第1話 再燃する怒り
主人公追放されたのに全然復讐&ザマァしないじゃん!
――と思ったそこの貴方!
YO! YO! 遂に登場! 憎き男女!
「いやぁ買った買った~」
翌日。行きつけの書店を訪れたハルトは満足げに帰路に着いていた。
肩から下げる鞄にはずっしりとした重み。中には漫画と小説が四冊ずつ入っている。どれもクロエお好みの作品たちだ。
そして――小奇麗に包装された小箱が一つ。
「喜んでくれるかな、クロエの奴」
それはクロエへのプレゼントだった。
というのも、復活が近付いたお祝いとして近々パーティを行う予定なのだ。参加するのはネモとガリウス、そして先日仲間になったリリカ。各々プレゼントを用意してサプライズで渡す手筈になっている。
プレゼントの中身は王都有名店のアクセサリーだ。少々割高ではあったものの、先日受け取った臨時ボーナスのおかげで難なく購入できた。
ただその分、ボーナスは一瞬で天に召されてしまったが。
「……プレゼントなんて、あいつに買ったきりか」
一瞬、馴染み深い笑顔が脳裏を過ぎった。思い浮かべてしまった。
ハルトの表情が僅かに陰る。思わず歯嚙みした。
クロエの世話になるキッカケを作った元仲間――魔法使いレシア。「センスがイマイチ」と評しながらも素っ気なく受け取った元彼女。
(今頃、どうしてんだろ。あのクソ野郎と……)
以前〈ばぶりっ酒〉のマスターから聴いた通りなら、新メンバーを迎えてない筈。しかしその情報は既に遠い過去の話だ。新メンバーでも迎えたか。それとも未だに苦労を背負っているか。
――叶うなら、思いっきり苦しんでいて欲しい。
そんな悪趣味な願望が、ふと芽生えた。
迷宮で怪我をして、無力を痛感して、「自分がいなければ何もできないんだ」と打ちのめされて欲しい――そう願ってしまうのは、果たしてダメなことなのだろうか。
自分でも性格が悪い、とハルトは思う。
けれど、それほどの仕打ちを受けた。他人には想像できないほどの痛みを、鋭く深く心に植え付けられた。
――ならば、いっそ。
「……っ」
いつの間にか暗い感情に支配されていた自分を、ハルトは頬を叩いて引き戻す。
(馬鹿か俺はっ! 今の俺にはクロエ達がいるだろ……! あいつらは俺を裏切ったんだ、いい加減忘れろッ!)
更に一発、自分にビンタした。
記憶と心から、裏切り者の存在を追い出す為に。
「はいッ終了。今はお祝いのことだけ考えよう……」
何故これだけ脱線してしまったのか。今のハルトには、クロエ達の方が大切だというのに。
ハルトは、普段の面々で祝いクロエが喜ぶ姿を想像する。それだけで、強張っていた表情が次第に軟化していく。
そんな矢先だった。
「――っ!?」
前方から見知った顔が近付いてきていたことに、ハルトは気付いた。だが決して、〝知人に会えて嬉しい〟などという穏やかな感情は一切抱けなかった。
運命というのは、あまりに酷だ。どうして忘れようと努力するほど、逆のことが起きてしまうのか。
「誰かと思えば、ハルトじゃないか」
「ッ……ボーマン!」
怒りと嫌悪感、激しい憎悪が胸の内で煮えたぎる。
あまりに抑揚のない声で喋り掛けてきたのは、大盾を持った強面の大男。前線で味方を護りながら敵を叩く守護戦士――ボーマンだった。
ハルトの睨みを受け、ボーマンは青く短い前髪を弄りながら独り言のように呟く。
「かれこれ半年も経つのか…………オマエがパーティから居なくなってしまって」
「……とても、俺を追放した奴の台詞とは思えないな。本当に白々しいっ」
「それもそうだな。だが――悪いとも思っていない」
「こいつ、いけしゃあしゃあと……!」
ボーマンは自分のことをなんとも思っていない。
そうと分かった瞬間、ハルトはボーマンの襟に手を掛けていた。
「――ボーマン!」
「っ……」
一触即発の空気を破ったのは、鋭い女性の声だった。
コツコツと、ヒールを鳴らす音がボーマンの背後から近付いてきて――
その姿が、ようやく露わになった。
「やっと見つけたっ……もう、なんで先に行っちゃうの、よ……?」
長い金髪をたなびかせ、ボーマンの横に躍り出たのはとんがり帽子を被った黒ローブの女。
彼女はハルトの存在に気付くや否や、息を詰まらせ硬直した。
「ハル……、ト?」
(…………なんで、忘れようとした傍から。鎖でも付いてんのかっ)
ハルトは奥歯を嚙み締める。
振り切ろうとした過去が、今もなお追い縋ってくる。
魔法使いレシア。パーティでは攻撃・防御・支援全てを担当する美女の魔法使いとして名を馳せていた。
(相変わらず美人だな……ほんと、なんで付き合えていたのかね)
元恋人との半年ぶりの再会。けれど、ハルトは特段深い感情を抱かなかった。
軽く、だが深い息を吐いてから素っ気なく視線を外す。
「っ……」
途端に、レシアの表情が歪む。それでも臆せず、努めて平静に声を掛けてきた。
「ハ、ハルト。元気だった……?」
「そう見えるか? まったく、節穴すぎて反吐が出る。気分最悪だよ、お前等に遭った所為でな」
「なっ――なによその態度! せっかく心配してあげたのに!」
嫌悪感に満ちた顔で毒づくハルトに、レシアが声を荒げる。
「よく言うぜ、俺を追い出した癖に。お邪魔虫がいなくなって清々したろ」
「ハルトっ、アンタね!」
レシアが怒りを爆発させようとしたその時。
「――いや、それにしても随分と羽振りが良くなったな」
彼女を腕で制しながら、ボーマンが話題転換をしてきた。その話題は憂さ晴らしの一環としてはちょうど良かった。
「良い仕事に恵まれてな。で、そういうお前等は?」
ハルトは軽く笑いながら、ボーマン達の汚れた身なりについて言及する。
「随分とボロボロだな。どうせ、迷宮の罠に嵌りまくってるんだろ? …………俺がいないから」
「っ……」
ボーマンは依然無表情のまま。対してレシアは露骨に反応を示していた。
(図星か。几帳面なボーマンが商売道具の手入れを怠る訳がない。よほど余裕がないらしい)
ボーマンが纏う鉄の鎧は所々凹んだままだった。レシアの黒ローブに至っては汚れが際立っており、もはやボロ雑巾も同然。
最も憎たらしいボーマンには再会するなりすぐに怒ったハルトだが、元恋人への反応が遅れたのは綺麗な面影とは異なる風貌にあった。
「ふん、別にお前が居なくともやっていけている」
レシアは、何も言わなかった。あるいは、言えなかったのかもしれない。自信がなさそうに俯くばかり。
構わず、ハルトは近況報告という名の憂さ晴らしを続ける。
「あぁ、そう。ま、俺には関係ないか。お前等と冒険するより稼げて、遥かに楽しい時間を過ごせてる俺にはな。王都に来たのも、ただの買い出しだ。だからもう、二度と俺に構うな」
「無論だ。そんな暇など毛頭ない。三日後、また迷宮に潜るのでな。行くぞ、レシア」
ハルトの嫌がらせが効いたのか、ボーマンは素っ気なく身を翻した。レシアの手首を掴み、足早に立ち去っていく。
「ケッ、おとといきやがれってんだ……」
別れ際、レシアが何か言いたそうにしていたが、最後までその足が止まることはなかった。
「…………」
仲間ゆえか、距離の近い二人。既に恋人でも、ましてや仲間ですらなくなった筈なのに。
立ち去る二人の姿は、ハルトの心に不快感を芽生えさせていた。
(未練たらたらだな……くそっ)
先程の邂逅で頑丈な蓋がほんの僅かでも開いたのか。傷付き、心の奥に封じ込めていた気持ちが、少しだけ溢れてしまっていた。
その感情をなんとか抑え込もうとしていた、まさにその時。
「はぁっ、はぁっ……ハ、ハルト!」
「っ――!」
前方から荒く地面を踏み締める音がハルトの鼓膜を揺らした。
思考の海に沈んでいた意識が急浮上する。声を掛けてきた者の顔を見るなり、ハルトは急激に頭が冷えていくのを感じた。
同時に、嫌な冷却具合だとも。
「……何の用だ、俺は忙しいんだ。暇潰しなら他所でやってくれ」
「ち、違うわよっ」
心を掻き乱す元恋人の再登場に、自然と毒気のある態度が表出してしまう。
「ただちょっと、アンタに言っておきたいことがあって」
「今更、伝えることがあるのか?」
先程の態度に負目でもあるのか、レシアは顔を伏せながら弱々しい声を漏らす。だが、その態度が逆にハルトの苛立ちを強める結果となった。
「あぁ、分かった。あいつとイチャイチャ出来てますって報告か?」
レシアの肩が震える。
「消えてくれてありがとうってさ」
自分が最低なことを言っている自覚がハルトにはあった。だが、もう止まらない。傷付けられてきた今のハルトに、相手を気遣える余裕など残されていなかった。
「だんまりか? 用がないなら、早く消えてくれ」
「…………らないでっ」
「あ?」
小さいが故に、途切れて聞えたレシアの声。だが不思議と、空気を揺らす。まるで弓に番えた矢の如く、沸々と湧き上がる力を限界まで高めるような。
そんなレシアの、溜めに溜めた力が――今、決壊した。
「――こっちの気も知らないでッ、好き勝手言わないでよ!! ワタシがどんな気持ちだったかっ、考えたこともない癖にっ!」
「………………は?」
突然の怒声に、ハルトは呆気に取られてしまった。街ゆく人々もギョッとしていた。だがそれも一瞬のことで、我に返ったハルトの怒りは更に茹で上がった。
「っ、お前が言うか!? それをッ! ロクな説明もなく追い出された俺がどんな思いをしたか、分かるか? 分からないだろ!! 仮にも恋人だったなら、なんで相談しなかったッ!」
「それはっ――したかったけど! ボーマンに口止めされててっ」
「なんでボーマン優先なんだよっ……好き勝手言うなとかほざく前に、理由聴かせろよっ!!」
矢継ぎ早に言い切ったハルトの肩が上下する。長らく溜め込んでいた感情を爆発させた所為か、その顔は異様に熱かった。
「嫌よ……」
「なにが」
目尻に涙を溜めたレシアが強い意志を孕んだ眼差しで言う。
「それだけは、それこそ今は言えない! これからもハルトと一緒にいる為にもっ……ハルトがいなくても、ちゃんとやれるって……!」
「俺がいなくても……? 笑わせるな! 俺なんか、必要ないって意味だろうがッ!!!!」
今日一の怒声が街道に響き渡った。
その言葉の意味をほんの少し考えれば、答えに辿り着けたかもしれない。もう少し冷静だったならば、あるいは。
けれども、頭に血が上っていたハルトにその余裕はなく――
「うるさいうるさいっ! ハルトなんか嫌いっ、嫌いよッ! アンタが好きそうなエンタメ迷宮にボーマンと行くんだからっ! 精々悔しがってなさいよっ――うわぁあああんっ!」
「どうぞお好きにぃっ!」
涙も拭かずに走り去るレシアに中指を立てるハルト。追放理由を明確にせず、互いの意思と信念がぶつかりあった結果がこの有り様だった。
「最っ悪の気分だ…………ん?」
痴話喧嘩だと思われたのだろう。
周りの者達から好奇の視線を向けられていた。
「ァアン?」
狂犬のようにハルトが睨み付けると、野次馬をしていた者達は途端にビクつき、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
周囲に人っ子一人いなくなるや否や、ハルトは大層長い溜息を漏らした。
「……〈ばぶりっ酒〉で愚痴ってから帰ろ」
その後、ハルトは酒を浴びるほど飲み乾した。
そうしてカウンターに空のグラスがいくつも乱立し始めた頃、ふと思い出すことがあった。
「……そういやボーマンの奴、三日後に迷宮に潜るとか言ってたな。しかも、レシアはエンタメ迷宮に行くって……」
「お? なんだ、仲直りしたのか――ウボァッ!??」
「んなわけないだろ」
余計な事を言い出したマスターの顎下にアッパーカットを決めつつ、ハルトは頭の中を整理し――気付いた。
「まさか…………これって復讐チャ~ンス?」
点と点が繋がり、ハルトに電流が走る。
だがすぐには認められず、不思議と乾いた笑い声を出していた。
「ハハッ、いやまさかぁ! そんな都合の良い話…………都合の、良い……」
「は、ハルト?」
「――いややっぱそれしかねぇよなぁあああああ!? ハーッハッハッハッハッハぐ――ゥオエッ!? ゲホッ、ゴッホエッホォッ!?」
「やっぱイカれてやがる。あまりの寂しさで薬でもキメちまったのか……? 心配だぜ」
「よぅしっ――早速準備しに出掛ける! 後に続けマスター!」
「お代踏み倒そうとしてんじゃねえ」
マスターに白い目で見られる中、ハルトは高らかに復讐を決意したのだった。
最後のネタは……分かる人には分かりますね、はい。
ネットミームは、偉大だ。
それにしても追放モノって、始まって数話くらいで復讐相手の近況を描写しないといけないもの……なのか? ほとんどの人は近況を描いていたが、「いずれ復讐相手が登場するなら、今すぐじゃなくても良いのでは?」と思わなくもない。そもそも〝辛い過去〟より〝別の何か〟に夢中な主人公に、本当に必要な描写かなぁ? …………なんて。
次話も翌日、同時刻で。




