私の胸はっ……そんなにデコボコしてないわよぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

「うおっ、やめっ――ぅぎゃぁぁあああああっ!!!?」


 冒険者ハルトは魔王にセクハラを(おこな)ったことにより、激怒した魔王による鉄拳タコ殴りの刑に処されたのだった――



改稿したら、余計に文字数増えてしまった。

場面端折り過ぎたら淡々とし過ぎるし、ムズイ……


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