第2話 思いがけないプレゼント
「――良いわよ」
「良いの……? ホントに? 復讐だよ?」
翌日の早朝。
復讐する気満々だったハルトが念のため一応クロエに断りを入れたところ――実にあっさり許可が下りた。「個人の復讐が許される筈がない」とばかり思っていたハルトは思わず面を食らってしまう。
復讐は、それだけエンタメ迷宮の本質からかけ離れている。
「必要な過程なのでしょう? 貴方自身が前へと進む為に」
「ま、まぁな? あは、あははは」
そんな高尚なことは一度たりと考えていない、とは言えなかった。
今までは単にエンタメ迷宮の運営に夢中で、思考に〝復讐〟の余地がほとんどなかった。迷宮での日々が楽しすぎて充実していた、とも言える。だが今回は復讐相手が向こうからやってくる。
ならば、相応の出迎えをしてやろうという魂胆だった。
「復讐は虐げられてきた者の権利、とまでは言わないけれど、悔いは残さないようにね」
ハルトの頭を撫でたクロエが自室に引っ込もうとする。
その時の表情はどこか物憂げだった。ハルトには、それがどうにも気になってしまい――
「く、クロエ」
「うん?」
思わず引き留めてしまった。
振り返るクロエ。既に先程の表情は消え、穏やかな笑みだけが返ってきていた。
「……いや、なんでもない。許可出してくれてありがとな」
「ええ、それじゃ」
そうして今度こそクロエは自室に戻った。
閉じられた扉の前でハルトは立ち尽くす。
(クロエは、俺みたいに復讐したいと思わなかったのか……? 自分を封印した勇者や〈聖教会〉に――)
頭に浮かんだ疑問は、いくら仲間でも不用意に聞き辛かった。
◆◇◆
その後、ハルトは食堂に集めた作業員達の前で演説を披露することに。個人的な復讐に付き合わせるのだから、事情を知ってもらう必要がある。
追放された経緯、元仲間への恨みつらみ。胸に燃える怒りと復讐心が相まって、ハルトの思った以上に熱が入ってしまった。
だが、その熱意が功を奏したのか。「わかるっ!」「辛いかったですね……っ」などと深い共感が得ることができ――皆、快く協力を申し出てくれたのだった。
「ククク……いつか来るだろうと温めておいた罠が、遂に日の出を見る……! 奴等の吠え面が今から楽しみだぜ。く、くっは、はははっ――ハーッハッハッハッハ!」
「これまた随分と上機嫌だな」
妄想に耽りながら自室に戻る途中、前方から声を掛けられたハルト。「やべっ聴かれてた」と少し恥ずかしくなりつつ前に視線をやると、ネモが大きめの木箱片手に立っていた。
「ネモじゃないか。今戻ったのか?」
「ちょっと朝から王都にな」
「行き違いか。なんの用だったんだ」
「今度〈アラカセギン商会〉で出す新製品のお披露目。魔導通信機の改良版って言えば良いか」
「おぉっマジか! まさか、その中身が……!」
興奮したハルトが木箱を指差すが、ネモは「違う。だが」と軽く笑い、懐から薄い板を取り出してみせた。
「前々から言ってたお前専用のやつだ。やるよ」
「マジですかっ!! おぉぉっ!」
思わず敬語になりながらも早速受け取り、掲げて見せるハルト。
「従来の通信機能に加えて、相手の顔が見えるようになった。他にも色んな便利機能がついたりな。超遠距離でも通信できるよう、王国各地に魔力波の中継点も造ってきた」
「なんか凄すぎて感想が出てこねえ……国王がよく許した」
「まぁ、軍事や経済面でも懸念があったんだが。勇者が賛同してくれた。なんでも先祖が持ってた物と似てるらしい」
「あ~……」
それだけで、ハルトは簡単に納得できてしまった。
彼等は好奇心の塊で、主に最新の商品に目がないとよく噂されていたのだ。
「……それよりも、だ。遂に復讐するんだってな」
元々、魔導通信機の話をするつもりがなかったのか、ネモが突然話題の舵をそちらへ切ってきた。
「なんだよ反対か?」
「いや。クロエが許可出してんなら、あたしがとやかく言うのは筋違いってもんだ。それに……ほら!」
「ちょ――!?」
ネモが突然放り投げた木箱を、ハルトは慌ててキャッチする。
「いきなり投げんな!? 何だよこれ!」
「魔装戦士としてのお前にプレゼントーーリリカたんの時は頑張ってくれてから、その褒美。開けてみな」
「俺を動かす為の嘘だと思って素で忘れてた……にしても、変身中の俺にって――」
ハルトは木箱を開けて、ネモの言葉の意味を理解した。
「なんだ? 魔導具…………いや、武器かコレ?」
中身は、禍々しい見た目をしたピストル状の魔導具だった。それが〝武器〟だと分かったのは、冒険者としての長年の経験、そして変身ブレスと同様の説明書があったからだ。
「攻撃力に困ってそうだったんで、商会で密かに作らせてた。原理や使い方は同封された説明書に書いてる」
「……まぁ、確かに困ってたし、実際嬉しいんだけど……急にどうした?」
連続のプレゼント恐いっ、とハルトが震えてみせる。
「別に? 深い意味はない、が――撮影最終日の記憶が曖昧でな。ハルトを血祭りにした気がするから、そのお詫びってとこかな?」
「ビクゥッ!? ガタガタガタッ!?」
ネモが惚けたように話すと、トラウマが呼び覚まされたハルトはすぐさま後ろに飛び退き、通路の壁際で全身を震わせた。
それほどあの時のネモは筆舌にし難い狂気があった。
「ちょ、ビビり過ぎ。何もしないって。用は済んだし、あたしは行くぜ」
屈託なく笑ったネモはハルトの側を通り過ぎようとして、「そうそう――」と言って足を止めた。
「当日はあたしもガリウスも復讐の邪魔はしない。お前のやりたいようにやれ、迷宮ルールの範囲内でな」
「……分かってる、憎いからって殺しまでしない。そんなことすりゃ、迷宮を心から楽しめなくなっちまう。後、クロエが悲しむ」
迷宮至上主義発言、そしてついでとばかりに魔王配慮。自分本位な事この上ないが、ハルトにとってその発言こそが自分らしい。
「それを聞けて安心したぜ。それじゃあ、おやすみ」
「ああ。プレゼント、役立ててみせる」
ネモは手を振りながら自室に戻っていき、ハルトも自室に戻って眠りについた。
それから復讐までの日々は瞬く間に過ぎていった。当日の段取りを決め、戦いに備えての準備と魔導具の訓練に明け暮れる。
◆◇◆
そうして、復讐を明日に控えた真夜中――
「いよいよ明日か……」
ベッドに身体を預けていたハルトが感慨深げに呟く。
頭の中では、特製の罠でボーマン達が無様に敗北する姿が見えている。だが、それでも胸に燻る怒りは収まる気配はない。
「やっぱり憎たらしい。けど、ようやくその借りを返せる……ようやくだ」
しみじみと呟き、天井に掲げた右手を強く握る。
そして、その腕に絡む細い腕。
(ボーマンの奴はマジでどうでもいい。けどレシアがなんか気になること言ってたな。『ワタシがどんな気持ちで……』とか。『俺がいなくても大丈夫だ』とかなんとか――)
あの時は冷静ではなかったが、今なら少し見えてくるものがあった。
(俺を問答無用に追い出した理由がある、のか……? いや、まさかな)
正当な理由があったとして、今更それを知ってどうなる――そんな思いが脳裏を過ぎる。
けれど、不確実な情報に憶測を重ねても意味はなく、ハルトは考えるのをやめた。
「――で、なんでお前がここにいる?」
妙に熱っぽい腕を振り払い、ハルトは横で寄り添って寝転ぶ者を見た。
「ん~ふ~ふ~、ハルト様ぁ」
「うっがああああ!> 頬擦り付けんなリリカッ! お前仕事どうした!」
「そんなの、とっくに終わらせたよぉ。すりすりぃ」
「クソッ、なんて力だ!? あぁ、もういい! 寝る!」
女物の寝間着を着たリリカの頭を両手で押さえ付けるが、魔族の膂力に敵う筈もなく、ハルトは抵抗を諦めた。
そうして他者の存在を気にしなくなると――一度は消し去った、元恋人の顔がぼんやりと浮かんできてしまう。
(……いやいや、復讐はもう明日だぞ。何を今更……ええぃ、俺の心に同居するな。今ここで働けて俺は幸せなんだ。俺を捨てた女なんて……くそッ)
なぜ執拗に彼女の顔が浮かんでしまうのか。
その不可解な理由を考えている内に、ハルトはいつの間にか眠りに落ちていた。
次も明日の同じ時間ぬ~




