プロローグ 魔王は食事を覚えた!
Xと活動報告にも告知した通り、新人賞へ応募時の原稿(修正アリ)を完結まで投稿します。
誤字・脱字や微妙な表現の手直しはお許しを。
ハルトはただただ絶句していた、その者の食べっぷりに。
テーブルに次々と積み上げられる空き皿の数々。食堂スタッフが皿を片付ければ、美食に舌鼓を打つ少女の顔が正面に現れ、厨房から運ばれた次なる料理に目を輝かせる。
その様子は普通の女の子のようであり、同時にハルトの常識を破壊する存在でもあった。
「おいひぃ~っ! はむっ……モグモグッ! あむっ、はむっ――!」
「俺の分の、飯…………」
一心不乱に、されど上品に。一体その華奢な身体のどこに入るのやら、クロエは膨大な料理の数々を平気で平らげてしまった。
「はふぁ、はぁあああ~~っっ」
「お、おのれ暴食の魔王め……! 一ヶ月分の食料をっ!」
夕食を済ませ、蕩けた顔で満足そうに息を漏らすクロエ。作業員達が成り行きを見守る中、全く食べられなかったハルトは絶望を味わいながら縋るように声を震わせる。
「封印期間が長かったのだし、しょうがないでしょ。食事している貴方達を、どんな気持ちで私が見ていたか……貴方に理解できる?」
「すみませんでした」
さぞかし食に飢えていたのだろう。妬みや苛立ちといった感情が言葉の端々で見え隠れしていた。
そういえばネモがおやつとして出すクッキーを物欲しそうに見ていたな……と、ハルトは仲間になった当初を懐かしみながらテーブルに額を擦り付ける。
「まあ良いわ。飢餓感は消えたし、久しく忘れていた美食を味わう喜びも感じられた」
「そりゃよかったな」
「はふぅ~――――もう、思い残すことはないわ」
「ちょちょちょちょーい!? なに昇天しかけてんの!? まだ復活すらしてないだろっ!!」
「はっ!? 私としたことが……! あまりの喜びに、ついっ」
天に召されかけていたクロエがハルトの一言で我に返り、自分自身あまりの驚きに、わなわなと身を震わせる。それ程に満ち足りた顔をしていた。
「……それにしても、あれだけ食って体調は問題ないのか? いくら封印が少し解けたからって、そんなに暴食したら太――」
太る、と言おうとした瞬間。
鋭い風圧が、ハルトの瞳に撫でた。それは時に食べ物を、はたまた手の甲すら穿つ銀のフォーク。細剣士も真っ青な刺突を繰り出したクロエは額に青筋を立てていた。
「あなたって本当に学ばないわね……よくそんな性格で恋人が出来たものだわ!」
「関係ないだろ今は!? 俺はクロエの為と思って言ってるんだぞ!」
青ざめていたハルトは遅れてテーブルを叩く。
ハルトに悪意は無い。親切心から忠告だからこそ余計に質が悪いと、クロエはフォークを引いて深々と息を吐く。
「あのねぇ……封印が全て解けた訳じゃないから、まだ完全な実体じゃないのよ。食事をしても、栄養がほんの少しの魔力に変換されるだけ。分かる?」
「そ、そうなのか?」
「言わなかった私も悪かったわ」
「なぁんだ。心配して損したぜ。それなら早く言ってくれよ~」
その説明で頭が冷え、胸を撫で下ろしたハルトは椅子にドカッと座り直した。
迷宮運営を始めて約半年。本日の防衛でエモトロンが目標量の半分に達し、そのおかげでクロエは念願叶って飲食のみが可能になった。
それも先月加入した魔族――超新星アイドル・リリカの働きが大きい。ここ最近は迷宮への挑戦者が爆発的に増え、「魔族でも良いからサインを!」との声が上がる程の人気を得ていた。
「毎回思うけど、言動自体に悪意はないのよね。ただ馬鹿でノンデリなだけで」
「あの、もう少しオブラートに包んでくれても……」
「それを貴方が言う? 確か漫画だと、こういう場合――『清々しいほどブーメランだなぁ』と返すんだったかしら?」
「グフゥゥ!?」
ドヤ顔で口にされた言葉の矢が胸に突き刺さり、ハルトは椅子の上で仰け反った。「もう勘弁して」と涙を零すハルトに、クロエは満足げに微笑む。
「――まぁ、ハルト弄りはこれくらいにしてと……少し欲を言えば、外に出たいのよね」
食事前に自ら淹れた紅茶で喉を潤しつつ、クロエがアンニュイな横顔を晒す。
「え、なに、日光浴でもしたいの?」
「何を意味不明な勘違いをしているの。直接書店に赴き、この目で良作を選別したいだけよ」
「っ――!?」
淡々と告げられたその言葉が、ハルトの胸に突き刺さる。
「ぅ、え……? もしかして俺の買ってくる本は、もう飽きちゃったか?」
「へ?」
いつもクロエの代わりに本を選んでいたハルトにとって、それは遠回しな飽き宣言に聴こえてしまっていた。
怒られた子供のようにハルトが消沈すると、クロエは目を逸らして気恥ずかしげに言った。
「ち、違うわよ。ただ、久しぶりの食事で飢餓感が消えて、ちょっと欲が出ただけ」
その身を縛る封印が数百年ぶりに少し解けたのだ。刺激に飢えたクロエが食事以外に欲が抱くのも無理はなかった。
「そっか、そうだよな。復活まで後半分だもんな――よしっ」
「ハルト?」
しみじみと現状を確認したハルトは膝を叩き立ち上がる。
「明日朝一番で王都行ってくる! 欲しい本のメモ、よろしくな! じゃ、おやすみ!」
「え、ええ……おやすみ」
ハイテンションでその場を後にするハルトに、クロエは挨拶を返すのが精一杯だった。
「――止めなくても良かったのか、クロエ」
ハルトと入れ違いになる形で、ネモとガリウスがやってくる。二人ともクロエの食事風景を特等席で眺めたかったものの、報告書作成の仕事があった為に遠慮していた。
「寝ようとする者を引き留める必要がある?」
「分かってて言ってるだろ。最近、〈聖教会〉の動きがキナ臭いって報告したろ? 何度も迷宮に出入りしてるハルトが疑われ始めるのも時間の問題だぞ」
「我も同意見です。リリカの加入で良くも悪くもこの迷宮は目立ち過ぎている。活気が溢れるのは構いませぬが、以前のように目を付けられてしまうと少々厄介かと」
ネモとガリウスが酷く真剣な眼差しで忠言する。
仲間としてではなく――クロエの封印当時を知る者として意見。それを理解してなお、クロエは微笑み、慈しむように紅茶のカップをそっと撫でた。
「そんなにハルトのことが心配なのね。教えたら泣いて喜ぶかしら?」
「そ、そんなんじゃねえよ」
「我はただ、あの悲劇を繰り返したくない。ただそれだけのつもりで……」
頬を赤くしたネモは顔を逸らし、ガリウスはただ真っすぐクロエを見つめる。
それが照れ隠しだとクロエは見抜いていたが、あえて指摘はしなかった。
「〈聖教会〉に関しては、今は放っておきましょう。魔族と居るとはいえ、ハルトは人間なのだし」
「そうは言うが、〝ハルトが人間だから〟って見逃すような連中じゃあ……」
「もしもの時は手厚く歓迎してあげればいいわ。それに――」
クロエは残る紅茶を優雅に飲み干し、カップから口を離す。
「――少なくとも今の〈聖教会〉に、罪はないのだから」
次話は翌日の同時刻。
できるだけ一日一投で行こうと思います。
※章タイトル「復讐するは追放者にあり!」ですが、当然ながらこの作品では〝追放された者〟の意です。〝された〟を付けると違和感しかないので、語呂優先でこちらにしました。文句は言わせません。




